COLUMN

第128回 叙情性という源流 〜H2〜

 腹巻猫です。3月28日にマーベラスから発売される「プリキュア ボーカルベストBOX 2013-2017」の構成・解説を担当しています。CD6枚組のうち5枚が『ドキドキ!プリキュア』から『キラキラ☆プリキュアアラモード』まで5作品のボーカルベスト。6枚目がTVサイズ主題歌とBGMを収録したボーナスディスクになっています。BGMは劇中で使用されながら、これまで発売されたサウンドトラックに未収録だった曲(バージョン違い含む)を中心に選びました。初収録音源は29曲。プリキュアのサントラ盤を聴いて「本編で流れたあの曲が入ってない……」と思っていた方は、ぜひどうぞ。

プリキュア ボーカルベストBOX 2013-2017
http://www.amazon.co.jp/dp/B0788XQ5XS/

マーベラスの商品情報ページ(初収録音源表記あり)
https://www.marv.jp/titles/mc/9257/

 

 今回取り上げるのは1995〜1996年に放送されたTVアニメ『H2(エイチツー)』。あだち充の同名マンガを原作にした作品だ。  あだち充作品のアニメ化は『みゆき』(1983)に遡る。80年代は『ナイン』(1983)、『タッチ』(1985)、『陽当たり良好!』(1987)と続けてTVアニメ化され、一気にあだち充人気を盛り上げた。
 90年代はOVAで『スローステップ』(1991)、次いで『H2』(1995)がTVアニメ化された。21世紀に入ってからは『クロスゲーム』(2009)がTVアニメ化されている。この間に『タッチ』の単発スペシャルアニメが1998年と2001年に放映。あだち充作品はいまだ根強い人気(普遍性と呼ぶべきか)を持っているのだ。
 かくいう筆者もけっこうあだち充作品が好きなひとりである。たぶん、代表作はほとんど読んでいる。どれを読んでも同じという人もいるが、その変わらなさもまた安心する。好きな作家の作品を読む楽しみとはそういうものだろう。

 さて、『H2』は1995年6月から1996年3月まで、テレビ朝日系で全39話が放送された。未放映のエピソードが2話あり、それはDVD-BOXに収録されている。監督は70年代後半からタツノコプロ作品を中心に活躍したうえだひでひと。アニメーション制作は葦プロダクション(現プロダクション・リード)がメインで担当した。あだち充作品のアニメ化といえば杉井ギサブロー監督の『タッチ』がひとつの完成形と呼べるが、本作も原作の雰囲気をうまく映像化したいい作品である。
 物語はあだち充おなじみの青春野球もの。主役は4人。親友で野球のライバルでもある国見比呂(声・古本新之輔)と橘英雄(宮本充)、比呂の幼なじみで比呂に密かな想いを抱きつつ英雄と交際する雨宮ひかり(今村恵子)と比呂が進んだ高校の野球愛好会(のちに野球部に昇格)のマネージャー・古賀春華(鈴木真仁)。名前の頭文字が「H」の2組の少年少女が織りなす物語だ。
 残念ながらアニメ版は原作の物語の最後まで描かれずに終わっている。まだまだこれからというところで終わるので、不完全燃焼の思いが残る。
 それでも本作は愛すべき作品だ。主役4人の声もキャラクターに合っていてよかったし(主に俳優として活躍する古本新之輔と今村恵子、本作がアニメ初レギュラーの宮本充、『赤ずきんチャチャ』(1994)でデビューしたばかりの鈴木真仁というフレッシュな顔ぶれだった)、作画も丁寧で安定していた。安心して落ち着いて見られるアニメだった。

 そして音楽は現在、映画音楽作曲家として国内外を問わずに活躍する岩代太郎が担当している。
 岩代太郎といえば、「レッドクリフ」「マンハント」などのジョン・ウー監督実写劇場作品、樋口真嗣監督の「日本沈没」、田中芳樹原作のTVアニメ『アルスラーン戦記』など、スケールの大きなダイナミックな作品を手がける作曲家という印象が強いかもしれない。
 しかし、『H2』前後の岩代太郎は、大林宣彦監督の実写劇場作品「あした」、TVドラマ「白線流し」、劇場アニメ『フランダースの犬』など、じっくり聴かせる繊細な音楽が得意な作家という印象だった。特に筆者が印象深いのは毎週楽しみに観ていた「白線流し」の音楽だ。『H2』と「白線流し」はアニメと実写ドラマという違いこそあれ、高校を舞台にした青春ものという枠組みは同じ。筆者の中ではひとつながりの印象なのである。
 岩代太郎は1965年5月1日、東京生まれ。1989年、東京藝術大学音楽学部音楽科作曲専攻を首席卒業。1991年、東京藝術大学音楽学部大学院修士課程を首席修了。大学院修了作品「To The Farthest Land Of The World/世界の一番遠い土地へ」はシルクロード国際管弦楽作曲コンクール最優秀賞を受賞した。
 現代音楽界の星と呼びたくなるきらびやかな経歴だ。しかし、作曲家をめざしたのは映像音楽の作曲家になりたかったからだという。
 岩代太郎の父・岩代浩一も作曲家だった(NHK教育「できるかな」の音楽などを手がけている)。音楽が身近な環境に育ち、小学生時代から独学でピアノを始めた。中学時代は友人とバンド活動。中学2年生のときに作曲家を志す。それは岩代の中では「映像音楽の作曲家になる」ということと同義だった。なぜ映像音楽の作曲家だったのか。小学生の時に観た劇場作品「ジョーズ」(1975)のジョン・ウィリアムズの音楽や「サスぺリア」(1977)のゴブリンの音楽が強く印象に残っていた。しかし、それがきっかけかどうか、明確な理由はわからない、と岩代太郎は2016年4月に上梓した著書「映画音楽太郎主義 サウンドトラックの舞台ウラ」(全音楽譜出版社)の中で書いている。ともかく、父の後押しもあって、東京藝術大学に進学。本格的な音楽教育を受けることになった。
 岩代は1991年、大学院修了と同時にNHKスペシャル「ファッションドリーム」の音楽でプロデビューを果たす。
 その後は、実写劇場作品「課長 島耕作」(1992)、「あした」(1995)、「あずみ」(2003)、「蝉しぐれ」(2005)、「日本沈没」(2006)、「レッドクリフ」(2008)、「聯合艦隊司令長官 山本五十六」(2011)、「魔女の宅急便」(2014)、「マンハント」(2017)、TVドラマ「君といた夏」(1994)、「沙粧妙子 最後の事件」(1995)、「あぐり」(1997)、「葵 徳川三代」(2000)、「義経」(2005)などの音楽で活躍。近年は映画音楽に軸足を置いて海外にも活動の場を広げている。
 アニメ作品は『H2』を皮切りに『みどりのマキバオー』(1996)、劇場『フランダースの犬』(1997)、劇場『明治剣客浪漫譚 維新志士への鎮魂歌』(1998)、劇場『MARCO 母をたずねて三千里』(1999)、劇場『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』(2011)、『翠星のガルガンティア』(2013)、『Blade & Soul』(2014)、『アルスラーン戦記』(2015)、『正解するカド』(2017)、『A.I.C.O. Incarnation』(2018)などを手がけている。実写劇場作品やTVドラマに比べると数は多くないが、聴きごたえのある作品ばかりである。
 『H2』は岩代太郎が職業作曲家としてデビューして4年目の作品である。だからこそ、作家の原点とも呼べる瑞々しい音楽を聴くことができるし、その瑞々しさがあだち充作品の世界と絶妙にマッチしている。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、キングレコードから2枚発売された。1995年6月に発売された「H2 オリジナル・サウンドトラック」と1996年3月に発売された「H2 オリジナル・サウンドトラック2」である。1枚目は比較的長めの曲を中心に全13曲を、2枚目は1分から2分ほどの短めの曲を中心に全24曲を収録している(いずれも歌曲を含む)。
 1枚目から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. 虹のグランドスラム(H2メインキャラヴァージョン)
  2. ALL OF YOUNGSTAR
  3. HIGH SCHOOL MORNING
  4. BASSBALL HERO
  5. HIGH SCHOOL WINDS
  6. HIGH SCHOOL ROAD
  7. ゆるやかな虹のように(歌:西脇唯)
  8. A PASSAGE TO BASEBALL
  9. HIGH SCHOOL MELODY
  10. THE CROSSING
  11. YOUTHFUL ZONE
  12. FAR AND AWAY
  13. 「二人」に帰ろう(歌:西脇唯)

 1曲目は久保田利伸が歌う前期主題歌をアニメのメインキャラを演じる声優4人が歌ったバージョン。オリジナル歌唱版が収録されなかったのは歌手の所属レーベルが異なるためだろう。久保田利伸の歌うオリジナル版はソニーミュージックからシングルCDで発売された。作詞・作曲ともに久保田利伸が担当。自身も野球部に所属していたという久保田の感性が生かされた、いい歌である。メインキャラ歌唱バージョンはオリジナル版とはカラオケが異なり、オリジナル版のファンキーなテイストが薄れた代わりにロック色が強くなっている。このバージョンは最終回のラストシーンに使用された。
 13曲目はシンガーソングライターの西脇唯が歌う前期エンディング主題歌。これがまた、番組を観ていたファンには忘れられない超絶な名曲。サビを聴くだけでアニメの映像と当時の気分がフラッシュバックする人もいるだろう。やはり、あだち充アニメには名曲が多いのだ。7曲目は、エンディング主題歌シングルのカップリング曲として発売された挿入歌である。
 残る10曲がBGM。2分から4分を超える長い曲ばかりが集められている。音楽アルバムとして聴ける充実した内容だ。
 トラック2「ALL OF YOUNGSTAR」は第1話の冒頭場面に流れた曲。医者から肘の故障を告げられた比呂が中学卒業を機に野球をあきらめようと川原でグラブを焼く場面だ。そこに春華が現れ、ふたりの出逢いとなる。ハープのアルペジオと弦のアンサンブルでじんわりと始まり、サックスの主旋律が現れる。スローバラード風の叙情的なメロディだ。ドラムが控えめにリズムを刻み始め、弦とサックスの合奏へ。物語の始まりを告げる、爽やかでちょっとノスタルジックな胸に沁みる曲だ。
 本作の音楽の特徴がすでに現れている。それはサックスの音色。『H2』ではサックスがメロディを受け持つ曲が多く、その艶やかな音色が音楽全体の基調音になっている。高校生たちの青春を描くアニメにサックスというのは、あまりない組み合わせではないだろうか。ふつうならエレキギターとか、トランペット、トロンボーンなどの金管を持ってくると思う。サックスは高校生よりももっと大人びたイメージだ。
 しかし、サックスの音色は青春時代の屈折や大人になりかけた少年少女の心の機微を表現するのに予想外にぴったりくる。絶妙の音楽設計である。映像を彩るサックスの音のおかげで、『H2』はちょっと大人になった視点から青春時代を思い出すような、独特の空気感を持った作品になったのではないだろうか。
 トラック3「HIGH SCHOOL MORNING」はピアノと弦でじわっと始まる日常曲。「じわっと」、もしくは「じんわりと」始まる曲が多いのも本作の音楽の特徴。頭からぐいぐい出る曲がほとんどない。非常にやさしい感触の音楽になっている。
 メインのメロディを受け持つのはケーナ(だと思う)。これも意表をついた組み合わせだが、聴いていると高校のグランドの上に広がる青空が見えてくるような気分になる。ケーナの素朴な音色が大地と空を感じさせるのだ。やさしく穏やかな曲である。比呂たちの日常シーンなどに使用された。
 トラック4「BASSBALL HERO」は軽快なリズムから始まるアクティブな曲。ギターのカッティングとドラム、ベースのリズム。そこに上下する弦のフレーズが乗って緊迫感を演出。40秒を過ぎて、サックスのフェイク気味のメロディが加わる。試合場面によく流れた躍動感のある曲だ。サックスの音色も手伝って、ちょっとおしゃれな雰囲気になっているのが特徴。90年代のアニメらしいテイストである。
 川面に光がきらめくような美しいイントロで始まるトラック5「HIGH SCHOOL WINDS」は、タイトルどおり、爽やかな風を感じさせる曲。主旋律を受け持つのはアコースティックギター。これぞ青春アニメといいたくなるサウンドである。流れるようなピアノと弦の上で奏でられる解放感のあるギターのメロディ、その合間に入ってくる高音のケーナの音色の組み合わせが心地よい。第1話で高校に入学した比呂たち4人の姿を紹介するモンタージュの場面に流れたほか、比呂たちの野球への想いを描く場面などに使われた印象深い曲である。
 次の「HIGH SCHOOL ROAD」はクラシカルな弦合奏から始まる感動曲。なんと美しい旋律。ストリングスが奏でる心洗われるメロディに陶然となる。岩代太郎の生みだす叙情的なメロディの魅力が生かされたナンバーだ。この方向性の音楽の名作が『フランダースの犬』。未聴の方はそちらのサントラもぜひ聴いていただきたい。曲はたっぷり1分近く弦合奏を聴かせたあと、サックスのメロウな旋律に受け継がれる。ここでもまたサックスなのだ。2分を過ぎて、ふたたび弦合奏に戻り、Aパートと同じ旋律が繰り返されて終わる。制服姿の英雄とひかりが並んで下校する場面など、青春時代の記憶を刺激する甘酸っぱいシーンに流れていた。
 トラック8「A PASSAGE TO BASEBALL」は2部構成。最初のパートはちょっと沈んだ気分を表現する弦とキーボード主体の曲。途中からサックスも加わり、ややメランコリックなトーンで青春時代の苦悩を奏でる。肘の故障のため野球への夢を断たれた比呂の気持ちを描いたような曲だ。2分を過ぎて曲調が一転し、軽快なリズムに乗せてフリー演奏風のサックスが湧き上がる想いを表現する。このパートは肘の故障が誤診と知り、ふたたび野球ができることを知った比呂のよろこびを表現しているようだ。
 トラック9「HIGH SCHOOL MELODY」はアコースティックギターとサックスによるリリカルで美しいバラード曲。メロウでおしゃれで、ヨーロッパの青春映画の音楽を聴くようだ。これが「高校のメロディ」だなんて、どんな高校生活なのだろう。しかし、ほかの曲でもたっぷりサックスが聴こえてくるので、いきなりこんな曲が流れても違和感がない。これも音楽設計のマジックである。
 弦のトリルが緊張感を表現する「THE CROSSING」は試合場面によく流れた曲。
 続く「YOUTHFUL ZONE」はアコースティックギター、ストリングス、サックスという編成で奏でられる、ややノスタルジックだけれど、けして後ろ向きではない想いを描写する曲。第1話で野球部のない千川高校に進学した比呂が、野球愛好会のマネージャーになっていた春華と思いがけなく再会する場面、第9話で、比呂と同様に野球への夢を断念しようとしてあきらめきれない柳が少年野球の練習風景をスケッチする場面など、迷いの中に希望が垣間見える場面に流れている。
 BGMパートの最後の曲「FAR AND AWAY」は締めくくりにふさわしい、希望を感じさせる曲。ミニマムなリズムとストリングスをバックに、サックスが比呂たちのはるかな夢を歌い上げる。これも海外の青春映画音楽を思わせるスケール豊かで爽やかな曲だ。本編では最終話の終盤、甲子園で戦う英雄を応援しに行ったひかりが、比呂に「おいで」と心の中で呼びかける場面から、地元で黙々と練習に励む比呂とそれを見守る春華の場面にまで流れている。比呂と英雄とひかりと春華、4人の夢とお互いの関係はこれからどうなっていくのか? このあと続く物語を想像させる名シーンに流れた大切な曲である。
 サウンドトラック1に収録されなかったコミカルな曲や明るく陽気な曲、試合シーンを彩る躍動的な曲、次回予告音楽などはサウンドトラック2で補完された。サウンドトラック2には後期主題歌2曲と主役4人が歌うキャラクターソングも収録されているので、ぜひ1枚目と合わせて聴いてもらいたい。

 80年代の『タッチ』では芹澤廣明が書いたオールディーズの香りがする音楽が、明るさとペーソスと滑稽さが入り混じった等身大の青春像を演出していてすばらしかった。およそ10年を経て作られた『H2』の音楽は、それに比べてぐっと叙情的で大人びた雰囲気だ。海外映画音楽のように洗練されていて、じんわりと胸に沁みる。
 その叙情性こそ、岩代太郎の音楽の核をなす要素のひとつだと思う。先に紹介した本「映画音楽太郎主義 サウンドトラックの舞台ウラ」の中で岩代は「僕が自分の音楽の中で最も失いたくないと意識しているのは叙情性だ」と語っている。どんな壮大な音楽、スリリングな音楽を書いても、岩代太郎は心の琴線にそっと触れるような叙情性を潜ませてくる。『H2』には岩代太郎の音楽の源流が流れているのである。

H2 オリジナル・サウンドトラック
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映画音楽太郎主義 サウンドトラックの舞台ウラ
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