COLUMN

第587回 作画監督の話、続き

 前回の続きと言いつつ、重複する部分があってもご容赦ください。作画監督とは本来は原画の監督。日本で初めて作画監督制が導入されたことで有名な『わんぱく王子の大蛇退治』(1963年)ではクレジット上でも「原画監督・森康ニ」とあります。テレコム時代、大塚康生さんは「作画ちゅうのは演出の意図を汲んで『ここはこうした方がいいかな』ってトコを直す、つまり原画の直し屋」と仰ってました。さらに「なんでもかんでも全部直すなんてできないから、僕はその話数(例えば『旧ルパン三世』)でいちばん多く原画を担当した人の画に合わせる。そうするとその人の原画は直さなくていいでしょ?」とかも。あと「『旧ルパン三世』の○話は僕、修正入れてませんから」とも。まあ、たぶんそれらは大塚さんのサービストークだと思います。だってあれだけ手の速い方がそんな手抜きする必要はありませんから。それは「キャラだけ似せるのが作画の仕事じゃないよ」の大塚さん流の言い方だったのかもしれません。
 でも出崎統監督作品における杉野昭夫さんの作画はキャラ+表情芝居の全直し。全部杉野さんの画のアニメを作る! しかもTVシリーズで! 80年代のは本当に全部だったと思います。つまり出崎アニメの杉野作監は、実写に置き換えると全登場人物を1人で演じ分けるようなものかと。杉野さんだけでなくもちろん大塚さん、そして学生時代の恩師・小田部羊一先生らがそれを可能であると証明したからでしょうか? 実際90年代に入ると、アニメの、特にTVアニメの花形は「キャラデ総作監」という時代になったんだと思います。自分の同期でも、夢としてそれを語ってる人は多かったですから。ところがそれは作監ではなく「総作監」!