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[先行公開]渡辺歩・小西賢一が語る『海獣の子供』
前編 描くべきだった事とあえて描かなかった事

 公開中の劇場アニメーション『海獣の子供』。これは是非とも映画館で観てもらいたい作品だ。なんといっても映像の力が凄まじい。日本の商業アニメーションでかつてないレベルに達している。「かつてない」という言葉が、決して大袈裟ではないのだ。
 本作は五十嵐大介による同名漫画を映像化したものであり、アニメーション制作はSTUDIO4℃。監督は渡辺歩、キャラクターデザイン・総作画監督・演出が小西賢一、美術監督が木村真二といった布陣で作られている。
 アニメスタイルでは、9月に刊行予定の「アニメスタイル015」で『海獣の子供』の特集を組む予定だ。それに先行するかたちでこの「WEBアニメスタイル」でインタビュー記事の前半部分を掲載する。

PROFILE

渡辺歩(WATANABE AYUMU)

1966年9月3日生まれ。東京都出身。血液型A型。1986年、スタジオメイツに入社し、同社で原画デビュー。1988年にシンエイ動画へ。同社で劇場短編『帰ってきたドラえもん』『のび太の結婚前夜』『おばあちゃんの思い出』(監督・作画監督)、『映画 ドラえもん のび太の恐竜2006』(監督・脚本[共同])等を手がけた。フリーになった後、『謎の彼女X』『宇宙兄弟』『団地ともお』『恋は雨上がりのように』(監督)等を手がける。


小西賢一(KONISHI KENICHI)

1968年6月23日生まれ。埼玉県出身。血液型A型。1989年、研修第1期生としてスタジオジブリ入社。1999年にフリーとなる。主な作品に『ホーホケキョ となりの山田くん』『かぐや姫の物語』(作画監督)、『TOKYO GODFATHERS』(キャラクターデザイン[共同]・作画監督)、『鋼の錬金術師 嘆きの丘(ミロス)の聖なる星』(キャラクターデザイン・総作画監督)等がある。

取材日/2019年6月5日
取材場所/東京・STUDIO4゚C
取材・構成/小黒祐一郎

●関連サイト
アニメーション映画『海獣の子供』公式サイト
https://www.kaijunokodomo.com

小黒 いや、素晴らしい出来でした。今年のアニメーション何位かとかではなくて、今までの全てのアニメーションの中で、上から何番目かという出来だと思います。

渡辺 本当ですか?

小西 本当に? 僕らが話さなくても、小黒さんがいっぱい解説してくれれば、それでいいんじゃないの?(笑)

小黒 いやいや(笑)。

一同 (笑)。

小黒 実際のところ『海獣の子供』は制作に何年ぐらいかかったんですか。

渡辺 リアルに言うと、どうでしょうね。やっぱり5年くらい?

小西 5年と言ってしまうと、時間をかけすぎたと思われるかもしれないけれど。色々あったじゃないですか(苦笑)。

渡辺 うんうん。

小西 渡辺さんが合流してからは、何年なんですかね? 僕は先行して入ってたけど、渡辺さんはいくつもテレビシリーズをやっていたので、なかなかこの作品に本格的に入ることができなかったんです。渡辺さんが入るまで、僕はSTUDIO4゚Cで他社作品の原画をやっていたんですよ。

渡辺 そうね。でも、コンテ期間も入れると、5年くらいはやっていたんじゃないですかね。

小西 ああ、そう?

渡辺 うん。最初に五十嵐大介先生にお会いしたのは6年前ですからね。そこから、脚本を作って、コンテを始めたと思うんです。作画を始めてから大体5年だったはずです。

小黒 小西さんが先に声をかけられたんですか。

小西 と言われてるんだけど、違います?

渡辺 違うと思いますよ。

小西 田中栄子さん(STUDIO4゚Cのプロデューサー、代表取締役社長)の記憶が混乱しているのかな。少なくとも僕は『海獣の子供』の監督として誘われた記憶はないんですよ。

小黒 田中栄子さんは、小西さんを監督にオファーしたと言っているんですか。

小西 らしいんですけどね。僕が忘れているだけかもしれないですが。

小黒 渡辺さんが参加した時は、もう小西さんはいたんですか。

渡辺 いや、それもちょっと記憶がないんですよねえ。

小西 あまりにも前のことすぎるので(笑)。ただ、その前に、渡辺さんと僕とでSTUDIO4゚Cに他の企画を出しているんです。「この企画を二人でやりたい」というかたちで、企画を出していたので、他の仕事を振られるにしても、二人一緒にやることになるだろうなとは思っていました。

渡辺 『海獣の子供』に関して言うと、僕のところに話がくるまでにも、映像化の話は動いていたらしいんですよ。他の方が監督として立って、構成を進めていたらしいんです。僕の前に動かしていた監督も一人ではなかったみたいです。

小黒 ということは、かなり前からある企画なんですね。

渡辺 おそらくそうでしょうね。田中栄子さんは「なんとか実現したい」と思っていたようです。

小黒 渡辺さんが参加した段階では、劇場作品で全5巻の原作を1本の映画にまとめるという話になっていたんですね。

渡辺 そうですね。その時はすでに完結してましたから。最初に映像化の企画が動いたのは、原作の連載中だったようですよ。

小西 シナリオのすったもんだのこととか、僕もあんまり分かってないんですよね。

渡辺 シナリオは僕が入ったのとほぼ同時にスタートしています。その時期を入れると制作期間が6年になるんだと思います。

小黒 なるほど。シナリオの作業に1年ぐらいかかっている? シナリオライターはいたんですか。

渡辺 どこまで言っていいのか分かりませんが、いました。その方が作業をしている期間があったんです。だけど、なかなか構成がまとまらなかった。それで僕が作業をすることになった。

小黒 ということは、途中で渡辺さんがシナリオを引き取って、まとめたということ?

渡辺 うーん、まあ、そういうことですね。

小黒 一応、シナリオのかたちで書いたの?

渡辺 きちんとしたシナリオは書いてないです。

小黒 テキストとしては存在していないの?

渡辺 それは存在はしていますけど、非常にざっくりとしたものですよ(笑)。結局、コンテにする過程で詰めていくことになった。

小黒 なるほど。

渡辺 だから、五十嵐先生はその脚本ともいえないテキストを読んではいますけど、最終的にはその後に描かれるコンテで確認してもらうことになった。

小黒 脚本で難儀したのは、どうしてなんですか。

渡辺 えーとですねえ。まず構成が定まらなかった。当初のシナリオは、原作を全部そのまま入れるかたちだったんです。そうするとね、4時間とかあっても終わらない作品になってしまう(苦笑)。それから「どこを中心にしたらいいか?」という点について曖昧だった。要するに、海に纏わる話が中心なのか、主人公はいなくていいのか、ということです。さらに言えば「オチがない」みたいな話になっちゃって。1本の映画として「オチを付けるべきか、どうか?」ということが問題になった。一言で言ってしまうと、迷走したってことですね。

小黒 原作って、サブエピソードが沢山あるじゃないですか。

渡辺 そうですね。

小黒 お母さんの若い頃のエピソードとか。「いったいこのキャラクターは誰なんだろう?」という人のエピソードとか。

渡辺 (苦笑)。そうなんです。ありますでしょ?

小黒 いずれもが海に纏わるエピソードではあるんだけど、今回の映画ではそういった部分をオミットしたわけですね。

渡辺 そういうことですね。そこに辿り着いたわけですよね。最初に五十嵐先生にお会いした時にうかがったんですが、原作は意図的にそういう構成にしているわけですよね。むしろ、そういった海に纏わる不思議な話を描きたかった。そちらのほうが、ウェイトとしては大きくて、それを1本の漫画としてまとめていくために琉花という少女と、あの夏の出来事が……。

小黒 琉花の物語も、海に纏わる物語のひとつくらいの感じ?

渡辺 そういうことなんです。そういったことをうかがって、僕も「なるほどな」と思いました。僕は可能な限りね、原作の雰囲気を活かしたかったので、自分でまとめることになってからも、随分と悩みはしたんですよね。ただ、短いエピソードを入れていると、どうしても流れが寸断されてしまう。それで考え方を切り替えて、琉花の話にしていけば、もしかしたら1本の映画としてまとめられるんじゃなかろうか。要素をいくつか抜き出して、まるで違った作品にするよりは、琉花が直接関わらない話は描かないというかたちにしたほうがいいのではないか。そこに辿り着くまでに結構かかったということですね。一度、作品に取りかかってみないと、そこに到達できなかった。原作をざっと読んで、すぐにその答えが出るようなものではなかった。原作は非常に巧みに描かれてますからね。

小黒 プロデューサーとしては「不思議な話が並んだオムニバス」といった感じの映画になっても構わなかったんですかね。

渡辺 (笑)。いやあ、どうなんでしょうねえ? 田中さんの本当のところは分かりませんけど。ただ、田中さんは「女性として感じるものがある」と言っていたんです。女性の物語として、共感できるところがあると。そういう部分を掘り下げてみたいということでした。それは構成する上で、ヒントになったかもしれないですね。

小黒 スピリチュアルという言葉が適切なのか分からないですが、原作には自然や海に対する独特の考えがあるじゃないですか。その点について映画は薄味になってますよね。

渡辺 そうですね。あえて抑えてますね。

小黒 それは一般の観客に向けて作るから?

渡辺 結果的にはそういうかたちになっています。ですがむしろ、要約していかないと尺的に収まらないというのが大きかった。要するに、一人の少女のパーソナリティに収めたかったんですよね。琉花が経験したこと、理解したことの範囲で描いていくということです。原作だと、終盤に大人になった琉花が、少年に自分の体験を語るという構成になっているんです。その部分は映画には入らなかったんですけど、やがてそこに繋がっていくものとして考えています。
 スピリチュアルな部分については薄くなっているというよりは、物語と同じように要約したということですね。設定自体もちょっと変わってますから。琉花自身についても、海に対して親和性の高いという設定がなくなったわけじゃないけど、そこはあえて語ってないんです。ないとも言いません。ただ、特殊な能力を持った女の子じゃなくて普通の女の子として見えるようにしています。

小黒 お母さんに関しても、原作に描かれたような生い立ちがあるのかもしれないけど、描いてない。

渡辺 あえて描いてない感じです。

小黒 他のキャラクターも同様なんですか。

渡辺 そうですね。原作未読の方には、映画の鑑賞後に原作を手に取っていただきたい。そういったことを全て説明して入れることもできるけれども、それをやっても舌足らずになってしまう気がして。そうではないかたちのほうが、いいのではないかと。

小黒 映画らしい物語のスピード感というか、描写の積み重ねをしていたら、そういった説明をしている余裕がなくなるということでもありますよね。

渡辺 それもあります。だから、理解するよりも、感じとってもらうことに移行していったということですかね。

小黒 聞いていいのかどうか分からないんだけど、原作で描かれてることを理解はできたんですか。

渡辺 僕なりに一応、解釈はしてますけどね。

小黒 終盤の単行本5巻の後半の「祭り」の部分も?

渡辺 それも含めて解釈しています(笑)。五十嵐先生自身も、描きたいように描いてしまおうと思って描いていると思うんです。描いていくうちに描写に酔うというか、画に酔っていく。読者に感じとってもらうことを期待して、作品としてどんどんストイックになっていくというか。先生も「解釈を委ねている」とおっしゃっていましたね。感じることは読み手によって違っている。それぞれの読み手の解釈と合わさって作品が完成する、みたいな。

小黒 そもそも原作が「感じさせるもの」であるんですね。

渡辺 そうですね。結局、「生命は宇宙から来た」とか「海と生命は深い関わりがある」とかそういう考えは、諸説を挙げていけば、多くの人と共有できるものだと思うんです。ただ、そういうことを解説すると凄く小さいものになってしまう。だから、あえてそれはしないで、徹底的に描写を重ねていくことで、浮き彫りにしていくことはできないか。かなりチャレンジャブルな漫画なんですよね。特に5巻はほとんどセリフがないですから。とんでもないですよ。

小黒 最後に出てくるジュゴンと一緒にいる赤ん坊も、想像は付くけど、誰だか分からないですよね。

渡辺 そうでしたね。セリフも「る」と書いてあるだけで。だから、これは感じるしかないんです。映画として論理立てて構成していこうと思ったら、多分、そこで壁にぶつかってしまうと思うんです。自分より前に参加していた方達の中にも、それで匙を投げて、作品から去っていった人がいたんだろうと思います。正直、僕も苦しみましたから。「少女と出会いと別れ」のようなベタなかたちにすれば分かりやすいし、僕も作りやすかったかもしれないです。

小黒 いやいや、渡辺さんは『ドラえもん のび太と 緑の巨人伝』を作っているじゃないですか。

一同 (笑)。

小黒 「『海獣の子供』は『緑の巨人伝』を思わせる作品だ」と言ってるファンもいるようですよ。

渡辺 ありがとうございます。あの作品と似ているかどうかは置いておいて、なぜかこういう作品が出来ちゃったんですね。

小黒 作品の方向性の話に戻りますが、制作初期から「画で観せる作品であろう」ということは分かっていたんですね。

渡辺 そうですね。原作もそういうまとまりをしてますし。だから、相当な覚悟で臨まないといけないだろう。アニメーションを作るにあたって、その意味を考えなくてはいけない。原作のキャラクターが動けばいいというものではない。

小黒 覚悟というのは?

渡辺 つまり、描ききるかどうかですよ。

小黒 アニメーションとして作ることの意味についてですが。まず原作の画は魅力があるわけですね?

渡辺 そうですね。

小黒 描写力もあるわけですね。

渡辺 はい。

小黒 さらに言うと、表現力が凄い。

渡辺 相当だと思います(笑)。

小黒 それをアニメのスタッフが映像化するということは、大友克洋さん以外の人間が『AKIRA』を映画にするようなものであるわけですね。

渡辺 (笑)。いいこと言ってくださいますね。いや、まさにそうですよ。相当に参加するスタッフを選ぶだろうと思いますね。原作を軽くなぞったようなものを提示するのは許されない。というかすべきではない。それはファンのためというか、我々がそうしたくない。我々は原作の画の凄さに感動しているわけですから。これをどこまで再現できるかという挑戦だったという気がします。

[先行公開]渡辺歩・小西賢一が語る『海獣の子供』 後編に続く