COLUMN

第644回 歳とった……


 昨年末からちょくちょく話題にしている次の作品、まだタイトルは明かせませんが、ただ今コンテ中。ホン読み(脚本打ち)は後半戦、キャラは続々あがってきてます。『コップクラフト』制作中にきたお仕事で、どうやら今年も新作が発表できそうです。またコンテをたくさん切ろう(描こう)と思ってます。てことでまたコンテの話を少々。まず、この連載もすでに丸13年。今年で14年目に突入(ちなみに祝日または年末年始以外は1週も落さず)。話の被りは多少大目に見てください(汗)。
 板垣は初監督作『BLACK CAT』(2005年/制作GONZO)以来、監督した全シリーズの全話数中、半分以上のコンテを自分で切ってます。理由その1は簡単な話、

コンテを切るのが好きだから!

です。だって、フィルムの完成形を描く仕事が面白くない訳がありません。これは単なる「出崎統憧れ」ではなく、元々自分のマンガ家志望崩れからくるものだと思います。俺の出た小学校は、卒業式で卒業証書授与の際、前もって撮影・録音された本人のスライドと「将来の夢コメント」が傍らで流されるという演出があり、板垣は「い」なので出席番号1番かつ6年1組。校長先生から証書を読み上げられ、手渡される間「僕は将来、手塚治虫のようなマンガ家になりたいです!」という音声が流れ、同級生らの印象に残ってたらしいです。ただ、そーは言ってみたものの、その後の中学・高校とマンガを描いてて、ネームやラフ(下描き)は楽しくても、「ペン入れが苦痛」という理由で徐々に興味を失っていきました。昨今のようなデジタル作画ツールが当時あったら「ベタがはみ出た!」だ「ホワイトで修正」だの作品のオモシロ基準じゃない部分での苦痛から何割か解放されて、売れないマンガ家になってたのかもしれません。で、ちょうどその頃『エースをねらえ!2』などの出崎監督OVAバブルで、出崎アニメの豊かな表現力と迫力に魅了されてた俺。「アニメってこんなに凄くて面白いんだ!」と思い「アニメやりたい!」と。高2の頃には「将来はアニメ監督!」と決めてました。「月刊アニメージュ」での出崎特集に載っていたザザッとラフに描かれた出崎監督のコンテに、「こんなラフなコンテで動きも音も役者さんの芝居もつけられるなんて、マンガよりずっと贅沢だ! 絶対コンテを描く!」な感じで、それ以来マンガを描くのをやめて自前でコンテ用紙を作り、好きなマンガをコンテにしたりしてました。それこそ90年代に目覚めた映像インテリな方々を怒らせるのを覚悟してハッキリ言いますが、板垣のコンテはマンガのような自由自在な楽しさを優先して切られ(描かれ)ております。「それは違う!」と思う方は、教本でも読んで高尚にどうぞ。少なくとも自分は「ナントカの映画術」だの「映像のナンチャラ」だのの、やや本格的にみえるものから「役立つホームビデオ術」的なファミリー向けのものまで何冊も読みましたが、イマジナリーラインやカメラワークや用語的な説明ばかりで、どれもピンときませんでした(この件に関してはまたいつか)。
 話を戻して、板垣が監督作品のコンテをなるべくたくさんやりたい理由その2。

アニメ監督の仕事の最優先はコンテを切ることだと思っているからです!

 こちらはこの連載で何回も語ったと思うのですが、もう13年越えなので多少考え方が成長したかもしれません(てゆーか何年前に何を書いたかなんて憶えてない)。何しろ監督はコンテです! TVシリーズの場合、そうは言っても作画スケジュールから逆算して全話コンテなんて難しいわけで、それは監督が積極的にバシバシ修正しまくればいいんです。たまに「監督の仕事とはコンテを描くことではない」と仰る監督に出くわすんですけど、少なくとも自分はそう思いませんし、俺の監督作品にコンテで入ってくださる演出さんには「いろいろイジるかもしれないけど、気にしないでください」と言いますし、社内の後輩にコンテを切ってもらう際にも同じことを言ったうえで、さらに「本当に好きにコンテを切りたいなら監督になってからだ」と付け加えます。だってアニメの場合、何事もコンテで7割決まってしまいます。実写における「カメラマンにプランを伝えるためのコンテ」と違い、アニメのコンテは明確に完成予想図で、キャラの芝居、表情、カメラワーク、尺、現在では声優さんの演技にまで影響を及ぼすのですから! そんな大事な役目、他人に委ねっぱなし(つまり無修正)で「監督(手柄)は僕!」なんて虫がいいってもんでしょう? うん、コンテの話はまだあるので次回。