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[先行公開]渡辺歩・小西賢一が語る『海獣の子供』
後編 ホテルに軟禁されて描いた絵コンテ

小黒 小西さんは、参加する前から『海獣の子供』の原作を読んでたんですか。

小西 深くは読んでなかったですね。画に魅力があるので、気にはしてましたけど。実は映画の制作中も深くは読んでなかった(笑)。後半になってからですよ、ちゃんと読んだのは。

小黒 原作の画だけを見ていた?

小西 極端に言えば画とシチュエーションですね。語弊はあるかもしれないけれど、原作は画集みたいなもんじゃないですか。それが魅力だと思って、そのつもりで見ていました。

小黒 ご自身としては、どういうふうに原作に迫ろうと思われたんですか。

小西 特に変わったことをやっていたつもりではないんです。面白い話ができるかな。

渡辺 (笑)。

小西 「原作の画が大事である」ということは、自分の中でありました。だけど、制作に入っていくと、まずは「渡辺さんが何をしたがるのか?」というのがあるわけです。今まで付き合ってきた監督の皆がそうでしたけど、監督がやりたいことがコンテに落とし込まれたらそれが土台になって、そこから何をするかが決まっていく。監督が何をしたいのかが分からないと、動きようがないんです。だから、「コンテが上がってこないと、どうにもならないな」とは思ってました。

小黒 今回、絵コンテをお借りして拝見したんですが、凄いですよね。こんな情念の込もった絵コンテを見たのは初めてかもしれないです。

小西 渡辺さんはいつもこのくらい濃密じゃないですかね。

小黒 確かに『謎の彼女X』の絵コンテも濃かったですね。

渡辺 (笑)。

小西 あれもテレビでそこまで濃いことをするのか、という感じでしたよね。だから、僕は、いつものことだと受け取っちゃいましたけどね。渡辺さんは無茶ばっかりするんですよね。『ドラえもん(ドラえもん のび太の恐竜2006 )』の頃から分かってるのは、それを作画として落とし込んでいくと、大変になってしまうというか(苦笑)。まあ、そこを警戒はしていますよね。

小黒 『海獣の子供』でも「大変そうな絵コンテが上がってきた」と思われたんですね。

小西 そうですね。前半はともかく、終盤の「祭り」のところとか。あんな大変なことを全部をできるわけないんです。結局、欠番も出ているんです。

渡辺 (笑)。

小西 作画のカロリー等について、本当はコンテでコントロールしてほしいところじゃないですか。それをどう考えているのか。(渡辺監督に)どうなんですか。途中から考えなくなっちゃったんですか(笑)。

渡辺 え?(笑)あ、いやいやいや。

小西 考えてました? 僕は「あんま大変にしないでね」と釘を刺してたと思うんですよ(笑)。

渡辺 だからね、後半はなるべく計算をしてね。

小黒 いやいや、仕上がった作品を観たら、序盤から「ここでこんな大変なことを」と思いますよ。

渡辺 (苦笑)。

小西 そうですね。

渡辺 すみません(笑)。やっぱりある程度、小西さんの力を当て込んでというか。どうせだったら、その力を全部出してもらいたいと思ってやっているので。

小西 そう思っちゃうのが、いけないんだと思います。そんなことしてないコンテでも、こっちは大変にしちゃうわけですよ(笑)。

小黒 普通の絵コンテで作画をするとしても、小西さんはそれ以上のものにしようと思うわけですね。

小西 そうそう。普通のコンテでも、面白いものにしたいと思ってやるわけだから。渡辺さんのコンテはとんでもないことを沢山やっているので、こちらもガチで取り組むし、コンテに答えているうちに、深みに入ってくことが多いんですよね。

小黒 渡辺さん的としてもこんなに大変な絵コンテを描いたのは、久々なんじゃないですか。

渡辺 そうですよね。

小西 認識はあるんですね?(苦笑)

渡辺 いやいや、あります。

小西 テレビのコンテとは、モードのようなものが、全然違うんですか。

渡辺 まあ、違うでしょうね。こう言っちゃなんですけど、テレビの時はテレビで実現できるコンテになりますよね。

小黒 『海獣の子供』は生活描写もリアルに描いていますよね。『のび太の恐竜2006』も出来はいいんだけど、あれは舞台の大半が白亜紀だった。その意味では、渡辺さんが手がけた『おばあちゃんの思い出』等の中編『ドラえもん』の進化形が、ようやく『海獣の子供』で観られたと思いました。

渡辺 ありがとうございます。本当にそれはあるかもしれないですね。大変なコンテを描いてしまうことについては、まあ、難しいですけどね。カットを作っていく上での材料を揃えておきたいというのはあるんです。それで、こんな材料もあったほうがいいんじゃないか、あんな材料もあったほうがいいんじゃないかと、どんどん入れ込んでしまうというのはあるんです。「ここからいくつか拾ってもらいたい」という思いではいましたけどね。

小西 渡辺さんが出したコンテを制御する演出が、本当は必要なんですよ(笑)。

小黒 「絵コンテにはこう描いてあるけど、ここは止めでもいいですよ」といった感じで処理する演出家が必要?

小西 そうそう(笑)。それを僕が担っちゃってるところもあったんだけど、やっぱり制御はしていないかな。

小黒 小西さんもむしろ大変な方向に?

小西 プロデューサーに対しても「抑えるとこは抑えるから」と言っていたけど。まあ、結果的にはそうはなりませんでしたね(苦笑)。

小黒 この絵コンテの執筆は何年ぐらいかかってるんですか。

渡辺 3年ぐらいですか。

小西 そんなかけてるんですか。

渡辺 そんなかかってないか。そういえば、コンテを長く持つことは許されなかったような気がする。

小西 ホテルに軟禁されましたよね。

渡辺 そうです。「この日までにコンテを上げろ」と言われて、ホテルで描いていたんですよ。一旦、それで上げています。それが2015年くらいなんです。

小黒 2015年の段階で、絵コンテを最後まで描いている?

渡辺 最後までいっているんですよ。でも、その時に描いたものはほとんど描き直しています。

小黒 だけど、話の流れはそこで1回できているんですね。それを五十嵐先生に見てもらった?

渡辺 その段階では先生には見せてないと思います。まずはプロデューサーの田中さんと……。

小西 揉み合いがあったのかな?

渡辺 そうです。揉み合いました。僕の描いたコンテでは「祭り」の部分も、ほぼ原作のままでした。

小黒 田中さんは何を望んだの?

渡辺 確か、それじゃ足りないと言われたんです。もっと琉花を中心としたほうがいい。彼女を通して色んなものを見せていくかたちにしたいということでした。

小黒 田中さん、さすがですね。

小西 「この作品で何をやるのか」という指針については、田中さんの存在が大きいですね。

渡辺 田中さんの存在は大きいですよ。僕も教えられることがありました。さっき、田中さんが「女性として感じるものがある」と言ったとお話しましたが、映画の構成についても女性の感覚で話されていました。それが正しいと思えたので、「じゃあ、もうこれは一旦、止めます」と。僕自身もホテルに軟禁されて、短い時間で描いていますから、描ききれたという気はしてなかったんですよ。

小西 とにかく上げろと言われて、無理に仕上げたわけですから。

渡辺 そうそう(笑)。ラストはそんなに変わってないと思うんですけどね。ただ、そこに至るまでに何があるのか、というのが変わっているんです。ただ、魚が出てきて、古代の世界を垣間見たとしても、展開としては足りないという気は僕もしていたんです。それで「チャンスがもらえるなら、やり直しをさせて」という話になって、全部を練り直したんですよ。

小黒 具体的には何が変わったんですか。

渡辺 そうですね。「祭り」の部分はほとんど全部変わりましたよ。

※この後もインタビューは続く。インタビュー全文は9月刊行の「アニメスタイル015」に掲載する予定だ。お楽しみに!