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第212回 唯一無二の光 〜宝石の国〜

 腹巻猫です。4月に亡くなった俳優・田村正和追悼企画として、1972年放送のTV時代劇「眠狂四郎」のサウンドトラック・アルバムを8月11日にSOUNDTRACK PUBレーベルより発売します。音楽は『アルプスの少女ハイジ』『機動戦士ガンダム』等を手がけた渡辺岳夫。女声スキャットを使ったフランス映画音楽のような美しく妖艶な曲が聴きものです。詳細・購入は下記を参照ください。
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以下で試聴用ダイジェスト動画を公開中です。
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 注目作がそろった6月公開の劇場アニメの中でも、熱心なファンに支持されて快進撃を見せたのが『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』だ。タイトルに「歌劇」とつくだけに音楽が重要な作品だった。TVシリーズに続いて音楽を担当したのは藤澤慶昌と加藤達也の2人。
 今回は『ラブライブ!』など数々のアニメ音楽で活躍している藤澤慶昌の作品を聴いてみよう。取り上げる作品は『宝石の国』である。

 『宝石の国』は2017年10月から12月まで全12話が放送されたTVアニメ作品。市川春子の同名マンガを原作に、監督・京極尚彦、アニメーション制作・オレンジのスタッフでアニメ化された。
 はるか未来。人類が滅亡したあと、地上に人の姿をした「宝石」が現れた。彼らは不死身で、体が砕け散っても破片を集めれば再生するのである。そんな宝石をねらって月から謎の敵「月人」が飛来する。宝石たちは月人と戦いながら、「学校」と呼ばれる建物で日々を送っていた。
 ユニークきわまりない作品である。主要キャラクターは数百年、数千年を生きる宝石たち。個別の名前はないらしく、ダイヤモンド、アメシスト、ジェード(翡翠)など、体を構成する宝石の名で呼ばれている。彼らは繁殖も老化もしないので、人類が決めた基準からすれば生物ではない。しかし、知性や感情を持ち、人間と同じようにふるまう。SFとして考えると疑問に思う点もあるが、一種のメルヘンと思えばとても魅力的だ。J・G・バラードの破滅SFの傑作「結晶世界」を連想させるところにも惹かれる。
 また、こんなにCGアニメが似合う作品もない。宝石たちのスマートでシュッとした風貌や宝石が放つ美しい光の描写などにCGの特性が生かされてる。
 加えて、宝石たちの心情(?)がとても人間臭く描かれているのも魅力のひとつ。主人公のフォスフォフィライト(フォス)は宝石の中でも硬度が弱く、ちょっとした衝撃で割れてしまうため、月人との戦いに参加することができない。フォスの傷つきやすさや劣等感がまるで人間の思春期の少年少女のようで共感を呼ぶ。
 こういう作品にどんな音楽を付ければよいだろう?
 ひとつ思いつくのは、シンセのキラキラした音色を使って、宝石の硬質感や輝きを表現する方法。CG映像とも相性がよさそうに思える。
 しかし、音楽担当の藤澤慶昌が選んだ方向性は違った。ピアノやストリングス、木管などのアコースティックな楽器を使って、『宝石の国』の美しい世界を表現している。宝石たちが暮らす地上は、草原を風がわたり、浜辺に波が打ち寄せ、空を雲が流れる自然あふれる世界。宝石もまた自然の一部であることを思うと、生楽器によるクラシカルなアプローチは正解だと納得できる。そのサウンドは品よくストイックで美しく、ドビュッシーやラベルに代表されるフランス印象主義音楽のような香りがある。

 藤澤慶昌は1981年生まれ、福岡県出身。4歳のときにエレクトーンを始め、学生時代はバンド活動に没頭した。京都の大学を卒業後、作家事務所に所属し、プロデビューを果たす。初期の仕事のひとつに、川井憲次が音楽を手がけた劇場作品「ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国」(2010)のオーケストレーションがある。2013年のTVアニメ『ラブライブ! School idol project』で一躍脚光を浴び、以降、数々のアニメ音楽で活躍。代表作に、TVアニメ『有頂天家族』(2013)、『RAIL WARS!』(2014)、『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』(2015)、『宇宙よりも遠い場所』(2018)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(2018/加藤達也と共同)、劇場アニメ『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』(2017)、『クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』(2020/荒川敏行と共同)など。
 近年、活躍が気になる作曲家である。音楽もの、青春もの、異世界ファンタジー、コメディなど、手がける作品ジャンルは幅広く、アーティストへの楽曲提供や歌曲アレンジの仕事も多い。
 そんな中でも『宝石の国』は個性的な作品だ。
 藤澤慶昌の証言によれば、本作の音楽担当はコンペによって決まったという。まだCG画像もできていない段階だったので、原作を読んだ印象から「壮大な感じ」の音楽を提案したとのこと。音楽担当に決まってからは、「世界観を包括するような曲」というリクエストを受けて音楽作りを進めていった。そこで選んだのが、「音をそぎ落としていく」アプローチだった。
 映像が華麗であれば、音楽を厚くする必要はない。隙間の多い、シンプルな音楽のほうが映像を引き立てるし、ひいては音楽も際立つことになる。
 結果、生まれたのが、オーケストラを使いながらも華美にならず、シンプルなサウンドで透明感や色彩感を表現する音楽である。
 印象的なのはピアノの音。そして、弦の澄んだ響きだ。
 一般的なアニメのような喜怒哀楽を表す心情描写音楽は本作にはない。宝石にも感情がある(らしい)。が、それを表現する音楽は控えめで、一歩下がって宝石たちを見守っているような趣がある。実際、音楽への注文の中に「情感的になりすぎない、感情が出過ぎない」という点があったという。
 音楽の作り方も独特だった。
 基本は、あらかじめメニューで発注された曲をまとめて作曲・録音し、シーンに合わせて選曲していく「溜め録り」の音楽なのだが、一部はフィルムスコアリングで作られている。後半用に作った曲は「完全にフィルムスコアで」録音したと藤澤慶昌はインタビューで語っている。放送開始後もアニメの制作と音楽の制作がほぼ並行して進んでいたという。
 溜め録り・選曲方式は同じ曲がくり返し使われるので視聴者の耳に残りやすい。「こういうシーンには、この曲が流れる」と刷り込まれるため、音楽で情感をリードする演出が可能になる。本作では、月人襲来シーンに流れる「黒点」が耳に残る曲の代表格。「黒点」が流れると「来るぞ、来るぞ」と心がざわめくのだ。
 いっぽう、シーンに合わせて曲を作るフィルムスコアリング方式では、映像や心情の変化と曲の展開を一致させ、ドラマに寄り添った音楽を提供できる。本作では物語後半のキーとなる場面の曲がフィルムスコアリングで作られ、名場面を生み出していた。第8話の氷原でフォスが月人と戦う場面の曲「届かない」や最終回の終盤に流れる曲「フォスとシンシャ」などである。
 本作の音楽は、溜め録り方式とフィルムスコアリングが合体した「いいとこ取り」になっているのだ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、Blu-rayの特典ディスクとしてリリースされたのち、2018年1月に収録曲を増補した2枚組CDが「TVアニメ『宝石の国』サウンドトラック コンプリート」のタイトルで東宝より発売された。BGMのほか、キャラクターソング「liquescimus」(第8話のエンディングに使用)と主題歌「鏡面の波」のオーケストラ・バージョン(最終話で使用)が収録されている。
 2枚組CDのうちわけは、ディスク1が主に物語前半(第1話〜6話)で使用された楽曲、ディスク2が主に後半(第7話以降)で使用された楽曲。劇中で流れた曲はほぼ網羅されている。
 ディスク1を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. メインテーマ
  2. 昼下がり
  3. アイデア
  4. フォスフォフィライト
  5. 月人
  6. 黒点
  7. 戦い
  8. 危機
  9. 砕かれる
  10. ちょっとひと息
  11. なんなのさ!
  12. ウェントリコスス
  13. Sea
  14. 孤高
  15. シンシャ
  16. 深海
  17. 驚異
  18. Ground
  19. 覚醒する力
  20. 金剛先生
  21. 眠る季節
  22. なにもできない
  23. Night
  24. 秘密
  25. あーもう!

 1曲目の「メインテーマ」は本作の世界観を象徴する曲。静かな弦の導入をバックにピアノの旋律が聞こえてくる。弦合奏とピアノのかけあいになり、ピアノのメロディが反復される。中間部はホルンも加わり、悠久の時間を感じさせるスケール豊かなサウンドと宝石の輝きをイメージさせる繊細なピアノのメロディが対比される。壮大さと儚さが同居した、『宝石の国』にふさわしい美しい音楽だ。劇中では第1話の冒頭や第4話でフォスがこの世界のなりたちを聞く場面、第7話でフォスが雪原を歩く場面などに使用されている。
 トラック2の「昼下がり」と次の「アイデア」は宝石たちの日常に流れるちょっとユーモラスな曲。木琴などのパーカッションを使ったサウンドが「石」っぽくていい。本編では意外とこういう曲が流れるシーンが多かった。トラック10「ちょっとひと息」やトラック11「なんなのさ!」も同様のテイストの曲である。
 トラック4「フォスフォフィライト」は主人公フォスのテーマ。ピアノの音に弦とピッコロがからみ、色彩感豊かに、躍動的に発展していく。フォスの明るい一面を描いたような曲調だが、ふっと陰りがさしたように曲調が変わる部分がある。まるで角度によって輝きを変える宝石のようだ。第1話のフォス登場場面などに使用された。
 トラック5「月人」からトラック9「砕かれる」までは、月人の襲来と戦いの曲。注目はインドネシアの楽器ガムランを使ったトラック6「黒点」。ガムランのアイデアは音響監督の長崎行男から出たものだという。仏像を思わせる月人の姿とあいまって、インパクト抜群のシーンを作りだした。
 トラック7「戦い」も記憶に残る曲だ。ピアノと弦によるアタック感のあるイントロから流麗なストリングスのメロディに展開し、宝石たちのバトルが描写される。次回予告にも流れたカッコいい曲である。カラフルな光をきらめかせながら華麗に戦う宝石たちにぴったりの名曲だ。「黒点」と並んで本作を代表する楽曲のひとつ。
 トラック12「ウェントリコスス」は、海から来た軟体生物ウェントリコススにフォスが呑み込まれる場面などに使われた。フォスにとっては未知との遭遇になる場面で、音楽もサスペンス寄りではなく、神秘的、幻想的な曲想で書かれている。
 トラック14「孤高」と次の「シンシャ」は、月人と戦う宝石たちの覚悟や誇り、孤独感などが感じられる曲。うねるストリングスと強いタッチのピアノが奏でる「孤高」、弦とピアノに二胡を加えた編成の「シンシャ」。どちらも、ほのかに哀感がただよう。藤澤は、ずっとシンシャは「二胡だ!」と思っていて、この曲で使ったのだそうだ。
 トラック16以降は、第4話から第6話のストーリーをイメージしたような構成になっている。
 フォスがウェントリコススと海と命について語らう場面のトラック16「深海」。フォスが月人に捕らえられる場面のトラック17「驚異」とトラック22「なにもできない」。失った脚の代わりに新しい脚を付けてもらったフォスが草原を走る場面のトラック19「覚醒する力」。「深海」と「覚醒する力」では、多彩な光を感じさせるような緻密なオーケストレーションが印象的だ。
 トラック21「眠る季節」とトラック24「秘密」は、シンプルな中に静謐さと緊張感をたたえた曲。メロディらしいメロディはほとんど登場せず、リズム的な音型をメインに構成されている。こういう曲もすごく『宝石の国』らしい。
 ディスク1を締めくくるトラック25「あーもう!」は、第5話で、宝石たちが総出で海を探しても見つからなかったフォスが学校で見つかる場面に流れたユーモラスな曲。ほのぼのした雰囲気で終わるのがほっとする。
 このあと、第7話で宝石たちは冬眠に入り、物語は新たな展開を見せる。それを反映して、ディスク2に収録された楽曲はディスク1とは少し違うテイストになっている。ディスク2にはフィルムスコアリングで作られた曲が多く、より映像とドラマに密着した音楽を聴くことができる。
 ディスク2のラストには「宝石の国」と題した組曲風のトラックが収録されている。演奏時間は5分以上。これは「メインテーマ」「黒点」「危機」など、いくつかの楽曲をメドレーにしたもので、物語全体をふり返るフィナーレの曲と考えられる。サウンドトラック・アルバムにこういうトラックが収録されるのは珍しく、本作の音楽へのこだわりがうかがえる。

 『宝石の国』の音楽は、いわゆる、わかりやすい音楽、聴きやすい音楽ではないかもしれない。しかし、作品と映像にインスパイアされた、個性的で美しい音楽だ。そのサウンドは、あまたあるサントラの中でも、唯一無二の光を放っている。

TVアニメ『宝石の国』サウンドトラック コンプリート
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