COLUMN

第170回 時代を超える響き 〜犬夜叉〜

 腹巻猫です。前回も告知しましたが、サントラDJイベントSoundtrack Pub【Mission#41】劇伴酒場忘年会2019を12月7日に開催します。蒲田studio80にて15時から20時まで(途中出入り自由)。今回はお客さん参加DJ大会のほか1人1曲持ち寄りコーナーもあります。お気軽にお立ち寄りください。予約不要です。
https://www.soundtrackpub.com/event/2019/12/20191207.html


 11月16日にNHK BSプレミアムで放映された番組「発表!全るーみっくアニメ大投票」を観た。作品部門で人気投票のトップに輝いたのは『犬夜叉』。『うる星やつら』『めぞん一刻』といった強力作品を抑えての第1位である。
 興味深かったのは『犬夜叉』を推した投票者のうちわけ。女性が90%、年代別では20代以下が圧倒的に多い。2000年代の少女たちの心に刺さった作品なのだ。
 TVアニメ『犬夜叉』は高橋留美子の同名マンガをサンライズがアニメ化した作品。突然、戦国時代にタイプスリップしてしまった中学3年生の少女・日暮かごめが、妖怪と人間との間に生まれた半妖の少年・犬夜叉と共に壮大な冒険を繰り広げるファンタジーだ。高橋留美子らしい魅力的なキャラクターたちが織りなすドラマと妖怪退治のアクションが融合した時代活劇ロマンスとも呼べる作品である。
 2000年10月から2004年9月まで全167話が放送され、劇場版も4作が制作・公開された。さらに2009年10月から、原作の最終話までを描く続編『犬夜叉 完結編』全26話が放映されている。日本のみならず、北米、アジア、ヨーロッパ、オセアニア各国でも放映され、人気を集めた。

 その人気を支える要素のひとつが、和のテイストを含んだ音楽だ。
 音楽を担当したのは前番組『金田一少年の事件簿』にも参加していた和田薫。邦楽器とオーケストラを融合したサウンドを追求し、戦国時代の日本を舞台にした冒険ファンタジーにぴったりの音楽で本編を盛り上げた。
 和田薫は『ゲゲゲの鬼太郎(第4期)』(1996)で、日本の妖怪譚を邦楽器+オーケストラで表現する手法をすでに試みている。本作ではそれをいっそう推し進め、メインとなる楽曲をすべて、篠笛、琵琶、箏、三味線、太鼓といった邦楽器を絡めたサウンドで構築している。キャラクター描写にもアクションにも邦楽器が取り入れられ、「犬夜叉サウンド」と呼ぶべき独特の音楽世界が生み出された。西洋楽器と邦楽器、それにシンセサイザーの味つけが加わった和田薫流ハイブリッド音楽の完成形が『犬夜叉』なのである。
 また、本作の音楽の特徴のひとつにキャラクターテーマの多さがある。主人公の犬夜叉とかごめをはじめ、2人の仲間、敵対する妖怪や周囲のキャラクターにもテーマが設定されているのだ。特に犬夜叉、かごめ、殺生丸、桔梗などの重要なキャラクターにはテーマモティーフを軸に複数のアレンジBGMが作られている。和田薫によれば「それぞれのキャラクターには複雑な背景があるので、その表現方法としてテーマアレンジのバリエーションを用意し(中略)、そのキャラ特有の感情表現に使用されるように配慮している」(CD「犬夜叉 音楽篇」解説より)とのこと。
 和田薫の師匠である伊福部昭は東宝怪獣映画音楽でゴジラやラドン、モスラ、キングギドラといった怪獣それぞれにモティーフを設定し、場面に応じてアレンジすることで怪獣のキャラクターを印象づけている。『犬夜叉』におけるキャラクターテーマは、このワーグナー的な音楽設計を継承したものだ。音楽によるキャラクター表現の豊かさは、本作の大きな魅力のひとつである。
 怪獣映画といえば、本作の妖怪がらみの音楽も実に魅力的だ。和田薫は『宇宙の騎士テッカマンブレード』(1991)、『獣兵衛忍風帖』(1992)、『疾風!アイアンリーガー』(1993)といった作品で緊迫感に富んだサスペンス音楽やダイナミックなアクション音楽を手がけてきた。本作では、その流れを汲むアクションサウンドに怪獣映画音楽的な重厚さ、不気味さをプラスして、迫力たっぷりの妖怪バトル音楽を生み出している。
 4年間にわたるシリーズとあって、曲数も多い。和田薫によれば、TVシリーズのために作った楽曲は125曲、映画のために作った曲は238曲に及ぶそうである。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「犬夜叉 音楽篇」「同 弐」「同 参」のタイトルでエイベックスからCD3枚が発売されている。また、4本の劇場版のそれぞれでサウンドトラック・アルバム(「音楽篇」)がリリースされた。さらに放送終了後の2005年にサウンドトラックの人気曲を集めたベストアルバム「犬夜叉 音楽撰集」「同 —映画篇—」が発売されている。アニメ作品でボーカル曲のベストアルバムはよく見るが、サントラのベスト盤が発売される例はあまり聞いたことがない。本作の音楽がいかにファンから支持され、愛されているかを示す一例だろう。
 「犬夜叉 音楽篇」から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. CHANGE THE WORLD(歌:V6)
  2. 宿命の旅へ
  3. サブタイトル
  4. 半妖 犬夜叉
  5. 隠し井戸から戦国時代へ
  6. 妖兄 殺生丸
  7. 四魂の玉を狙う魑魅魍魎
  8. 牙の剣 鉄砕牙
  9. 窮地
  10. 妖艶
  11. アイキャッチA
  12. 時を超えて かごめ
  13. ドキドキうきうき
  14. がんばれ!北条君
  15. 村の一日
  16. 四魂の玉を求めて
  17. ノミのじじい 冥加
  18. おすわり!
  19. コギツネ妖怪 七宝
  20. 不良法師 弥勒
  21. 風穴
  22. 退治屋 珊瑚
  23. 運命と恋心
  24. 慕情
  25. アイキャッチB
  26. 不穏な気配
  27. 邪妖 奈落
  28. 襲撃
  29. 死魂
  30. 悲運の巫女 桔梗
  31. 哀歌
  32. 哀しみの果てに
  33. かごめと犬夜叉
  34. 霊力
  35. 邪気
  36. 死闘
  37. 大反撃
  38. My will(歌:dream)

 1曲目がオープニングテーマ、最後がエンディングテーマ。アルバム全体は大きく3つに分かれ、「アイキャッチ」が区切りとなる構成だ。構成は和田薫自身。発売が2001年3月末なので、2クール目あたりまでの物語を反映した内容になっている。
 解説書には和田薫による総括的解説と各曲解説を掲載。各曲解説には各トラックのM-No.が記載されているのがうれしい。サントラファンのツボを心得た充実の解説書である。
 BGMの第1部は犬夜叉とその兄・殺生丸、妖怪たちのテーマを中心にした内容。
 メインテーマのモティーフを使ったプロローグ曲「宿命の旅へ」から幕を開ける。オーケストラと琵琶のアンサンブルが本作の音楽の特徴をよく表している。
 短いながらも印象的なサブタイトル曲をはさみ、メインテーマである犬夜叉のテーマ「半妖 犬夜叉」が登場。本作を代表する楽曲であり、アルバムの中でも一番の聴きどころだ。オーケストラと篠笛の競演でダイナミックな中に凛とした和の香りがただよう。
 トラック5「隠し井戸から戦国時代へ」は物語の始まりを表現する曲。かごめが隠し井戸を通って戦国時代へとやってくる場面をイメージしている(実際の本編では別の曲が使われた)。そして、犬夜叉の異母兄・殺生丸のテーマへと続く。
 トラック6「妖兄 殺生丸」では、オーケストラとシンセ、邦楽器によるサウンドで殺生丸の冷酷さと強大な力が表現される。後半の怪獣映画音楽的な表現は聴き応えたっぷりだ。この殺生丸のテーマはトラック10「妖艶」でもアレンジを変えて再登場する。
 トラック7からの3曲「四魂の玉を狙う魑魅魍魎」「牙の剣 鉄砕牙」「窮地」は、怪奇な妖怪の登場と犬夜叉の戦いを描写する音楽。本作のサスペンス&アクションの部分を受け持つ楽曲群である。ここでも、琵琶、能管などの邦楽器とオーケストラが融合したサウンドが独特の世界を作り上げている。
 「アイキャッチA」で一区切りつき、BGMの第2部へ。かごめたち各キャラクターのテーマや日常描写曲を集めたパートになる。
 トラック12「時を超えて かごめ」は主人公・かごめのテーマ。パンフルートが主旋律を奏でるリリカルなワルツの曲である。もの思うかごめのイメージだろうか。
 本作にはコミカルなシーンやほっとする日常シーンも登場する。このパートではそうした曲がまとめて収録されて、本編の雰囲気を再現している。蚤妖怪の冥加、子狐妖怪の七宝、不良法師・弥勒、妖怪退治屋の少女・珊瑚らのテーマが次々と現れ、犬夜叉とかごめの旅に仲間が増えていくさまが音楽でも再現される。
 トラック23「運命と恋心」は女声ボーカリーズとパンフルートによるかごめのテーマのしっとりとしたアレンジ曲。次の「慕情」は犬夜叉のテーマのストリングスを中心にしたバラード風アレンジ。情感豊かな曲を並べて、かごめと犬夜叉の心情の変化を表現する粋な構成になっている。
 「アイキャッチB」で雰囲気が変わり、BGMの第3部へ。犬夜叉、かごめ、桔梗、奈落の心情のもつれあいを描くドラマティックなパートである。
 トラック26「不穏な気配」は妖怪登場を予感させるおどろおどろしい曲。続く「邪妖 奈落」で最大の敵・奈落が登場。シンセサイザーとチェンバロの音色が淡々と奏でるサウンドが禍々しさを表現する。次の「襲撃」は妖怪の脅威と襲撃を描写する重厚なサスペンス音楽だ。一気に危機感が盛り上がる。
 トラック29「死魂」で雰囲気は一転。シンセサイザーと能管、パーカッションが、はかなくも神秘的な桔梗のテーマを奏でる。桔梗は犬夜叉の想い人であり、その魂がかごめに受け継がれた巫女。トラック30「悲運の巫女 桔梗」は、桔梗の哀しいさだめを二胡によって表現した楽曲だ。桔梗のテーマは女声ボーカリーズを採り入れたトラック34「霊力」で反復される。
 犬夜叉のテーマの哀感をたたえたアレンジ曲「哀歌」が、かごめと桔梗の間で揺れる犬夜叉の心を表現する。邦楽器と洋楽器が混然一体となったアンサンブルがみごと。次のトラック32「哀しみの果てに」では、登場人物が抱える悲しみや苦悩が描かれる。
 トラック33「かごめと犬夜叉」で心情的なクライマックスは頂点に。前半はかごめのテーマのピアノと女声ボーカリーズ、シンセによる哀愁を帯びたアレンジ。後半は犬夜叉のテーマの女声ボーカリーズをフィーチャーした透明感のあるアレンジ曲になる。かごめと犬夜叉の想いが、ここでくっきりと浮かび上がる。本アルバムの第2の聴きどころだ。
 トラック35「邪気」からはアルバムの終盤を盛り上げるスペクタクル編。チベット系声明とシンセによる「邪気」は奈落の恐ろしさを表現する怪奇曲。トラック36「死闘」は弦の速いパッセージが緊迫感を生むバトル曲。そして、犬夜叉のテーマによる重量感のあるアクション曲「大反撃」でテンションは最高潮に達する。すぐさまエンディングテーマ「Will」につながる構成が鮮やかだ。

 TVアニメの音楽担当は番組が始まる前にまとめて曲を書いてしまい、あとはスタッフにおまかせというケースも少なくない。しかし、和田薫は可能な限りアフレコにも顔を出し、スタッフ・キャストと密接にコミュニケーションを取るという。「犬夜叉 音楽篇」は、作品と音楽に精通し、愛情を持つ作曲家だからこそ作れた、ファンも納得のアルバムである。
 本作の音楽は、作曲家・和田薫にとっても格別の手ごたえを感じるものになったようだ。和田薫は2003年に本作の音楽をもとにした「犬夜叉幻想」というオーケストラ曲を書き上げている(企画アルバム「wind -犬夜叉 交響連歌- Symphonic theme collection」に初収録)。これはメインテーマ「半妖 犬夜叉」をモティーフにオーケストラ用に再作曲した作品で、2003年にサントリーホールで開催された和田薫個展コンサート「喚起の時」でステージ初演されたほか、2009年にドイツで開催されたWDRケルン放送管弦楽団によるコンサート「The Echo of Japan -Die Musik von Kaoru Wada-」でも(ドイツの『犬夜叉』ファンの熱望に応える形で)和田薫の純音楽作品と共に演奏されている。もはや、『犬夜叉』の音楽はアニメのサウンドトラックという枠を超えて、作曲家・和田薫の代名詞とも呼べる作品になっているのだ。伊福部昭における『ゴジラ』のように、宮川泰における『宇宙戦艦ヤマト』のように。
 純音楽でも多くの力作・意欲作を発表している作曲家・和田薫にとって、それは必ずしも本意ではないかもしれないが、時代を超えて愛される作品を持ったことは作曲家として幸せなことだと思う。
 2009年から半年間放送された『犬夜叉 完結編』では、基本的に過去のシリーズの音楽からの選曲で対応するという方針から、新たな音楽録音は行われなかった。
 しかし、最終話が近くなったとき、和田薫は「費用はこちらで都合をつけるから」と新録音を提案。最終話1本前の第25話で2曲、最終話では全曲のBGM新録音が実現した。和田薫の本作への熱い想い、こだわりが伝わるエピソードだ。この新録BGMは、2010年に発売されたアルバム「犬夜叉 ベストソング ヒストリー」のボーナストラックに収録されている。『犬夜叉』ファンはこちらも入手必須である。

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