COLUMN

第138回 破壊のあとの未来 〜AKIRA〜

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 都内の名画座・目黒シネマで『AKIRA』を上映しているというので行ってきた。日本公開30周年記念。劇場公開版の35mmフィルムによる上映である。

目黒シネマ
http://www.okura-movie.co.jp/meguro_cinema/now_showing.html

 『AKIRA』は1988年7月に公開された劇場用アニメ。大友克洋が1982年から「週刊ヤングマガジン」(講談社)に連載したマンガ作品を自身で脚色・監督して映像化した。国内外で話題を呼んだ作品だ。今年公開されたスティーブン・スピルバーグ監督の「レディ・プレイヤー1」の中に本作で活躍する通称「金田バイク」が登場したことは記憶に新しい。
 舞台は第3次世界大戦の惨禍から復興を遂げた2019年の大都市・ネオ東京。封印された超能力者・アキラの力をめぐって、暴走族の少年たちと反政府ゲリラ、超能力を利用しようとする政府軍が入り乱れて争う近未来SFアクションだ。
 舞台となる2019年がもう来年に迫っていることに驚く。2020年に東京オリンピックが開催されるという劇中の設定も現実になった。
 30年前に観たときはストーリーがよくわからなかった。ラストは壮大に話を広げて投げ出して終わり? みたいに思ったことを覚えている。あらためて観るとストーリーはごくシンプルだが、当時は感情移入できるポイントがないのでとまどったのだろう。この作品はストーリーやテーマを追うよりも、大都市破壊のスペクタクルや超能力に目覚めた暴走族少年・鉄雄の変容していく姿などをただただ見守り、圧倒的な映像と音を全身で体験するものだと思う。だから、劇場での鑑賞が最適なのだ。
 それとは別に、本作の音楽を聴いていて、明確なメロディを持たないリズム主体の音楽の付け方が、ここ10年ばかりの映画音楽の流行に似ていると、逆デジャビュのような感覚を味わった。今にして思えば、この作品が、SFアクション映画音楽の転換点だったのかもしれない。

 『AKIRA』の音楽を担当したのは山城祥二率いる芸能山城組。1974年に創立され、世界の民族音楽をベースにした音楽制作やパフォーマンスなどの創造活動と研究活動を続けている芸能集団である。
 実は芸能山城組とアニメ音楽には浅からぬ縁がある。芸能山城組の前身は合唱団「ハトの会」。このハトの会に協力していたのが、民族音楽学者・小泉文夫を通じて民族音楽の研究を進めていた渡辺宙明(言わずと知れた『マジンガーZ』の作曲家)だった。そのため、芸能山城組のメジャーデビュー作品には渡辺宙明作曲の「恐山」が選ばれている。また、「恐山」のライブ演奏では渡辺宙明の長男・渡辺俊幸(現在『新幹線変形ロボ シンカリオン』の音楽で活躍中)がドラムを叩いたという。アニメ音楽で活躍する作曲家親子が芸能山城組に関わっていたのだ。
 その芸能山城組が『AKIRA』の音楽を担当したいきさつは、アルバムのライナーノーツをはじめ、さまざまな証言で語られている。
 音響監督の明田川進は、大友克洋監督に「芸能山城組に音楽をやってもらったら」と提案したという。いっぽう、大友克洋も以前から芸能山城組に注目していて、1986年に発売された「輪廻交響楽」を聴いて、「これは『AKIRA』の音楽にもっともふさわしい音楽ではないか」と考えていた。
 芸能山城組の山城祥二は大友克洋の「AKIRA」を読んでいた。映画音楽の依頼があったとき、ぜひやりたいという思いと、芸能山城組の従来の音楽の作り方では到底できそうもない、というふたつの思いの間で葛藤したという。が、「新曲が作れないなら『輪廻交響楽』の一部を使わせてほしい」という大友の話を聞いて、不完全な形で関わるよりは、と参加を決断。約半年をかけて『AKIRA』の音楽を創り上げた。
 制作期間半年は、日本の映画音楽作りのスケジュールとしては破格に余裕があるほうである。
 が、芸能山城組にとってはそうでなかった。新曲作りに何年もかけることがあたりまえの芸能山城組にとって、『AKIRA』の音楽作りは「かつて経験したことのない深刻な戦い」だったと山城祥二はふり返っている。
 大友克洋が音楽作りにあたってリクエストしたのは、いかにも「劇伴」的な方法は避け、暴走族やデモ隊が暴れまわるアナーキーな様子をひとつの「祭り」ととらえて表現する曲と、その対極にあるレクイエム的な曲のふたつを柱として、「芸能山城組としての音楽『アキラ』」を作ってほしいということだった。
 音楽作りは映像制作と並行して行われた。画に合わせて音楽をつける方式ではなく、また、溜め録りの音楽を選曲していく方式でもなく、独特の作り方が採用されている。
 それはモジュール化とシステム化。詳細は省くが、音楽をパーツに分け、組み合わせて使えるように作られているのだ。半年間で『AKIRA』にふさわしい音楽を創り上げるために編み出された方策だった。コンピュータでの音楽作りが発達した現在ではあたりまえにできる方法だが、当時としては画期的かつ実験的な作り方だった。
 こうして、ガムランなどの民族音楽と声明、能などの日本の伝統音楽、それに、シンセサイザーを使った合成音などが融合した、かつて例のない音楽が誕生した。映画音楽であると同時に、芸能山城組の音楽としても成立する、独立性の高い音楽である。
 その成果は映画を観れば体感できる。映像と寄り添うでもなく、対立するでもなく、圧倒的な存在感で観る者の心をゆさぶり続ける。本作の魅力の半分を音楽が担っているといってもよいほど、その印象は強烈だ。
 本作の音楽は、劇中の台詞やSEと音楽を組み合わせた「AKIRA Original Motion Picture Soundtrack」と音楽のみで構成された「Symphonic Suite AKIRA」の2枚のアルバムで発売されている。「Soundtrack」の方はいわゆるドラマ盤ではなく、独自のサウンドアルバムとしてミックスされたもの。本作のカオスな雰囲気を再現していて味がある。ここでは「Symphonic Suite」の方を紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. KANEDA 金田
  2. BATTLE AGAINST CROWN クラウンとの闘い
  3. WINDS OVER THE NEO-TOKYO ネオ東京上空の風
  4. TETSUO 鉄雄
  5. DOLLS’POLYPHONY ぬいぐるみのポリフォニー
  6. SHOHMYOH 唱名
  7. MUTATION 変容
  8. EXODUS FROM THE UNDERGROUND FORTRESS ケイと金田の脱出
  9. ILLUSION 回想
  10. REQUIEM 未来

 全10曲。「Symphonic Suite」(交響組曲)と題されているとおり、映画に使われたミックス、サイズそのままではなく、アルバム用に作り込まれた楽曲で構成されている。

 トラック1「金田」は本作のテーマのとなる曲。物語の中心となる暴走族のリーダーの少年・金田のエネルギッシュなテーマだ。曲の冒頭にはハーレー・ダビィッドソンの本物の爆音がミックスされている。リズムはバリ島の竹製の打楽器ジェゴグ。それに青森のねぷた祭りのかけ声「ラッセラ」が加わるという祝祭感満点の曲である。この曲はエンドロールにも使われている。
 トラック2「クラウンとの闘い」は暴走族同士の対決を描く激しい曲。バリ島の男声合唱ケチャの息づかいとジェゴグのリズムが混じり合い、金田のテーマに集約されていく。映像のリズムとはまったく別のリズムがぶつかることで、闘争の混乱が描写される。
 トラック3「ネオ東京上空の風」はシンセサイザーによる風をイメージした音色で奏でられる曲。民族音楽のイメージが強い芸能山城組だが、シンセサイザーや電子音響機器を積極的に取り入れる現代的な一面も持っている。その先進性が本作の音楽作りを可能にした。この曲は、軍の研究施設から脱走した鉄雄がひと息つく場面に流れている。
 トラック4「ぬいぐるみのポリフォニー」は鉄雄が見る悪夢のような幻影につけられた曲。「ポロン」「ピロン」という女声のくり返しに不気味な男声合唱が加わる。聴いただけで使用場面が思い浮かぶ印象的な曲だ。
 トラック7「変容」は鉄雄の肉体がモンスターのように変容していくクライマックスに流れる曲。男声合唱でお経の文句が唱えられ、「鉄雄」「かおり」「金田」とキャラクターの名前を早口で呼ぶケチャが加わる。終盤はブルガリア風の美しい女声合唱で歌われる「應時普地」(大無量寿経の一部)。変容してしまった鉄雄を悼むイメージが重ねられている。
 トラック8「ケイと金田の脱出」はアクションシーンに流れる軽快な曲。ジェゴグのリズムとシンセサイザー、エレキギターが絡み合うエスニカルな疾走感が聴きどころだ。ロック的なカッコよさを持つ曲だが、本アルバムの中では異色の感触である。
 トラック9「回想」の中心となるのは能の音楽。わずか26秒の鉄雄の回想シーンのためにオーダーされた曲だが、山城祥二はそれをふくらませ、10分近くに及ぶ、オリジナルの能の曲にしてしまった。能管、太鼓などの邦楽器とグンデルなどのガムランの楽器が共演する、芸能山城組ならではの音楽である。
 トラック10「未来」はラストシーンに流れるレクイエム。「金田」と対をなす、本作のもうひとつのテーマである。14分を超える長い曲で、これだけでちょっとした組曲になっている。終盤に現れる「ねむれ アキラ」「ねむれ 鉄雄」のコーラスが作中でも耳に残る。
 このトラックは英語では「REQUEM」、日本語では「未来」と名づけられている。山城祥二は、「いったん壊してしまって、そのあとにつくる未来」を本作の音楽のテーマとして考えていたという。そのテーマを象徴する曲である。
 本作の音楽は海外でも評判を呼び、アメリカ版サントラが1990年にリリースされている。国内では山城祥二の監修により音響の改善が進められて、2002年にDVDオーディオ盤、2016年に超高周波成分を加えたハイパーハイレゾ版がリリースされた。2017年にはハイレゾ版をベースにした2枚組のLPアルバムがアメリカMILANレーベルから発売されている。本作の音楽の人気は今でも健在だ。

 はじめに書いた「逆デジャビュ」に話を戻すと、ドコドコと間断なく刻まれるリズムがアクションシーンを牽引する音楽設計は、近年のハリウッド製大作でよく聴かれるサウンドだ。その原イメージは本作にあるのではないのか? ハンス・ジマーも本作の音楽を聴いて何かしらのインプレッションを得たのではないだろうか。
 また、アジアの民族音楽のリズムや合唱がクール、というイメージも本作がいち早く提示したものだ。そのイメージは、『GHOST IN THE SHELL』(1995)の川井憲次の音楽などに受け継がれている。
 まあ、このあたりの関係性は妄想の域を出ないが、本作の音楽が先進的であったことは間違いない。
 『AKIRA』の音楽はまさに「破壊のあとの未来」を示した作品——伝統的な映像音楽を解体し、映画音楽の未来を示した作品だったと思うのである。

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