COLUMN

第206回 血と肉になった音楽 〜宇宙円盤大戦争〜

 4月24日、作曲家の菊池俊輔先生が亡くなりました。筆者にとっては、小さい頃からお世話になった恩人が亡くなったような、悲しいニュースでした。
 子どもの頃から、アニメで、特撮番組で、ドラマや劇場作品で、菊池俊輔の音楽を浴びるように聴いてきました。それは筆者の血と肉になったと言っても言い過ぎではないと思います。そういう日本人はたくさんいるのではないでしょうか。


 菊池俊輔はアニメだけでなく、日本の劇場・TV音楽の分野でジャンルを問わず活躍し、膨大な量の作品を遺した作曲家である。
 70年代にTVに夢中になっていた男子なら、「仮面ライダー」をはじめとする特撮ヒーロー番組や『バビル2世』『ゲッターロボ』などのSFアクションアニメの音楽が心に刻まれているに違いない。80年代には『Dr.スランプ アラレちゃん』『忍者ハットリくん』などのコミカルな作品で人気を集め、80年代後半〜90年代にかけては『DRAGON BALL』シリーズや『キテレツ大百科』などで親しまれた。1979年にスタートした『ドラえもん』は2005年まで音楽を担当し続けた。アニメだけとってみても、時代を超えて愛される名作を遺した作曲家だった。
 菊池俊輔の作品の中では、特撮ヒーロー番組やロボットアニメの主題歌が特に人気が高い(少なくとも筆者の周囲では)。筆者自身もアップテンポの菊池ソングは大好きだし、カラオケで歌うことも多い。
 けれど、菊池俊輔自身はテンポの速い勇ましい曲よりも、じっくり聴かせる抒情的な曲が好きだと語っていた。
「ぼくはもともと、アクションものよりもメロドラマが好きでした。悲しい曲を書くことが好きですよ。だからコスマ(※注:フランスの映画音楽作曲家ジョセフ・コスマ)のメロディには惹かれますね。ニーノ・ロータなんかもいいけど、コスマのメロディは特別好きだったですね。」(「宇宙船」Vol.94所収のインタビューより)
 そんな菊池俊輔の持ち味が生かされた作品が、今回取り上げる『宇宙円盤大戦争』である。

 『宇宙円盤大戦争』は1975年7月に「東映まんがまつり」の一編として公開された劇場アニメ。TVアニメ『UFOロボ グレンダイザー』(1975)の原型になった作品である。実は筆者が菊池俊輔作品の中で特に好きなのが『グレンダイザー』であり、さらにその原点である『宇宙円盤大戦争』も大好きなのだ。
 ヤーバン帝国に故郷のフリード星を滅ぼされた王子デューク・フリードは、戦闘メカ・ガッタイガーに乗って地球に逃げのびた。宇門大介と名乗り、地球人として生きていたデューク・フリードだが、ヤーバン帝国の探索部隊が地球にも迫ってくる。その指揮をとるのは、ヤ—バン帝国の王女であり、デュークのかつての恋人でもあったテロンナだった。
 宇宙SFとロボットとメロドラマが合体した作品で、30分とは思えない密度の高いドラマが展開する。演出(監督)は芹川有吾。とくれば、劇場アニメ『サイボーグ009 怪獣大戦争』や『ちびっ子レミと名犬カピ』などの、音楽と一体になった悲哀演出が思い出される。本作でもデューク・フリードとテロンナの悲恋を情感たっぷりに描いて涙を誘う。
 菊池俊輔は『ちびっ子レミ』の音楽を手がけた木下忠司に師事した作曲家。芹川演出との相性はばっちりだった。
 1983年に発売されたLPレコード「テレビオリジナルBGMコレクション UFOロボ グレンダイザー」のライナーノーツに、本作と『UFOロボ グレンダイザー』の企画を担当した東映動画プロデューサー(当時)勝田稔男がこんなコメントを寄せている。
「『宇宙円盤——』は菊池さん自身の映画音楽100本記念の作品で、非常にノリまくって作って戴いたという嬉しい思い出が忘れられません」
 意外にも、菊池俊輔の劇場作品の中で、全編新曲を書き下ろしたアニメは本作が初めてである。
 菊池俊輔は子どもの頃からの映画少年。故郷の弘前で映画に熱中し、映画音楽が書きたくて作曲家になった。
 100本目の映画音楽、そして初の書き下ろし劇場アニメ作品。勝田の言葉どおり、力が入ったに違いない。本作の音楽は実に充実している。ドラマの中心になるのはデュークとテロンナの悲恋。菊池俊輔が得意とする、哀愁を帯びたメロディアスな曲がたっぷりと味わえる。
 『宇宙円盤大戦争』の基本設定は『UFOロボ グレンダイザー』に受け継がれた。そして音楽も。本作の主題歌「戦え!宇宙の王者」と「燃える愛の星」は歌詞を変えて、『グレンダイザー』のエンディング主題歌「宇宙の王者グレンダイザー」と挿入歌「ちいさな愛の歌」になった。
 また、本作の劇中音楽(BGM)も『UFOロボ グレンダイザー』のために用意された新録音BGMとともに『グレンダイザー』の劇中で使用されている。劇場作品ならではのドラマティックな音楽が加わったことで、『グレンダイザー』は豊かな音楽性を持つ作品になった。
 本作の音楽の初商品化は先に紹介したLPレコード「テレビオリジナルBGMコレクション UFOロボ グレンダイザー」。『グレンダイザー』のオリジナルBGMと『宇宙円盤大戦争』の音楽をミックスして構成したアルバムだった。完全収録盤は、2003年に発売されたCD「ETERNAL EDITION ダイナミック・プロ・フィルムズFILE No.7&8 UFOロボ グレンダイザー」で初めて実現した。
 ちなみに、『グレンダイザー』の音楽はMナンバーの頭文字がA〜L、『宇宙円盤大戦争』の音楽は同様に頭文字がMで統一されている。が、「テレビオリジナルBGMコレクション」ではMナンバーの表記ミスがあり、『グレンダイザー』の曲であるのに頭文字Mの番号が振られたものがある。筆者が調べたところでは『宇宙円盤大戦争』から収録されたのはM-19、M-23、M-27の3曲である。
 「ETERNAL EDITION」版で『宇宙円盤大戦争』の音楽を聴いてみよう。収録トラックは以下のとおり。

  1. プロローグ〜戦え!宇宙の王者(M-1,M-2)
  2. 平和を破るもの(M-3,M-4,M-5,M-6)
  3. テロンナからのメッセージ(M-7,M-8,M-9,M-10)
  4. 円盤部隊襲撃(M-11,M-12,M-13)
  5. 再会(M-14,M-8,M-15)
  6. テロンナの悲しみ(M-16,M-17,M-18)
  7. ガッタイガー再び(M-19,M-20,M-21)
  8. ロボイザーの戦い(M-22,M-23,M-24)
  9. 悲恋(M-25,M-26,M-27)
  10. エピローグ〜燃える愛の星(M-28〜M30EDIT,M-28,M-29,M-30)

 全曲を劇中使用順に並べたオーソドックスな構成で、聴きながらドラマをふり返ることができる。
 ヤーバン帝国の宇宙船に追撃されるデューク・フリードの描写で幕を開ける。メインタイトルとともに流れるのが主題歌「戦え!宇宙の王者」。トラック1にはプロローグとメインタイトルの2曲を収録している。
 続くトラック2は、宇門大介となったデューク・フリードの平和な日々を描写するM-3から始まる。2曲目は宇宙を観察するレーダーに不吉な影が映る場面のサスペンス曲M-4。デューク・フリードを探しに来たテロンナに視点が移ると、美しいテロンナのテーマM-5が流れる。
 このテロンナのテーマこそ、『宇宙円盤大戦争』の真の主題曲と呼べるメロディである。テロンナのテーマは劇中にさまざまにアレンジされて流れ、本作全体の雰囲気を決定づけている。
 トラック3「テロンナからのメッセージ」の1曲目は、テロンナがデューク・フリードにテレパシーでメッセージを送る場面のM-7。曲の後半にストリングスとギターによるテロンナのテーマの変奏が現れ、テロンナと大介(デューク)の苦悩を描写する。
 テロンナの呼び出しに応じたデュークとテロンナの再会のシーンでは、トラック5「再会」のM-14が流れる。木管とビブラフォンを中心にしたテロンナのテーマのロマンティックな変奏だ。愛し合いながらも一緒に生きることが許されない2人の悲しみが胸をしめつける。
 トラック4「円盤部隊襲撃」のM-11は円盤部隊の攻撃場面に流れる悲壮感ただよう曲。全体的に本作の戦闘音楽は、ガッタイガー活躍場面をのぞいて、躍動感を抑えた哀感を帯びた曲調で書かれている。戦争のために故郷を失ったデュークの戦いを憎む思いが反映されているのだ。
 それは、70年代に数多く作られたSFアクション作品の勇ましい戦闘曲とは一線を画していて、本作を単純な勧善懲悪ものではない深みのある作品にしている。映画を愛し、映画のための音楽を書き続けてきた菊池俊輔の作家性が、こんなところにも表れているのだ。
 デューク・フリードがガッタイガーを起動し、分離したロボイザーでヤーバン帝国軍を迎撃する場面(トラック7〜8)では、主題歌「戦え!宇宙の王者」のアレンジ曲が流れる。さすがに「東映まんがまつり」なので多少はカッコいい音楽も流れないと、という配慮もあるだろう。本作の中でも貴重な軽快な音楽が聴ける部分である。
 トラック9「悲恋」は、テロンナとデューク・フリードの悲しい対決を描くクライマックスの曲。ここでも、テロンナのテーマが2人の苦しく切ない思いを表現する。戦いが終わり、瀕死のテロンナをデュークが抱き上げる場面にテロンナのテーマの変奏曲M-27が流れる。この曲は、『グレンダイザー』で本作のストーリーをリメイクしたルビーナのエピソード(第72話)でも使用された。テロンナのテーマは本作に込められた反戦の思いを象徴する曲とも言えるだろう。
 ラストシーンからエンディングに使用された主題歌「燃える愛の星」は『グレンダイザー』最終回のラストシーンにも使用された。『宇宙円盤大戦争』と『グレンダイザー』の世界がつながるような音楽演出にぐっときたファンも多かったはずだ。

 『宇宙円盤大戦争』の悲劇性とロマンティックな香りは、『UFOロボ グレンダイザー』に引き継がれた。音楽も同じで、『グレンダイザー』のオリジナルBGMには『宇宙円盤大戦争』の音楽に通じる哀感、悲壮感が宿っている。それは『UFOロボ グレンダイザー』という作品の大きな魅力になっている。
 『UFOロボ グレンダイザー』はヨーロッパでも放送され、特にフランスで大人気を博した。菊池俊輔は『グレンダイザー』のBGMで、JASRACが海外からの音楽著作権収入がもっとも多かった作品に贈る「国際賞」を2度受賞している(厳密に言えば、1度目のときは「国際賞」という名ではなく、JASRAC賞の「外国使用部門第1位」だった)。その後も菊池俊輔は『DRAGON BALL Z』『ドラえもん』などのBGMで国際賞をたびたび受賞。1983年から2019年までに9回もの受賞を果たした。海外でもっとも聴かれた日本の音楽は菊池俊輔の曲だったのだ。その死を、世界のファンが悼んでいる。
 ありがとう菊池俊輔。あなたの音楽を私たちは忘れない。

ANIMEX 1200シリーズ UFOロボ グレンダイザー
Amazon

ETERNAL EDITION ダイナミック・プロ・フィルムズ File No.7&8 UFOロボ グレンダイザー
Amazon