COLUMN

第598回 哲学の友人

作画は理念・思想・哲学などではなく、完全に実務の世界です! とことん!

 以前(何年も前)からちょくちょく学生の頃からの友人の話をしていたと思います。その友人は大学を出た後、専門学校に入ってきたので、自分と会った時はすでに4つ年上で、どちらかというと兄貴分のような友人でした。彼との会話は当時本当にショックで、理屈・議論・哲学、そしてまた理屈の応酬! 子どもの頃から「伸は理屈っぽい!」「口から先に生まれた」だのと親からも言われていた俺の目の前に、本物の理屈・哲学の塊が現れたのです! それはもう毎日彼と話すのが楽しくて、卒業した後も隔週末泊まりに行ってたくらい。で、朝まで飲んで哲学を語って、クラシック音楽を聴かせてくれました。某6大学・哲学科卒の彼との付き合いは、勉強勉強の毎日で、今でも非常に感謝してます。そのくらい、板垣の20代を形成するのに重要な人物でした。
 その友人との交遊は数年前突如絶えた——というか自分の方から「もう話すつもりはない」と言って切ってしまったのです。そのきっかけは、一緒にアニメ業界入りし、自分は作画、彼は制作進行からスタートし、10年後、こちらが先に監督になり、彼の方は制作から演出に転向し、奇しくも俺の監督作品を手伝うかたちになった時です。彼は理屈が先行して仕事が進まない。作監からも苦情が爆発したため、彼の演出指示を見たところ、ボロボロな画に分りづらい理屈が付け加えられ、終いには音楽オタクの面目躍如のつもりか五線に音符を描いて「〜なリズムで」とか書いてある(汗)。さすがに作監が気の毒になり、俺が彼に「この修正指示はなんだ? こんなのアニメーターに伝わるわけないでしょ!」と詰め寄ると「そうかなぁ〜。これ分かんないかぁ?」って悪びれることもなし。机に100カット以上積まれた際「なぜ出せないの?」と尋ねても屁理屈だらけ! その後、監督・演出の関係が数年続くも、同様なことが他にもいろいろあって、ついにこちらから「もういい! こちらから貴方に話すことはもうありません!」と。
 遡ると彼は学生制作で一緒だった時から、高畑勲・宮崎駿両監督の作品とそのお言葉にかぶれており、特に高畑監督の発言に傾倒し、よく引用して理論やらを連ねていたのですが、確かに高畑監督の言葉は面白いし興味深いにしても、だからといってプロの現場に来てまで

ここにあるカットが(チェックして)出せない理由に、高畑監督の高尚な演出論を被せられても何も解決しません!

 プロになっても直らなかった理屈先行型。哲学の濫用(インテリさんは他のインテリさんらが全員自分の味方だとでも思っているのでしょうか?)。自分が学生の頃ならともかく、卒業後、テレコム・アニメーションフィルムにてアニメーター修業——つまりそれこそ高畑・宮崎両監督にアニメーションを教えた巨人・大塚康生様、そしてそのアニメ映画を支えた先輩方と7年間一緒に仕事をした俺が、その後フリーになって、その哲学の友人と一緒に仕事をしてみた時、口ばかりで実務が伴っていなかった人と30代も学生時代と同じ付き合いをしたいと思えなかったのです(ゴメンナサイ……)。
 大塚さんの作画は確かに理屈が前提。でもそれはアニメの動きを作る際に用いる物理法則の方で、むしろ実務を行うための理屈であって、その友人のように自身が「画を描けない」のを「あえて描かないのだ!」と正当化するために引用する哲学的な理屈とかではないのです。もちろん、いくつになっても哲学は必要だと思います。でも、

それぞれの職人が仕事をこなす姿勢にこそ、本当の哲学に繋がる部分があるのではないでしょうか? 哲学の友人様、多感な20代に哲学や音楽を教えてくれたこと、心から重ね重ね感謝してます! だからこそ、自分の不出来を哲学語って正当化するような、哲学の濫用はやめてほしい。そして程よい哲学を持ち、皆の記憶に残る仕事がお互いできるようになった時、再会しまた酒を酌み交わしましょう! 10〜20年くらいなら待てますから!

 ちなみに、自分が先生や先輩方から伝え聞く高畑監督って、ファンなら皆さんご存知のとおり「なんに関しても勉強好き」なんですが、それは単にインテリゲンチャではなく、大塚さんいわく「高畑は演助の時から原画に関する質問をよくしに来た」とか、友永師匠も「高畑さんはアニメーター以上に作画に詳しくて、その原画マンの120点を引き出そうとする」と。それは、ただ何度もリテイクを出すだけではなく、間違いなく大塚さんから学んだアニメ理論の成せる技だと思うんです(あくまで私見ですが)。ただ演出から見て「気に食わないから」で何度もリテイク出してるだけだったら、大塚さんも友永さんも高畑監督に付いていかなかったと思います。あと、自分のもう1人の原画の師匠・田中敦子さんも「高畑さんのラフコンテはマルチョンなんだけど、アイレベルも演出意図も一発で分かる! その辺のアニメーター上がりのコンテより、よっぽど上手い!」らしく、そのことを学生時代の先生・小田部羊一先生に伝えると「パクさんはあまり言わないけど、中学生くらいまでは好きで画を描いてたみたいで、画は分かる人だよ」と。多少記憶違いはあるかもしれませんが、そう聞きました。