COLUMN

第116回 ほんわかしっとり 〜かんなぎ〜 

 腹巻猫です。10月9日(月)19時より阿佐ヶ谷ロフトで「川井憲次トークライブ」を開催します。これまでインタビュー等であまり語られていない川井さんの少年時代の音楽体験や『機動警察パトレイバー』以前の初期作品の話、川井さん自身の思い出の作品や音楽制作の舞台裏などをうかがう予定です。最新作「ウルトラマンジード」「仮面ライダービルド」の話も。ぜひご来場ください!

http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/73759


 この夏の劇場アニメでは岩井俊二監督の実写作品をベースにした新房昭之総監督の『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』も見応えがあった。オリジナル実写版の音楽は『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を手がけたREMEDIOS。アニメ版は『化物語』を始めとする「物語」シリーズで新房監督と組んだ神前暁が担当している。
 今回はその神前暁作品の話。

 神前暁(こうさき・さとる)は1974年生まれ、大阪府出身。保育園に通っていた頃にヤマハ音楽教室でピアノを弾き始め、中学・高校時代は吹奏楽部で活動(楽器はトランペット)。少年時代は80年代のアイドルポップスやフュージョン系の音楽を好んで聴いていたとインタビューで語っている。アニメ音楽も自然に聴いていた。印象に残る作品に『ニルスのふしぎな旅』(1980)、『スプーンおばさん』(1983)、『トップをねらえ! GunBuster』(1988)など、最近筆者のまわりで話題になることが多い80年代ビクター作品のタイトルを挙げているのが興味深い。
 大学は京都大学工学部に進学。大学内のサークル・吉田音楽製作所で楽曲制作やバンド活動に精を出し、音楽にのめりこんでいった。
 大学卒業後、ゲーム制作会社のナムコ(現・バンダイナムコスタジオ)に入社。ゲーム音楽制作の現場で鍛えられ、実践的な経験を積んだ。2005年にナムコを退社後、音楽制作集団MONACAに参加。神前暁の名で本格的に活動を開始した。
 そして手がけた初のTVアニメ作品『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006)が大ヒット。神前が作曲したBGMと挿入歌も注目を集めた。次に手がけた『らき☆すた』(2007)では主題歌・BGMと劇中歌のほとんどを手がけ、ポップで耳に残る音作りで一躍アニメファンに知られるようになった。
 その後は『かんなぎ』(2008)、『化物語』(2009)、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(2010)、『STAR DRIVER 輝きのタクト』(2010/MONACAと共同)、『偽物語』(2012)、『〈物語〉シリーズ セカンドシーズン』(2013)、『Wake Up, Girls!』(2014/MONACAと共同)、『傷物語』(2016)、『暦物語』(2016)などの音楽で活躍。主題歌・挿入歌のみを提供した作品も多い。
 神前暁といえば、『らき☆すた』のオープニング主題歌「もってけ!セーラーふく」に代表される歌ものの印象が圧倒的だ。しかし、ナムコ時代は歌ものは数えるほどしか作っておらず、けして歌ものが得意なわけではなかった。それどころか、作曲・編曲の専門的な教育を受けたことはなくて、ほとんどが独学だというから驚く。これはもう天性のセンスというほかないだろう。
 『化物語』では作・編曲を手がけた5曲の主題歌が出色でアニソンファンを唸らせた。緻密に作り込んだBGMの完成度も高く、神前の初期のアニメ音楽の完成形と呼べる。『化物語』の歌とBGMはCD「化物語 音楽全集Songs&Soundtracks」にまとめられているので、ぜひお聴きいただきたい。
 今回はその『化物語』を紹介しようかと迷ったのだが、あえてはずして、2008年に放映された『かんなぎ』を紹介したい。

 『かんなぎ』は武梨えりの同名マンガを原作にしたTVアニメ作品。『らき☆すた』の監督を4話まで務めた山本寛が監督し、神前暁と再びコンビを組んだ。アニメーション制作はA-1 Picturesが担当している。
 高校1年生の美術部員・御厨仁が彫り上げた木の精霊像の中から現れた少女ナギ。彼女はこの土地と人々を古くから見守る産土神(うぶすながみ)で、土地に現れて災厄を招くケガレを退治する力があるという。ナギのケガレ退治を手伝った仁は、ひとり暮らしをしていた家で彼女と共同生活を始めることになる。
 少年と少女がコンビを組んだ悪霊退治もの……かと思いきや、ケガレ退治には大して重きは置かれず、ナギを中心とした学園ドタバタラブコメの展開になるのが楽しい(どちらかというと『うる星やつら』みたい)。
 高飛車だったり奥ゆかしかったり、ころころ性格が変わる(ように見える)天然少女ナギ、そのナギに振り回される仁、仁を慕う幼なじみの少女つぐみ、なにかとナギに対抗心を燃やすナギの妹ざんげちゃん、クセのある同級生や美術部の先輩など、個性的なキャラクターが繰り広げる、ドタバタあり恋のさや当てありのにぎやかな日常描写が見どころだ。
 神前暁の音楽も明るく、楽しい曲が多い。山本監督からの注文は「80年代ドラマのノリで」。それを受けて80年代風に作られたサウンドは、どこか懐かしく、ちょっと浮世離れした雰囲気がただよう。その中で、ナギの神秘性を描写するファンタジックな音楽やキャラクターの心情を表現する繊細な心情曲が鮮烈な印象を残す。キャッチーなメロディを抜群のセンスとアイデアで聴かせる神前暁の持ち味が発揮された快作である。
 サウンドトラックは当初、DVDの特典CDの形でリリースされた。2012年に特典CDに未収録の曲を含む2枚組CD「『かんなぎ』 なぎおと+なぎうた 完全盤」がアニプレックスからリリースされ、すべての音楽が手軽に聴けるようになった。
 トラック数が多いので収録曲は下記を参照されたい。

https://www.amazon.co.jp/dp/B007BRSKMU/

 完全収録を謳った「完全盤」だが、劇中では一部の楽器を抜いた別バージョンが使用されていることがあり、本編で流れた楽曲がすべて収録されているわけではない。
 1曲目は「かみのき」。第1話のアバンタイトル、子ども時代の仁が神社で初めて“神様”と出会う場面に流れる曲だ。ピアノと弦の神秘的な導入部に続いてピアノが穏やかなメロディを奏で始める。木を鳴らすようなパーカッションの音と太鼓の音が日本古来の神様のイメージを表現している。ナギの神秘的な側面を象徴する曲である。
 2曲目「はじまり」は放映前に公開されたPV(トレーラー映像)に使用された曲。アコースティックギターのカッティングをバックにシンセが和風のフレーズをくり返す。リズムやストリングスが加わり、爽やかで躍動的な音楽に展開していく。夜明けの風景にしだいに光があふれ、世界が目覚めてさまざまな音が聞こえてくるようなイメージ。物語の始まりにふさわしい曲だ。本編では第2話で朝を迎えたナギと仁の場面に流れたのが初出。第3話で仁が美術部でひとときを過ごす場面などにも使用されている。
 3曲目の「こもれび」はアコースティックギターをバックにフルートが歌う軽快な日常曲。第1話で仁が徹夜で彫り上げた精霊像を持って家を出る場面に流れた。高校生・仁の学園生活を描写する曲だ。
 4曲目からはユーモラスな曲が続く。ナギのエキセントリックな言動を描写するピアノとパーカッションによる「わらわは」、ストリートオルガンとパーカッションのアンサンブルがフランス映画音楽みたいで小粋な「ひだまり」、シンセのとぼけた音色が笑いを誘う「ぐだぐだ」、テナーサックスが仁のピンク色の妄想を描写する「ぼんのう」など、聴くだけで本編のコミカルなシーンが目に浮かぶ。
 9曲目の「まじかる」は第1話でナギがスティックを手にして魔女少女っぽくポーズを取る場面に流れた魔法少女アニメ風の曲。本編では頭の数秒しか使われていないが、サントラではフルサイズ聴くことができる。
 12曲目「けがれだ」と13曲目「おんねん」は神木が伐り倒されたために活性化したケガレをイメージした曲。和のサウンドを取り入れたサスペンス音楽である。『化物語』の音楽に通じる雰囲気がある。
 アコーディオンのメロディがノスタルジックな「ゆうぐれ」は第2話のラストシーン、傷ついたナギを仁がおぶって帰る場面に流れたリリカルな曲。劇中ではハープのアルペジオのパートだけが使用された。ナギと仁の心のふれあいを表わす心温まる曲である。
 次の「いっしょに」はフルートがやさしいメロディを奏でる心情曲。第3話でナギと仁の関係を気にかけるつぐみの気持ちを表わす曲として使用され、ちょっと切ない場面を彩った。
 ほかに1枚目で印象深い曲といえば、はねたリズムにアコースティックギターの軽やかなメロディが乗る18曲目「おちゃのま」。第4話でざんげちゃんが仁の家に突然押しかけてきて同居を宣言するシーンや第6話でナギとつぐみが街で買いものをするシーンなどに使われている。
 チェンバロがフィーチャーされたバロック音楽風の24曲目「おほほほ」も一度聴いたら忘れられない曲。ざんげちゃんの小悪魔的なキャラクターを描写する曲だ。
 ピアノをメインにしたシンプルな編成の27曲目「はつこい」もいい。第6話でメイド喫茶でバイトしている現場を仁に目撃されたナギが仁に胸の内を語る場面や第9話でつぐみが仁への気持ちを意識する場面に流れて、少女の揺れる心を表現した。しみじみと胸に沁みる曲である。
 1枚目のラストには、オープニング&エンディング主題歌の歌入りとインスト・バージョン(カラオケ)がまとめて収録されている。2曲とも作詞は山本寛監督(辛矢凡名義)、作・編曲は神前暁、歌はナギ役の戸松遥が担当している。
 オープニングはキラキラした曲調の80年代アイドルポップス風。エンディングは古謡のような雰囲気の素朴で神秘的な曲。対照的な曲調で『かんなぎ』という作品のふたつの面が巧みに表現されている。この「作品への寄り添い具合」が本作の音楽の大きな魅力だ。
 CD2枚目の前半には第10話で使用された劇中歌を収録。ナギと美術部員たちがカラオケをする場面に使用されたオリジナル曲である。本編で使われたちょっとヘタなTVバージョンと声優さんが真剣に歌ったアルバムバージョン、カラオケの3種類を収録。こういうマニアックなこだわりがうれしい。
 続いて収録されている「きゅーてぃー」「ひっさつ」「かみかい」の3曲は、劇中のTVアニメ『ロリッ子キューティー』のBGMとして作られた曲。第7話のエンディングでたっぷり聴くことができる。このあたりは、劇中の自主映画の音楽や学園祭ライブの曲をオリジナルで作った『涼宮ハルヒの憂鬱』を思わせる音楽演出だ。
 次の曲から雰囲気が変わり、物語終盤の展開で使われた重要曲が続く構成となる。
 31曲目の「こうりん」はタイトル通り神様の降臨を表す曲。幻想的なシンセのサウンドの中から端正なピアノの旋律が聞こえてきて、深い森に迷い込んだような気分になる。第8話でナギの別人格が現れる場面に使用された。
 32曲の「ははなる」は、「はじまり」のメロディのピアノによる変奏曲。最終話でナギが仁との日々をふり返る場面などに流れ、ナギの心情をしっとりとした曲調で表現している。
 神様として自信が持てなくなったナギの心細さをヴァイオリンの愁いのある響きが描写するエンディング主題歌アレンジ「むすひの」、第12話で仁が家出したナギを心配する場面に流れた切ないピアノ曲「ふあんな」、雨の中でナギを探し回る仁の哀しみが伝わる「ひとり…」。明るい曲が多い1枚目とはうって変わって哀感を帯びた曲が並ぶ。
 ストリングスの美しい前奏から始まる40曲目「そうだよ」は最終話でつぐみが自分の恋心を隠して仁にナギを探しに行かせる感動的な場面に流れた曲。「そうだよ」という曲名に迷いが晴れた仁の心情が簡潔に表現されている。いいタイトルだ。
 次の41曲目「なのはな」は最終話でナギが昔見た菜の花畑を思い出す場面に流れたピアノ曲。音数の少ないシンプルな曲だが、生死を超えた人の思いを淡々と表現して深い余韻を残す。
 曲順は前後するが、最終話のクライマックス、仁がふたたびナギと一緒に暮らす決意をして一緒に家に帰る場面に流れたのが39曲目「ふたりは」。ピアノとストリングスによる美しいメロディで2人の心の絆を描写する、本作の音楽の中でもベストに数えたい感動的なナンバーである。
 アルバムのラストにはもう1曲「へんきゃく」と題した曲が収録されている。ストリングスと金管の合奏がしだいに盛り上がっていく熱い曲だ。これは未放映の第14話で仁たちが延滞したDVDを返すために嵐の中をレンタルショップに向う場面の曲。ギャグ回の曲だけどドラマティックな曲調はアルバムの最後にふさわしい。これも『かんなぎ』らしくてよいでしょう。
 本作の音楽制作はスケジュールがタイトで、神前は50曲余りを短期間で一気に書き上げたという。けれど、そんな苦心を感じさせないほど、どの曲も印象深く、聴いていて心地よい。コミカルな曲でもふざけすぎず、シリアスな曲でも深刻になりすぎない。そして、神前暁らしい心に残る旋律が星のように散りばめられている。『かんなぎ』のほんわかしっとりした世界にぴったりの音楽である。

 2017年7月、中断を挟みながら約12年間にわたって連載された原作漫画『かんなぎ』が完結した。コミックス最終巻の特装版にはアニメ版キャストによるドラマCDが付属。このCDには神前暁も戸松遥(ナギ)が歌う新曲の作曲で参加している。ぜひ同じスタッフ・キャストでTVアニメ完結編も制作してほしい。

「かんなぎ」 なぎおと+なぎうた 完全盤
Amazon

化物語 音楽全集Songs&Soundtracks
Amazon