COLUMN

第148回 昭和・平成を越えて 〜サザエさん〜

 腹巻猫です。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。1月14日(月・祝)14時から、神保町・楽器カフェで開催されるイベント「サントラさんの逆襲〜ラジオみゅーらぼ出張篇〜」に出演します。昨年も開催したサントラ・トークイベントの続編です。出演者はほかに、貴日ワタリ、早川優、那瀬ひとみ他。ゲスト・麻宮騎亜。入場料は1000円+ドリンク代500円。お時間ありましたら、ぜひご来場ください!

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 2018年12月末、ネットをざわつかせる出来事があった。TVアニメ『サザエさん』の初期エピソードがデジタル化されて、Amazonプライム・ビデオなどで一挙に配信されたのだ。
 『サザエさん』は、長谷川町子のマンガを原作にエイケンが制作したTVアニメ。1969年10月から現在まで、途切れることなく放映されている長寿作品である。放映枠も日曜午後6時半という夕食時間帯に固定され、日本人なら観たことのない人はいないとも言われる国民的アニメだ。
 本作はこれまで映像パッケージとして発売されたことがなく、再放映以外で過去のエピソードを手軽に観る機会はなかった。それだけに、今回の初期エピソードの配信はちょっとした事件だったのだ。

 と書いておいてなんだが、実は筆者は子どもの頃に『サザエさん』を観た記憶がない。放映開始当時は生まれていたのに。
 調べてみると、筆者の生まれ育った地元では1990年代まで『サザエさん』を放映していなかったのである。筆者が『サザエさん』を観たのは、大学入学と同時に上京してからだった。だから、今回配信された初期エピソードは、どれも新鮮な気持ちで観た。
 初期の『サザエさん』は、今の『サザエさん』とずいぶん違った雰囲気である。キャラクターはひょろっとしていて、表情がめまぐるしく変わる。ドタバタあり、きわどいセリフありで、「テレビまんが」の香りが濃厚に漂う。現在のホームドラマっぽいおだやかな作風と比べると、『天才バカボン』か60年代のカートゥーン(海外アニメ)のような印象だ。今回の配信はTVアニメ史研究の上でも意義深い。

 長らく映像商品に恵まれなかった『サザエさん』だが、主題歌・挿入歌についてはレコード、CDが流通していた。
 オープニング、エンディングは放映開始当初から変わっていない。林春生作詞、筒美京平作・編曲による「サザエさん」と「サザエさん一家」である。1969年に東芝レコードから発売されたシングル盤の音源は、1989〜90年にかけて、コンピレーションアルバム「ぼくらのテレビ探偵団」のシリーズでCD化されている。同じく作・編曲を筒美京平が手がけた挿入歌「カツオくん(空を見上げて)」と「レッツ・ゴー・サザエさん」も同様だ。
 1975年から1997年まで続いた再放映『まんが名作劇場 サザエさん』(通称「火曜日サザエさん」)の主題歌はオープニング、エンディング各4種類、計8曲。作曲は渡辺宙明、宇野誠一郎、小林亜星、松山祐士というアニメソングのヒットメーカーが手がけている。こちらは日本コロムビアと東芝EMIからレコードがリリースされ、90年代からCD化が進んだ。ただし、水森亜土が歌った「愛しすぎてるサザエさん」「サザエさんの出発進行」の2曲はいまだCD化されていない(一説には原作者から「イメージに合わない」と苦情が出たためとか)。
 いっぽう、『サザエさん』の劇中音楽(BGM)については、商品化を待望する声はあったものの、なかなか実現しなかった。筆者の周囲からも、企画を出しても通らない、頓挫した、という声を何度か聞いた。
 その難関を突破してリリースされたのが、CD「サザエさん 音楽大全」だ。東芝EMIの音源を受け継ぐユニバーサルミュージックから2013年に発売されたアルバムである。放映開始から実に40年以上経ってからの発売だった。
 『サザエさん』の音楽を担当したのは、当コラムの『ジェッターマルス』の回でも取り上げた越部信義。1998年には河野土洋作曲によるBGMの追加録音が行われたが、越部の作った音楽は今でも使用されている。
 「サザエさん 音楽大全」の解説書によれば、『サザエさん』の選曲は、放映初期を除いて、録音演出の岡本知(グロービジョン)が担当していたという。2003年に岡本知が亡くなった後は、放映開始から効果を担当している柏原満が選曲も務めている。柏原満は『宇宙戦艦ヤマト』の効果音を作った人物。タラちゃんの走る音など、『サザエさん』の印象的な効果音は『ヤマト』と同じスタッフが作っているのだ。柏原満は解説書のインタビューで「特徴的な音はあえて作っていない」と語っているが、十分特徴的だと思う。
 話がそれたが、「サザエさん 音楽大全」には柏原満監修のもと、30曲以上のBGMが初めて収録された。さらに、「タマの鳴き声」や「タラちゃんの足音」といった効果音も収録。「大全」の名にふさわしいバラエティに富んだ内容である。
 収録トラックは以下のとおり。

  1. サザエさん(歌:宇野ゆう子)
  2. 楽しい磯野家
  3. 明るい磯野家
  4. 磯野家の団欒1
  5. 磯野家の団欒2
  6. 磯野家の団欒3
  7. 磯野家のおでかけ
  8. タマの鳴き声1(ノーマル)
  9. レッツ・ゴー・サザエさん(歌:加藤みどり)
  10. サブタイトル1
  11. サブタイトル2
  12. サブタイトル3
  13. サブタイトル4
  14. サブタイトル5
  15. カツオくん(星を見上げて)/(歌:高橋和枝)
  16. スケッチ1
  17. スケッチ2
  18. スケッチ3
  19. スケッチ4
  20. タマの鳴き声2(どうして?)
  21. サザエさんのうた(歌:堀江美都子、サニー・シンガーズ、コロムビアゆりかご会)
  22. エンディング1
  23. エンディング2
  24. エンディング3
  25. エンディング4
  26. あかるいサザエさん(歌:堀江美都子)
  27. サザエのテーマ1
  28. サザエのテーマ2
  29. サザエのテーマ3
  30. サザエのテーマ4
  31. タマの鳴き声3(甘え声)
  32. ウンミィの歌(歌:古賀ひとみ、ヤング・フレッシュ)
  33. カツオのテーマ1
  34. カツオのテーマ2
  35. カツオのテーマ3
  36. カツオのテーマ4
  37. カツオのテーマ5
  38. タマの鳴き声4(戸外から「開けてよー」)
  39. 天気予報(歌:猪股裕子、ヤング・フレッシュ)
  40. 波平のテーマ1
  41. 波平のテーマ2
  42. タラちゃんの足音A
  43. タラのテーマ1
  44. タラのテーマ2
  45. タラのテーマ3
  46. タラちゃんの足音B
  47. ハッピーデイ・サザエさん(歌:松尾香)
  48. テーマアレンジA
  49. テーマアレンジB
  50. テーマアレンジC
  51. テーマアレンジD
  52. ひまわりみたいなサザエさん(歌:松尾香)
  53. サザエさん<カラオケ>
  54. 星を見上げて<カラオケ>
  55. レッツ・ゴー・サザエさん<カラオケ>
  56. サザエさん一家(歌:宇野ゆう子)
  57. 予告用BGM

 CDに収録されたBGMは番組でよく流れるおなじみのものがほとんどだ。
 昨年末に配信された初期の『サザエさん』を観ると、このCDに収録されていない曲がたくさん流れていることに気がつく。作風の変遷とともに、使われるBGMも変わっているのである。今ではなかなか聴けない『トムとジェリー』風のスラップスティック曲や、サスペンスタッチの曲、主題歌のディキシーランドジャズ風アレンジやチンドン屋風アレンジなどが流れているのが興味深い。
 そんなふうに音楽演出の変遷をたどりながら、初期の『サザエさん』を観るのも楽しいものである。筆者は冨田勲っぽい音楽が流れる「サザエ万博へ行く」のエピソードが印象に残った。
 「サザエさん 音楽大全」はホームドラマ的になった現在の『サザエさん』のイメージで編まれてるために、あまりとんがった音楽は選曲されていない。
 しかし聴けば、「あ、聴いたことある」と思う曲が現れるのが楽しい。それほど熱心に『サザエさん』を観ていない筆者でもそう思うのだから、毎週観ているファンならなおさらだろう。
 トラック2の「楽しい磯野家」から「聴いたことある」感いっぱいである。軽快なテンポでメロディを奏でる楽器はクラビネットとチェンバロのようだ。
 次のトラック3「明るい磯野家」は「楽しい磯野家」と同じコード進行による変奏。トラック4「磯野家の団欒1」にも同じメロディが使われている。まさに「磯野家のテーマ」という曲。
 トラック6「磯野家の団欒3」はビブラフォン(風のエレピかも?)とピアノとギターのアンサンブルによるしゃれた雰囲気の曲。フランス映画で流れていても違和感のない曲調である。
 昭和の懐かし音楽の代表のように聴かれる『サザエさん』の音楽だが、放映が始まった当時は、むしろ、モダンでおしゃれな音楽だったのだ。
 音楽制作は「音楽企画センター」。三木鶏郎が主宰する「冗談工房」が分裂して生まれた事務所のひとつで、越部を中心に複数の作曲家が所属していたという(CD「マッハGoGoGo ミュージックファイル Round-1」の越部信義インタビューより)。
 今回の配信で、初期は「演奏 スクリーンミュージック」のクレジット表記があることが確認できた。スクリーンミュージックは、特撮TVドラマ「人造人間キカイダー」(1972)にもクレジットされている演奏家コーディネート(いわゆるインペク)会社である。
 アルバムの内容に戻ろう。「サブタイトル」「スケッチ」「エンディング」と汎用の日常曲が続く。「サブタイトル」と曲名がついているが、どれも1分近い長さがあり、一般的に「サブタイトル」として作られる5秒〜10秒ほどの短い曲とは大きく印象が違う。『サザエさん』の場合、サブタイトル前の短いコント風シーンから、サブタイトルを挟んで本編に入るまで、途切れずに音楽が流れていることが多い。だから、こういう曲になっているのだろう。
 そのあとは、「サザエのテーマ」「カツオのテーマ」「波平のテーマ」「タラのテーマ」とキャラクターテーマが並ぶ。フルートやシロフォン、バイオリン、クラリネット、エレピなど、楽器の音色を生かした小粋なアレンジが楽しい。それぞれが同じモチーフの変奏ではなく、違ったメロディを持っているのが特徴的だ。

 アルバムの構成は、カテゴリごとに数曲のBGMをまとめ、その合間に挿入歌とSEを収録するスタイル。
 サウンドトラック・アルバムは、本編の基本フォーマットやストーリー展開に合わせて構成されることが多い。同じく日常系のTVアニメ『ちびまる子ちゃん』や『ドラえもん』のサントラも、大まかな物語の流れや印象的なエピソードを意識した曲順で構成されていた。
 「サザエさん 音楽大全」はまったく違うコンセプトである。時系列よりも全体を俯瞰する図鑑的な構成になっている。2次元のパノラマを見るような印象だ。
 『サザエさん』の本編は30分・3エピソードの構成。劇中に四季は訪れ、磯野家の周囲に多少の変化はあるものの、大きな意味では時間は止まっている。どこから観てもよいし、順番を入れ替えてもかまわない。そんな『サザエさん』の世界には、こうした図鑑的な構成がフィットする。「音楽大全」というタイトルも象徴的である。
 筆者がとりわけ印象に残ったのは、最後の方に収録された4曲の「テーマアレンジ」。
 どれも女声スキャットをフィーチャーした軽快な曲で、華やかさの中にちょっぴり哀愁がただよう大人びた曲に仕上がっている。リズムとペーソスの作家・越部信義らしい、胸の奥をツンと刺激するようなアレンジである。
 昭和から平成を経て、おそらく次の元号の時代も放映が続いていくに違いない『サザエさん』。その歴史が「サザエさん 音楽大全」には凝縮されている。
 本アルバムを水先案内に、配信された初期エピソードと現行放映を、音楽に注目しながら見比べてみてはいかがだろう。

サザエさん 音楽大全
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