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第133回 旅する者の想い 〜マルコ・ポーロの冒険〜

 腹巻猫です。6月6日に発売されたTVアニメ『ヒナまつり』の音楽集「花も嵐も踏み越えて」の構成を担当しています。音楽は『みなみけ』(2007)、『ココロコネクト』(2012)などを手がけた三澤康広さん。音楽集は2枚発売予定で、これは1枚目。2枚にわたってブックレットに三澤さんのインタビューが掲載されます。ぜひお聴きください&お読みください。

ヒナまつり音楽集〜花も嵐も踏み越えて〜
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 『マルコ・ポーロの冒険』について書いておきたい。1979年4月から1980年4月までNHKで放送された『アニメーション紀行 マルコ・ポーロの冒険』のことである。
 『東方見聞録』で知られる13世紀ベネチアの商人マルコ・ポーロ。その25年間にわたる旅の物語をアニメと実写ドキュメンタリーを組み合わせて映像化したTVアニメ作品だ。と書くと教育番組みたいだが、堅苦しい作品ではない。マルコが父・ニコロと叔父・マテオとともにベネチアを旅立つのは17歳のとき。多感なマルコが経験する出逢いと別れが、ときにドラマティックに、ときに詩情豊かに描かれ、ロマンあふれる冒険物語になっていた。
 アニメーション制作はマッドハウス。杉野昭夫がキャラクターデザインを手がけ、コンテや作画に川尻善昭、もりまさき(真崎守)、村野守美らが参加。アニメパートの見応えは抜群だった。コントラストを強調したスタイリッシュな表現や独特の色調で描かれた背景(美術は石津節子)も印象に残っている。
 実写パートはNHKが現地で取材した映像をもとに構成。当時は目にする機会が少なかった中東や中国奥地の映像に惹きつけられた。NHKは1980年4月からマルコの旅とほぼ同じ道をたどるドキュメンタリー番組「シルクロード」を放送する。こちらの音楽を担当して一躍注目されたのが、のちに劇場アニメ『1000年女王』(1982)の音楽を手がける喜多郎だった(これは余談)。
 声優陣の充実も印象深い。主人公のマルコは富山敬。『宇宙戦艦ヤマト』の古代進役で人気絶頂の頃で、「マルコのキャラクターが古代進に似ている」とも話題になった。マルコとともに旅する父・ニコロは俳優として、また洋画を中心に声優としても活躍した久松保夫(「宇宙大作戦(=スター・トレック)」のミスター・スポックの声)。同じくマルコとともに旅する叔父・マテオは豪快なおじさんならこの人、名バイプレーヤーの富田耕生(またまた余談だが『Cutie Honey Universe』で45年ぶりに早見団兵衞を演じて違和感がないのがすごい)。ナレーターはアクの強い役をこなす俳優として活躍する一方、刑事コロンボの声で人気を博した小池朝雄(アニメファンには『長靴をはいた猫』(1969)の魔王役でおなじみ)。マルコたちが旅の途上で出逢うゲストキャラクターにも当代一流の名優がキャスティングされている。映像で眼福、声でも耳福という楽しみな番組だった。
 当時のアニメ誌も『マルコ・ポーロの冒険』をたびたびカラーページで取り上げていた。アニメファンにも人気の作品だった。が、残念なことに、本作の思い出を共有するのは当時リアルタイムに放送を観た世代に限られている。NHKには本作のビデオ原盤が残っておらず、再放送もパッケージ化もされていないのだ。
 しかし、本作の雰囲気を追体験できるものが残っている。それが音楽だ。

 本作の音楽はシンガーソングライターの小椋佳が担当している。
 小椋佳は1971年にデビュー。1970〜80年代に台頭した歌謡曲の新しい潮流「ニューミュージック」を代表するシンガーソングライターのひとりである。文学的とも呼べる繊細な言葉づかいの歌詞と独特の抒情をたたえたメロディで数々の名曲を紡いだ。布施明に提供した「シクラメンのかほり」は日本レコード大賞の大賞を受賞。TVドラマ「俺たちの旅」(1975)の主題歌・挿入歌として中村雅俊が歌った「俺たちの旅」「ただお前がいい」も70年代TV世代には忘れられない名曲だ。80年代には美空ひばり「愛燦燦」、梅沢富美男「夢芝居」などのヒット曲を手がけた。味わいのある歌声も魅力で、筆者は1972年のTVドラマ「大いなる旅路」の主題歌が大好き(オープニングは作詞・小椋佳、作曲・渡辺岳夫の名曲)。
 そんな小椋佳がアニメ音楽を手がけるのは、当時、ちょっとした事件だった。ニューミュージックなんか聴かない特撮・アニメ好き少年だった筆者も「俺たちの旅」などで小椋佳の名や作風は知っていたから、「あの小椋佳がアニメの音楽を!?」と思ったのを覚えている。1978年頃から急激に進んだアニメ音楽の変化を象徴する出来事である。
 当時のアニメ誌に掲載されたNHKの担当ディレクターのコメントによれば、本作の音楽担当はアニメ音楽も劇伴も未経験のニューミュージック系の人で、マルコの成長を描ける人、というポイントで人選したのだそうだ。小椋佳と吉田拓郎の名が挙がり、過去にNHK作品で縁のあった小椋に決まった。発注にあたっては特に注文はせず、「小椋佳のマルコを」とお願いしたという。
 オファーを受けた小椋佳は「マルコ・ポーロをテーマに自由に曲を書いていい」という注文に、逆に苦労した。「東方見聞録」をくり返し読み、シルクロードに関する文献を70冊も読んだが1曲も書けず、1978年夏にシルクロードを回る10日間の取材旅行に旅立つ。
 小椋は時が止まったようなシルクロードの情景に圧倒される。そして、旅の経験をもとに1978年12月までに10数曲の歌を書き上げた。その多くは、少年マルコが旅を通して感じたはずの驚きや感動をそのまま歌にしたものだった。それが本作の主題歌となった「いつの日か旅する者よ」をはじめとする楽曲である。最終的に小椋佳が作った歌は25曲にもなったが、番組に採用されたのはそのうちの12曲だった。
 小椋佳の歌は番組のオープニング、エンディングだけでなく、本編にもたびたび挿入された。とりわけ、実写パートに流れたのが記憶に残っている。大陸の雄大なスケールと悠久の時を感じさせる映像をバックに小椋佳の歌が流れる。「紀行」のタイトルにふさわしい、心に残る演出だった。今でも、『マルコ・ポーロの冒険』は小椋佳の歌とともに思い出される作品である。
 なお、本作の音楽担当には作・編曲家の小野崎孝輔もクレジットされている。小野崎は小椋佳が書いた歌の編曲を担当したほか、アニメに必要な映画音楽的なスコアを提供する役割を担った。小野崎孝輔は本作以前にTVアニメ『おらぁグズラだど』(1967)や『ピンク・レディー物語 栄光の天使たち』(1978)の音楽を担当して、アニメ音楽は経験済みだった。小野崎の創り出した詩情豊かなサウンドも本作の雰囲気を決定づける重要な要素である。
 本作の音楽商品としては、主題歌・副主題歌を収録したシングル盤2枚と小椋佳が書いた歌を集めたアルバム「マルコ・ポーロの冒険」がキティレコードから発売されている。アルバムは番組名と同じタイトルがつけられているものの、あくまで小椋佳の作品として発表された点がそれまでのアニメ音楽とは異なっていた。残念ながら劇中音楽は商品化されていない。
 ただ、BGMを聴くことができる商品はあった。本編音声を収録したドラマ編アルバムが2枚発売されていたのだ。こちらの発売元はキティレコードではなく日本コロムビア。内容はいくつかのエピソードを選んで構成したダイジェストで、メインライターを務めた金子満の構成によるもの。主題歌はオリジナルではなく、川津恒一が歌うカバーが収録されている。本編の視聴がかなわない現在、ドラマ編アルバムは『マルコ・ポーロの冒険』がどのような作品であったかを伝える貴重な資料である。名だたる声優陣が出演した作品だけに、音だけを聴いても楽しめる。カラー図番をふんだんに使ったインナーも見応えがある。CD化されていないのが惜しまれるアルバムである。
 小椋佳のアルバム「マルコ・ポーロの冒険」を紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. 大空から見れば
  2. 蒼き狼
  3. また旅仕度
  4. 誰でもいいから
  5. 望郷
  6. キシェラック ヤイラック
  7. マティオ・ニコロ そしてマルコ・ポーロ
  8. ひとすくいの水
  9. 大地は
  10. 黄金のパイザ
  11. いつの日か旅する者よ

 全曲の作詞・作曲・歌は小椋佳。編曲は小野崎孝輔と星勝が担当している。編曲にあたっては、ありきたりのオリエンタルな音作りではなく、なるべく現地の民族楽器などを使って本物のシルクロードの音楽に近づけるよう試みたという。
 ジャケットは砂漠を旅するラクダと旅人を遠景で描いたイラスト(写真を加工したものかも)。砂漠と空の広大さを強調したデザインで、アルバムタイトルは左上に目立たなく配されているだけだ。かろうじて、帯にある番組タイトルロゴと「NHK『マルコ・ポーロの冒険』主題歌・挿入歌作品集」の表記がアニメとのつながりを示している。
 11曲のうち、「キシェラック ヤイラック」「大地は」「黄金のパイザ」の3曲を除く8曲が主題歌または挿入歌として番組内で使用された(「ロマンアルバム・デラックス38 マルコ・ポーロの冒険」徳間書店、1980年による情報)。
 また、後期に流れたエンディング主題歌「それが夢ならば」は発表時期が遅かったのでこのアルバムには収録されていない(のちに小椋佳のシングル・コレクション・アルバムに収録された)。
 1曲目の「大空から見れば」はエンディングにたびたび使用された歌。本編でも流れている。ケーナがメロディを奏でるイントロが印象的。大地の上では小さな存在にすぎない人間たちが、汗を流し、新しい道を切り拓いていく姿を愛情と敬意を込めて歌った歌である。タイトルどおり「大空から」見た視点が本作のスケール感を伝えて、「アニメーション紀行」の名にふさわしい歌になっている。この曲は「いつの日か旅する者よ」と並ぶ主題歌候補のひとつだった。
 2曲目「蒼き狼」はモンゴル帝国の初代皇帝チンギス・カンをテーマにした歌。アップテンポのロック調の曲である。マルコが旅に出たときチンギス・カンはすでに没しており、これは伝説の英雄を歌ったイメージソングといった趣。リリカルな曲ばかりでなく、こういう曲も混じっていることが本アルバムの味わいを多彩にしている。
 3曲目「また旅仕度」もエンディングや本編でたびたび流れた印象深い曲だ。たどりついた地で旅装を解き、この地でくつろごうと思ったのも束の間、また旅へのあこがれが湧き上がる。淡々とした曲調で旅人の気持ちを歌ったじんわりと心に沁みる歌だ。当時、高校生だった筆者は、この曲を聴くとなんともいえない、いてもたってもいられないような気分になったことを思い出す。
 4曲目の「誰でもいいから」もエンディングなどで使用された曲。小椋佳がアフガニスタンを旅したとき、路上で自動車のタイヤがパンクし、どうしようもない疲労感と心細さに襲われた経験をもとに生まれた曲だった。中村雅俊が歌った「ただお前がいい」にも通じる、青春歌謡としても聴ける1曲。
 6曲目「キシェラック ヤイラック」はちょっと変わった歌だ。羊を追う羊飼いの姿を歌うほのぼのしたパートと、星光る幻想的な夜の情景を歌う叙情的なパートが交互に現れる。本編では流れなかったが、シルクロードのエキゾティズムを伝える、本アルバムの中でも秀逸な曲のひとつだと思う。
 マルコたちのキャラクターを歌う7曲目「マティオ・ニコロ そしてマルコ・ポーロ」はややユーモラスな雰囲気の軽快な曲。バリトンサックスを使った陽気なアレンジが効果を上げている。かけあいのようなコーラスも楽しい。まだ「テレビまんが主題歌」と呼ばれていた時代のアニメソングに寄せた印象もあり、「小椋佳ってこんな曲も書くんだ」と思った1曲である。
 10曲目「黄金のパイザ」は本作ならではの題材を取り上げた歌。黄金のパイザとは、シルクロードを旅する者の立場を保証するフビライ・ハーンの通行証のことだ。パイザのことを歌っているだけなのに、大元帝国のスケールと旅の緊張感が伝わってくる。これも本編では流れなかったが、印象に残る曲のひとつ。
 11曲目の「いつの日か旅する者よ」が本作のオープニング主題歌である。主題歌をアルバムの最後に配するのは、従来のアニメ音楽アルバムにはない発想だった。アーティストのアルバムならではの構成である(この発想は『伝説巨神イデオン』のサントラ1枚目に受け継がれている)。
 主題歌には、この曲と「大空から見れば」の2曲が候補として検討された。迷っている小椋佳とスタッフに、哲学的深さを持つ「いつの日か……」の方がオープニングにふさわしいと提言したのは小野崎孝輔だった。「大空から見れば」はエンディングに回されることになった。
 「いつの日か旅する者よ」は何度聴いても聴き飽きない、複雑な魅力を持った曲である。歌われているのは、旅への強い想い。旅人の見るイリュージョンを歌い込んだ詩はファンタジー小説の一節のようにも読める。「魔法使い」や「まぼろし」といった、ほかの歌にはないフレーズが登場するのが特徴だ。
 歌は3番まであり、オープニングには3番の歌詞が使われている。タイトルの「いつの日か旅する者」とは、いつか自分や先人が歩いた道をたどるであろう未来の旅人のこと。これから大人になっていく少年や若者たちに向けた言葉とも受け取れる。旅がそうであるように、人生もまた、誰かが歩いた道を歩き、新しい道に自ら踏み出していくものだ。そんな哲学的な感慨が歌詞からただよってくる。まさにオープニングにふさわしい、味わいの尽きない歌である。

 『マルコ・ポーロの冒険』の物語は、新しい土地とそこで出逢う人々に心を動かされ、成長していくマルコの視点から描かれる。これはマルコの青春の旅を描いた作品なのだ。そして、青春こそ、小椋佳がくり返し取り上げてきたテーマだった。小椋佳の歌はマルコの青春に寄り添う歌になった。だからこそ、若いアニメファンの心にも響き、作品の印象とともに、時を経ても長く愛聴される歌になったのだろう。アルバム「マルコ・ポーロの冒険」を自身の青春の思い出と重ねて聴くファンは筆者だけではないと思う。
 本アルバムは現在もCDが流通していて、手軽に入手して聴くことができる。本編の鑑賞はかなわないが、せめて歌だけでも聴いて、本作の雰囲気と、作品に込められた想いに触れてもらいたい。

マルコ・ポーロの冒険
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小椋佳 コンプリート・シングル・コレクション1977〜1988
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