COLUMN

第185回 フィルムスコアリングの復活 〜バジリスク 甲賀忍法帖〜

 腹巻猫です。先日、実に3ヶ月ぶりに顔を合わせての打ち合わせに参加しました。始まるまで、ちょっと緊張しました(笑)。少しずつ、サントラ仕事も回復に向かってほしいです。


 昨年(2019年)話題になったTVアニメ『鬼滅の刃』では、毎回、映像に合わせて音楽を作曲する「フィルムスコアリング」と呼ばれる手法が採られている。劇場作品や単発TV作品ではあたりまえの作り方だが、毎週放映される連続TVアニメでフィルムスコアリングが採用されるのは珍しい。
 といっても、前例がないわけではない。そもそも、TVアニメの黎明期からフィルムスコアリングによる音楽作りは行われていた。『宇宙エース』(1965)や『ジャングル大帝』(1965)、『悟空の大冒険』(1967)、『リボンの騎士』(1967)、『マッハGoGoGo』(1967)などは、フィルムスコアリングで音楽がつけられている。
 現在のTVアニメ音楽は「溜め録り&選曲」方式が主流である。あらかじめ音楽をまとめて録音しておき、その中から毎回映像に合った曲を選んで音楽をつけていく手法だ。
 溜め録りがいつから始まったかはさだかでないが、60年代にはすでに行われていた。たとえば『ジャングル大帝』と同時期のTVアニメ『ハッスルパンチ』(1965)の音楽は溜め録りである。TVアニメ初期は溜め録りとフィルムスコアリングが併走していた。これが、70年代には溜め録りが主流になる。TVドラマの音楽も初期はフィルムスコアリングで作られているが、70年代にはNHKの番組や民放の一部の作品をのぞいて溜め録りがほとんどになっていた。
 本来、映像音楽はフィルムスコアリングが望ましいとされている。溜め録り方式が採られるのは、制作スケジュールと予算の制約によるところが大きい。毎週ぎりぎりのスケジュールで制作されるTVアニメでフィルムスコアリングを採用するのは現実的ではないというわけなのだ。
 ところが近年、『鬼滅の刃』のようにTVアニメでもフィルムスコアリングを採用する作品が見られるようになった。
『Fate/stay night [Unlimited Blade Works] 』(2014/音楽・深澤秀行)や『神撃のバハムート GENESIS』(2014/音楽・池頼広)などがそうだ。
 そのさきがけと呼べる作品が、2005年に放送された『バジリスク 甲賀忍法帖』である。

 『バジリスク 甲賀忍法帖』は2005年4月から9月まで放送されたTVアニメ。山田風太郎の小説『甲賀忍法帖』を原作としたアニメ作品だ。キャラクターや物語のアレンジは、同作品をせがわまさきがマンガ化した『バジリスク 甲賀忍法帖』がベースになっている。監督は木崎文智、アニメーション制作はGONZOが担当した。
 慶長19年、徳川家康の時代。混乱を極める徳川三代将軍の世継ぎ問題に決着をつけるため、忍法合戦が行われることになった。甲賀・伊賀それぞれから10人の忍者を選び、最後の1人になるまで戦わせる。どちらが生き残ったかによって、世継ぎを決めるというのだ。
 奇想天外な忍法を身につけた忍者同士の対決がすさまじい。忍者というより、魔人対魔人の戦いである。アニメ版でも、この忍法対決の描写が見どころになっている。同時に、忍者1人ひとりのキャラクターを掘り下げることで、原作小説以上に情感豊かな物語になった。
 本作の音楽を担当したのは中川孝。1970年生まれ、北海道出身。舞台、イベントなどの音楽活動を経て、1997年に劇場作品「女囚処刑人マリア」で映画音楽デビューした作曲家だ。
 TVドラマ「真・女神転生デビルサマナー」(1997)、「仮面天使ロゼッタ」(1998)、「エコエコアザラク〜眼〜」(2004)、劇場作品「楳図かずお 恐怖劇場」(2005)、「富江 アンリミテッド」(2011)など、怪奇幻想ものやアクションものを多く手がける中川孝は、山田風太郎作品にはまさに適任。アニメでは『少年陰陽師』(2006)、『のらみみ』(2008)などの作品がある。近年では、ちばてつや原作の劇場アニメ『風のように』(2016)の音楽を手がけ、そのサウンドトラックCDがクラウドファンディングによってリリースされたことが記憶に新しい。
 『バジリスク 甲賀忍法帖』の音楽は、依頼を受けた中川孝がマンガ版を読み、そこからインスパイアされた20分ほどのデモ楽曲を制作することから始まった。それを聴いた木崎監督と助監督の西本由紀夫は「これだよ! これ!」と絶賛したという。音楽の方向性は決まった。さらに木崎監督は、当時のTVアニメとしては異例の、画に合わせた音楽作りをリクエストする。この作品には「アニメ音楽」ではなく「映画音楽」がほしいと考えたからだった。
 かくして作られた音楽は、全24話で200曲以上。演奏時間にして8時間近くになった。予告編音楽さえも使いまわしされず、毎回、内容に合わせて作られている。
 楽器編成はシンセサイザーを主体に、生のギターと篠笛が加わる。シンセによる和楽器の音色で和風テイストを出しているのが特色のひとつだ。
 フィルムスコアリングを可能にした背景には、90年代から2000年代にかけてのデジタル音楽制作環境の進歩がある。スタジオにミュージシャンを集めずとも、大半の音楽制作がコンピュータ上でできるようになった。また、一度制作した素材を再利用できるようになったことも効率化につながっている。『ジャングル大帝』の時代には、毎週フィルムを上映しながらオーケストラが演奏していたそうだから、隔世の感である。
 フィルムスコアリングとはいえ、核となる曲想やモチーフは存在する。本作の場合は、まず全体のメインテーマと呼べるメロディがある。「音絵巻 〜第一章〜」に収録された「殲 其ノ壱」に登場するモチーフだ。そのフルバージョンと呼べるのが、第22話の甲賀弦之介対薬師寺天膳の対決場面で流れた曲「忍者夢想剣」(「音絵巻 〜第三章〜」に収録)である。
 もうひとつは、忍法対決の異様な迫力を表現するために人の声を使ったこと。特にアクション曲や不死身の忍者・薬師寺天膳登場場面などで聴かれる不気味なコーラスは圧巻。中川孝はこれを「お経ラップ」と呼んでいる。「音絵巻 〜第一章〜」に収録された「殲 其ノ弐」(第2話で使用)では、16人の男女による混声コーラスを聴くことができる。山田風太郎忍法帖の雰囲気を音楽化する秀逸な表現だ。
 加えて、激しい闘いの合間に描かれる忍者同士の恋や親子・師弟の愛情を表現する美しくも切ない音楽も本作の聴きどころのひとつである。

 本作のサウンドトラック・アルバムはキングレコードから3枚発売された。タイトルは「バジリスク 甲賀忍法帖 音絵巻 〜第一章〜」「同〜第二章〜」「同〜第三章〜」。「第一章」には第1話〜第8話、「第二章」には第9話〜第16話、「第三章」には第17話〜第24話の音楽を収録している。さらにそれぞれの巻末には新録ドラマを収録。各CDのジャケットは、「第一章」が甲賀忍者10人衆、「第二章」が伊賀忍者10人衆、「第三章」は主人公である甲賀弦之介と伊賀の女忍者・朧の2人のイラストで飾られる粋なデザインとなっている。
 「バジリスク 甲賀忍法帖 音絵巻 〜第一章〜」から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  一.宿怨
  二.甲賀忍法帖(TVサイズ)(歌:陰陽座)
  三.忍法御上覧
  四.悲絆—きずな—
  五.春夢
  六.殲 其ノ弐
  七.月下終焉
  八.和睦之舞
  九.殲 其ノ惨
  十.デッドヒート
 十一.変幻
 十二.寂滅
 十三.胡蝶の涙
 十四.哀別、鮮血の檻にて
 十五.殲 其ノ壱

 ※十六〜二十にドラマを収録。

 1曲目の「宿怨」は毎回のアバンタイトルに流れる音楽。重厚な弦合奏にコーラスが加わり、緊迫した曲調に転じる。忍者同士の非情の戦いを象徴する序曲だ。
 続いてオープニング主題歌「甲賀忍法帖」が流れる構成は番組フォーマットと同じ。
 その「甲賀忍法帖」は、山田風太郎作品をこよなく愛するバンド・陽炎座の作・演奏による曲。陽炎座は本作参加以前から山田風太郎の忍法帖作品をテーマにした曲を発表している。本作の主題歌を手がけたのは運命とも必然とも呼ぶべき出来事だった。この主題歌は、現在もパチスロ「SLOTバジリスク 甲賀忍法帖」シリーズのテーマ曲として使用されている。
 トラック3以降は第1話から第8話のために作られた曲になる。その使用場面を紹介すると——。
 「忍法御上覧」第1話冒頭、徳川家康御前での甲賀対伊賀の忍法対決。
 「悲絆−きずな−」第1話後半の回想シーン。甲賀弾正と伊賀のお幻との過去の因縁。
 「春夢」第2話冒頭、甲賀弦之介と伊賀の朧との逢瀬の場面。
 「殲 其ノ弐」第2話、甲賀の鵜殿丈助と伊賀の小豆蝋斎との忍法対決。
 「月下終焉」第3話、甲賀の地虫十兵衛が伊賀の薬師寺天膳に敗れる場面。
 「和睦之舞」第4話で甲賀弦之介が笛を吹き、朧が舞うシーンの笛の音。
 「殲 其ノ惨」第4話、鵜殿丈助と伊賀の女忍者・朱絹の対決場面。
 「デッドヒート」第5話、森の中で伊賀のお胡夷が不審な忍者(服部響八郎)を追跡する場面。
 「変幻」第6話、甲賀の忍者・如月左衛門が声色を使って伊賀の夜叉丸をだます場面。
 「寂滅」 第6話、伊賀の女忍者・蛍火が遠く離れた夜叉丸の死を察する場面。
 「胡蝶の涙」第7話、如月左衛門が化けた夜叉丸を見て、蛍火が思わず抱きつく切ない場面。
 「哀別、鮮血の檻にて」第8話、如月左衛門が妹のお胡夷と最後の会話をする場面。
 「殲 其ノ壱」第8話のラスト、甲賀弦之介が甲賀と伊賀の不戦の約定が解かれたことを知る場面。
 フィルムスコアリングの曲なので、場面に合わせてテンポや曲調が変わる。そのダイナミズムも聴きどころのひとつだ。ただし、一部の曲は、複数の場面の曲を1トラックにまとめたり、曲の一部を編集したりと、聴きやすいように手が加えられている。そういう意味では、劇中に使用されたままのサウンドトラックではなく、アルバム・バージョンとして聴くのがよいだろう。
 ハイライトは「殲」とタイトルにつけられた3曲のアクション曲。いずれも緊迫したリズムに重厚な管弦楽のサウンド、さらにエレキギターや篠笛、コーラスなどが絡む迫力満点の曲である。
 曲名は「殲 其ノ壱」「殲 其ノ弐」「殲 其ノ惨」となっているが、同じモチーフのアレンジというわけではない。それぞれに工夫を凝らして描かれた忍法対決場面に合わせて、音楽も変幻自在に組み立てられている。フィルムスコアリングの醍醐味である。「殲」は激しい忍法勝負の曲の総称なのだろう。「音絵巻」の2枚目以降にも「殲」と名づけられた曲は登場し、「殲 其ノ七」まで収録されている。忍者アクションものとしての本作を代表する楽曲だ。
 本作のリリカルな部分を代表する曲としては、「悲絆—きずな—」「春夢」「寂滅」「胡蝶の涙」「哀別、鮮血の檻にて」がある。凄惨な死闘の場面にも哀感がただようのが本作の魅力。悲恋の場面やはかない死の場面を美しい音楽が彩ることで、忍者の世界の非情さが際立つ。
 「寂滅」の中世教会音楽風のコーラスは哀愁と幻想味をただよわせて、人知を超えた忍法の不可思議を感じさせる。和の要素だけでなく、さまざまな民族音楽の要素も取り入れられているのが本作の音楽の特徴である。

 アルバム全体としては、ストーリーの流れに沿って曲を配し、アクションだけでなく、情感にも重きを置いた内容になっている。音楽アルバムとしてのバランスを考慮したうまい構成だ。ただ、もともと制作された楽曲数が多いため、未収録に終わった曲もたくさんある。第1話〜第8話までだけでも74曲、3時間半の音源があったそうだ。ほっとひと息つく場面に流れるほのぼのした曲などが収められなかったのは残念だ。
 とはいえ、本作が2000年代にフィルムスコアリングによるTVアニメ音楽を復活させた意義は大きい。その音楽を聴きごたえのある構成・編集でまとめたアルバム作りのお手本としても、『バジリスク 甲賀忍法帖』はアニメ音楽史に残る作品である。

バジリスク 甲賀忍法帖 音絵巻 〜第一章〜
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バジリスク 甲賀忍法帖 音絵巻 〜第二章〜
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バジリスク 甲賀忍法帖 音絵巻 〜第三章〜
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