腹巻猫です。7月6日、数々の映画音楽を手がけた作曲家、エンニオ・モリコーネが亡くなりました。私にとっては、初めて「サウンドトラック」というものを、ひいては「音楽」というものを意識させてくれた作曲家でした。小学生のときにラジオから流れてきたモリコーネの音楽に出会わなければ、今の仕事はしていなかったかも。残念です。
劇場アニメ『シドニアの騎士 あいつむぐほし』の制作と2021年の公開予定が発表された。これに合わせて、7月11日からTOKYO MXとBS11でTVシリーズ『シドニアの騎士』の再放映が始まる。7月18日からはニコニコ生放送でも配信される予定だ。
「おや?」と思ったのは、『あいつむぐほし』では音楽担当がTVシリーズの朝倉紀行から片山修志に交代していること。TVシリーズの音楽が印象的だっただけに意外だった。ただ、筆者は『幼女戦記』などを手がけた片山修志の音楽にも大いに期待している。
しかし、今回はTVシリーズ『シドニアの騎士』の音楽をふり返ろう。
『シドニアの騎士』は2014年4月から6月まで放送されたTVアニメ。第2期『シドニアの騎士 第九惑星戦役』が2015年4月から6月まで放送された。
原作は弐瓶勉が『月刊アフタヌーン』に連載したマンガ作品。アニメーション制作はポリゴン・ピクチュアズが担当した。3DCGを駆使した、21世紀ならではのリアリティを持った宇宙SFアニメだ。
対話不能の外宇宙生命体・奇居子(ガウナ)により太陽系が破壊されてから1000年。人類は小惑星を母体にした巨大な宇宙船(播種船)に乗り込んで太陽系を脱出し、宇宙を放浪しながら生き残る道を模索していた。その播種船のひとつ「シドニア」の下層で育った少年・長道(ながて)は、シドニアを守る人型戦闘機・衛人(もりと)の操縦士となり、仲間とともに、襲い来る奇居子と戦い始める。
絶望的な設定、次々と人が死んでいく容赦ない展開、CGで描かれる天体やメカニックの硬質な感触。緊迫感あふれるハードな描写とドラマに引き込まれる。いっぽうで、長道をはじめとするキャラクターの多くが妙にのんびりしていて、ラブコメ風展開があるのが面白い。
ハードな世界観を支えた音楽は、朝倉紀行が担当。バンド・朝倉紀幸&GANGでデビューしたのち作曲家に転向、さまざまアーティストやアイドルへの楽曲提供を経て、映像音楽の世界に活躍の舞台を移した。TVアニメ『るろうに剣心 —明治剣客浪漫譚—』(1995)やTVドラマ「悪党 重犯罪捜査班」(2011)、PlayStation用ゲーム「天誅」(1998)などの音楽で知られ、海外にも熱心なファンを持つ作曲家だ。
アジアや中東、南米などの民族音楽の要素を取り入れ、トランスやロックのリズムを加えたサウンドは「アジアのプログレ」とも評される。シンセサイザーと生楽器の音を融合し、とことんこだわって練り上げた緻密なサウンドが魅力。作品ごとにサウンド感を変えてアプローチする意欲的な曲作りが持ち味だ。
『シドニアの騎士』で耳に残るのは、SE的なシンセの音と生楽器のフレーズで構築されたスリリングな曲の数々。奇怪な敵・奇居子の襲来や衛人隊の壮絶な戦いを圧倒的なサウンドで盛り上げている。激しい戦闘場面や破壊場面では、効果音と音楽が一体となって迫ってくる。音楽が浮き立つことなく、世界の一部となっている印象だ。
そのいっぽうで、日常場面に流れるピアノ曲やアコースティックギターの曲など、シンプルな編成のBGMも印象的。ここでも、音楽は主張しすぎることなく、シドニアの風景に溶け込んでいる。
本作のサウンドトラック・アルバムは3タイトルが発売されている。1枚目は「シドニアの騎士 オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2014年6月に、2枚目は「シドニアの騎士 第九惑星戦役 オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2015年6月に発売された。以上2枚はCDアルバム。3枚目は2015年11月に発売された「シドニアの騎士 コンプリート・サウンドトラック」。これはCDではなく、Blu-rayディスクに音楽を収録したBDM(Blu-ray Disc Music)アルバムである。いずれも発売はキングレコード。
1枚目の「シドニアの騎士 オリジナル・サウンドトラック」から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。
- 深き宇宙へ (M03)
- シドニア (M04)
- 長道のシドニア (M11)
- 平和 (M08)
- 平和そして愛 (M13)
- 透明星白 (M23A)
- 象形星白 (M23B)
- エナ星白 (M23C)
- 一雫の愛 (M14)
- 浮遊 (M05)
- 温もり (M13X)
- それぞれの迷走 (M09)
- 想い (M15A)
- 友情 (M12)
- 相対性葛藤 (M06)
- 長道の葛藤 (M40)
- 衛人出撃 (M07)
- 胎動 (M19B)
- 掌位のジンクス (M10)
- 悪夢 (M19A)
- 奇居子 (M18)
- 出現 (M21)
- 船員会 (M30)
- 任務 (M28)
- 不安と緊張 (M32A)
- 非武装主義者 (M34)
- 宇宙の淵 (M36&M38)
- 発艦 (M35)
- 錯乱 (M39)
- 恐怖 (M43)
- 狂気 (M41)
- 栄光の継衛 (M42)
- 脅威のカビザシ (M01)
※()内はMナンバー
第1期『シドニアの騎士』用に制作された約50曲の楽曲から33曲をセレクトした内容。大きく前半と後半に分かれる構成となっている。
トラック1からトラック14までは、宇宙船シドニアとシドニアに生きる人々を描写する曲が並ぶ。平和な航海をイメージさせる内容だ。
不穏な予兆を響かせる「相対性葛藤」「長道の葛藤」を挟んで、トラック17からは奇居子との戦いがテーマになる。不安を盛り上げる曲や危機感に富んだ曲が続き、前半とは大きく印象が変わる。アナログレコードのA面、B面のように、対比感が際立つ構成である。
トラック1「深き宇宙へ」は宇宙の壮大な神秘性を表現する曲。巨大な宇宙船シドニアを描写する「シドニア」「長道のシドニア」の2曲が続いてアルバムの導入部となる。
シドニアの画像からインスピレーションを受けて書いたという「シドニア」は、第1話で長道が初めてシドニアの外に出る場面などに使用。「長道のシドニア」は第5話で漂流する長道と星白を救いに衛人隊が現れる場面、第9話で衛人隊の班長となった長道が出撃する場面などで使用されたのが印象深い。『シドニアの騎士 第九惑星戦役』最終話(第12話)のラストシーンで流れたのもこの曲だった。
「平和」「平和そして愛」は、タイトルどおりシドニアの平和な日常を彩った曲。いずれも「深き宇宙へ」のバリエーションで、バイオリン・ソロやソプラノサックスをフィーチャーして情感豊かに仕上げられている。「平和そして愛」は第6話で長道と星白がシドニアの海(海水槽)で語らう場面に流れたほか、第1期の最終話(第12話)のラストシーン、長道が研究所に収容されたエナ星白に会いに行く場面でも使用された。長道と星白の愛のテーマといった趣の曲である。
次の3曲「透明星白」「象形星白」「エナ星白」は、物語の上で重要な役割を担うヒロイン(?)・星白のテーマのバリエーション。朝倉紀行は第1期の音楽制作では星白に感情移入してしまったそうだ。3つの曲のモチーフは共通だが、アレンジとサウンドを変えて星白の変化を表現している。第10話では長道がエナ星白とコミュニケートする場面に「エナ星白」ではなく「透明星白」が流れ、長道にとって星白の存在が特別なものであることを暗示している。
トラック13「想い」のリリカルなフレーズは劇中でもたびたび流れて耳に残る。本曲はピアノとトランペットがフィーチャーされているが、劇中ではピアノ・ソロ・バージョンの「透」(「コンプリート・サウンドトラック」に収録)のほうがよく使われていた。
日常描写や心情表現の曲が続いたあと、不安な曲調のトラック15、16で雰囲気が変わり、後半へ。
トラック17「衛人出撃」は本作を代表する楽曲のひとつ。曲名どおり、衛人隊の出撃場面によく使われている。静野孔文監督の「決死の覚悟をした、まるで片道切符の特攻隊のような想いを入れた曲にしてほしい」とのオーダーに応えて書かれた。
明快なメロディを持たず、SE的なサウンドが不気味な雰囲気をかもし出す「胎動」と、そのミックス違いの「悪夢」も本作の音楽の特徴をよく伝える楽曲。静かな緊張感がみなぎる、緻密に構成された曲だ。
続く、「奇居子」「出現」を聴くと本編の映像が脳裏に浮かぶファンも多いだろう。「奇居子」は初めて奇居子の画を見たときの衝撃からインスピレーションを得て生まれた曲だそうだ。
トラック24「任務」も衛人隊出撃場面によく流れた悲壮感ただよう楽曲。勇壮さよりも死を賭した出撃の覚悟と緊張感が伝わってくる。
トラック27「宇宙の淵」は次回予告に多用された楽曲。ピアノ、ドラム、エレキギターのフレーズが絡み合い、スリリングなセッションをくり広げる。
奇居子との戦闘場面などに使われた「発艦」に続いて、「錯乱」「恐怖」「狂気」と、戦いの恐怖や混乱を表現する曲が並ぶ。本編の雰囲気を再現するうまい構成だ。
本作の音楽録音には、ストリングス(バイオリン、ビオラ、チェロ)、トランペット、ソプラノサックス、ギター、ベース、ピアノ、オルガンなどの楽器が使用されている。が、その音をそのまま使うのではなく、デジタル処理で音色を変えたり加工したりして楽曲に仕上げているケースが多い。これも朝倉紀行の音楽作りの特徴で、ミックスや音作りにとことんこだわって楽曲を完成させていくのだ。加工された楽器の音とシンセの音が溶け合い、唯一無二のサウンドを生み出す。本作のサスペンス系の楽曲に、そのこだわりがよく表れている。
アルバムを締めくくるのは、衛人隊の活躍を描く2曲、「栄光の継衛」と「脅威のカビザシ」。M01の番号が振られた「脅威のカビザシ」はもともとファイナルバトルの曲として制作されたものだ。2曲とも勇壮さやカッコよさは抑えられ、死と隣り合わせの緊迫した空気感が表現されている。いわゆるロボットアニメの戦闘曲とは一線を画した、本作ならではの楽曲だ。そして、『シドニアの騎士』にあっては、この抑えた曲調こそがカッコいい。
音楽で情感をふくらませるというより、SEを含めたサウンドで視聴者を作品世界の中に放り込むのが本作の音響演出のスタイルだ。感情よりも感性に訴える音楽。「宇宙のロマン」とは無縁の非情な宇宙を舞台にした本作には、この音楽がなによりも合っている。
ただ、CDアルバムでは聴き応えのある戦闘曲やサスペンス曲を優先したためか、静かなピアノ曲やギターの曲などがもれてしまったのは残念。
その不満に応えたのが、BDMアルバムでリリースされた「シドニアの騎士 コンプリート・サウンドトラック」である。Blu-rayディスクの大容量を生かして、未収録曲を含む全曲を収録。音源は96kHz/24bitのハイレゾ音質。2チャンネル・ステレオと5.1チャンネル・サラウンドの2種類のフォーマットで聴ける仕様になっている。
この「コンプリート・サウンドトラック」の魅力は全曲収録とハイレゾ音質だけではない。ほかにも画期的な試みが盛り込まれている。
ひとつは、楽曲を複数の構成(曲順)で聴けるようにしたこと。メニューからは「コンプリート・サウンドトラック」「シドニアの騎士 オリジナルサウンドトラック」「シドニアの騎士 第九惑星戦役 オリジナルサウンドトラック」の3つから再生順を選ぶことができる。「コンプリート・サウンドトラック」は第1期と第2期のために作られたBGM全95曲を新構成でまとめたもの。残る2つは既発アルバムそのままの構成。複数の構成(曲順)を収録するのは、ありそうでなかったアイデアだ。既発アルバムの曲順に思い入れがあるファンにはうれしい仕様である。
ふたつ目は、朝倉紀行による全曲コメントが読めること。楽曲制作秘話を読みながら曲を聴くのはサントラファンの大きな楽しみだ。惜しむらくは、BDの再生画面上でしかコメントが読めないこと。できればコメント集をPDFファイルで用意してほしかった。
3つ目は、MP3データ形式の音源も収録されていること。携帯プレーヤーで聴くことも可能だ。この配慮はうれしい。
さらに特典映像として、アニメ動画つきプレイリスト(名場面を観ながら音楽が聴ける)や「シドニア百景」プレビュー、楽曲収録メイキング写真スライドショーなども収録されている。
ファンのさまざまな要望に対応した充実の仕様である。Blu-rayの大容量を生かしたハイレゾ収録と全曲収録、映像特典等を実現しただけでなく、複数の構成で聴けるようにしたことや作曲家コメントを収録したことが大きなポイントだ。サントラファンにとっては、構成も解説も重要な商品の一部なのである。このスタイルはサントラ盤の新しいスタンダードになるのではないかと期待させる。今のところ、後続する商品が見当たらないのが残念だが……。
ともかく、2枚のCDアルバムに収録されなかった心情曲や日常曲、サスペンス曲などは、「コンプリート・サウンドトラック」に収録されている。これからサントラを買って聴こうという方には、こちらのほうがだんぜんお得だ。サントラを聴きつつ、再放映でおさらいして、来年の劇場公開を待ちたい。
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