COLUMN

第155回 心の内側から溢れてくるものを 〜花より男子〜

 腹巻猫です。今年の7月、シカゴで開催される「G-FEST」(ゴジラと怪獣映画の祭典)の期間中にゴジラのオーケストラコンサートを開催するためのクラウドファンディングが進行中です。コンサート1部では伊福部昭と佐藤勝のゴジラの曲を、2部では大島ミチルが作曲したゴジラの音楽を大島ミチル自身の指揮で演奏する企画。「もしゴジラがシカゴに上陸したら?」との想定で大島ミチルが書き下ろす新曲も世界初演奏されるそうです。
 ああ、聴きに行きたい! でも遠い!
 そんな人のためにコンサートライブ音源のダウンロードやCDのリワードも用意されているので、ゴジラファン、大島ミチルファンの方はチェックしてみてください。プロジェクトは4月20日まで。

https://www.kickstarter.com/projects/kaijucrescendo/kaiju-crescendo/


 当コラムでも大島ミチルの作品を取り上げたことがある。ビッグバンドを取り入れた『Project BLUE 地球SOS』(2006)だ。
 しかし、大島ミチルの真骨頂は管弦楽を駆使した華麗でメロディアスな音楽。今回は、そんな大島ミチル・サウンドの魅力が堪能できる作品をあらためて紹介したい。

 1996年9月から1997年8月まで放送されたTVアニメ『花より男子』である。神尾葉子が「マーガレット」(集英社)に連載した少女マンガを東映動画(現・東映アニメーション)が映像化した。
 のちに実写ドラマ化、実写劇場化され、韓国でもリメイクされた人気作品。今、『花より男子』といえば、井上真央が主演したドラマ版(2005、2007)を思い出す方が多いかもしれない。
 アニメ版は日曜朝8時半から、朝日放送・テレビ朝日系で放送された。この時間帯は『とんがり帽子のメモル』(1984)から現在の『プリキュア』シリーズまで連綿と続く伝統の東映アニメ枠。本作に先立つ『ママレード・ボーイ』(1994)、『ご近所物語』(1995)は少女向けのちょっと背伸びした恋愛もので、本作を含めて「トレンディアニメ3部作」と呼ばれたとか。筆者も朝からもぞもぞするような気分で観ていたことを思い出す。
 富裕層の子女が通う英徳学園高校に入学した庶民の娘・牧野つくしと学園を牛耳る男子4人組=F4との対立と友情と恋愛を描くストーリー。持ち前の正義感と反骨心からF4に宣戦布告するつくしのキャラクターが痛快な作品だ。
 つくしは、大島ミチルがのちに手がけるTVドラマ「ショムニ」(1998)や「ごくせん」(2002)、劇場アニメ『はいからさんが通る』(2017)の主人公たちにも通じるキャラクター。元祖・大島ミチル・サウンドが似合うヒロインだ。
 本作の音楽には思い切った趣向が採用されている。スタッフは「クラシック音楽でやってみたい」と希望したそうなのだ。
 この場合の「クラシック音楽」とは、ドラムス、エレキベース、エレキギターといったポップスのリズムセクションやシンセサイザーを含まない、古典的なオーケストラ音楽という意味。アニメ音楽ではオーケストラを使っていてもシンセやリズムセクションと共演するスタイルがほとんどで、生楽器のみによる正統派オーケストラ音楽は珍しい。作曲家にとっても演奏者にとっても、高い技量を要求されるスタイルである。
 映像音楽でオーケストラ音楽といえば、「スター・ウォーズ」のような大編成の音楽を連想する。が、『花より男子』の場合はちょっと違う。求められたのはスケール感よりも上品さ、優雅さだ。英徳学園のハイソな雰囲気とつくしをめぐるロマンティックな恋愛模様を描くために、古典的なスタイルのオーケストラ音楽が採用されたのだろう。  学園恋愛ものというとポップで軽快な音楽もほしくなるところだが、そこは主題歌に譲り、本編に流れるのは優美な管弦楽曲。この音楽によって、日曜朝のアニメにエレガントで大人びたムードがただよう。大島ミチルの音楽は、「ちょっと背伸びしたラブストーリー」になくてはならない要素だったのだ。
 サウンドトラック・アルバムは「変奏曲集『花より男子』〜サウンドトラックアルバム〜」のタイトルでバンダイミュージック系のエアーズから1996年12月に発売された。
 「変奏曲集」というタイトルが独特だ。70年代から「交響組曲」「交響詩」と冠されたアニメ音楽アルバムはあったが、「変奏曲集」と名づけられたものは寡聞にして他に知らない。本作の音楽の特徴を表現するとともに、「ありきたりの音楽にしない」というスタッフの意気込みが伝わってくる。
 収録曲は以下のとおり。

  1. メインテーマヴァリエーション(1)ドラマティックに
  2. 変奏曲(1)「つくしのテーマ」
  3. 間奏曲(1) 不安〜緊迫〜怒り
  4. 変奏曲(2)「道明寺司のテーマ」
  5. メインテーマヴァリエーション(2)あたたかく優しく
  6. アルビノーニ/アダージョ(恋のテーマ(1))
  7. 間奏曲(2) いじめ〜だんだんと激しく
  8. 変奏曲(3)「花沢類のテーマ」
  9. G.マーラー/アダージェット交響曲第5番第4楽章(恋のテーマ(2))
  10. メインテーマヴァリエーション(3)明るく

 「変奏曲集」と銘打つだけに、構成もクラシックのアルバムみたいである。
 主題歌は収録されず、全曲インストゥルメンタルでまとめられている。サウンドトラック・アルバムはストーリーを意識して構成することが多いが、本アルバムは楽曲のモチーフ(テーマ)に着目した構成。じっくりとメロディとアレンジを味わいながら聴きたい。

 「メインテーマヴァリエーション」と名づけられた3曲は、主題歌「普通の日曜日に」のアレンジ曲。
 アルバムの開幕を飾る「(1)ドラマティックに」(トラック1)はピアノとストリングス、木管をメインにした華やかなアレンジ。最終話ラストの道明寺司とつくしの旅立ちのシーンに(主題歌が流れる直前まで)流れた曲だ。
 中間部に配された「(2)あたたかく優しく」(トラック5)はピアノ・ソロによる変奏。第17話「やっとつかまえた」の冒頭で司がつくしを抱き上げて歩く場面などに使われていた。
 「(3)明るく」(トラック10)は勢いのある軽快なアレンジ。希望に向けて駆け出すイメージの、アルバムの締めくくりにふさわしい曲である。

 変奏曲(1)「つくしのテーマ」、変奏曲(2)「道明寺司のテーマ」、変奏曲(3)「花沢類のテーマ」の3曲が本アルバムのメインとなるトラック。各曲の演奏時間は6分以上と聴き応えたっぷり。それぞれ、キャラクターテーマのバリエーションをメドレーにした構成になっている。複数のBGMを集めたトラックととらえることもできるが、ここは、クラシック音楽でいう「テーマとその変奏」形式の楽曲として聴くべきだろう。
 トラック2「つくしのテーマ」はユーモラスな雰囲気もある愛らしく軽やかなメロディ。舞踏会の音楽のような華やかな演奏から、ストリングスによるしっとりした変奏、フルートによる優しい変奏、クラリネットと弦合奏による明るくはずんだ変奏へと展開する。つくしのキャラクターに沿った、高揚感たっぷりのトラックだ。
 トラック4「道明寺司のテーマ」では、トランペットを中心にしたシリアスな曲調でテーマが提示される。続いて、木管と弦合奏によるユーモラスな変奏で司の別の一面を描写。オーボエとハープ、弦楽器による変奏で一途な恋心を表現したあと、オーケストラによるダイナミックな変奏になる。最後に再びユーモラスな変奏に戻って終わり。司というキャラクターの多面性が音楽で表現されている。
 トラック8「花沢 類のテーマ」は、類がバイオリンを弾くという設定から「ロマンティック・ヴァイオリン・コンチェルト」として作曲された(大島ミチルによるライナーノーツより)。ハープをバックにバイオリンが歌うファンタジックな導入から始まる。バイオリン・ソロをたっぷり聴かせながら、弦合奏をともなったパセティックな変奏が続き、最後は希望的な変奏で締めくくられる。本アルバムのハイライトと呼べる曲である。
 「間奏曲(1)」(トラック3)と「間奏曲(2)」(トラック7)は心情描写曲や状況描写曲をメドレーにしたトラック。「間奏曲」というタイトルがこだわりを感じさせる。本アルバムの中でもサントラらしい曲が集まったトラックだ。恐怖やいじめを描写する音楽は緊迫したサスペンス音楽として書かれていて、のちのゴジラ映画音楽をほうふつさせるのが個人的に楽しい。
 本アルバムには既成のクラシック曲も2曲収録されている。オルガンと弦合奏による「アルビノーニのアダージョ」(トラック6)とマーラーの「アダージェット」(交響曲第5番第4楽章)(トラック9)である。
 マーラーの「アダージェット」は劇場作品「ベニスに死す」のテーマ曲として記憶する人も多いだろう。この曲は第17話で司とつくしがキスをする場面に流れた曲。まさしく「恋のテーマ」と呼ぶにふさわしい曲だ。
 こうしたクラシック曲と大島ミチルの音楽とが違和感なく共存しているのが、本アルバムのすごいところである。

 大島ミチルは本アルバムのライナーノーツにこう書いている。
 「音楽は何時の時代でも形式やスタイルが最初ではありません。(中略)心の内側から溢れてくるものを、音という言葉で表現したものが音楽ではないでしょうか」
 クラシックの形式を借りて、あるいは、アニメ音楽の枠を借りて、大島ミチルが自らの音楽を奏でたのが『花より男子』ではなかろうか。サントラではなく音楽作品と呼びたいエレガントな1枚である。

変奏曲集「花より男子」〜サウンドトラックアルバム〜
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