COLUMN

第526回 巧くなるということ

 先週はアニメスタイル様よりお盆休みをいただいたのですが、自分の仕事にお盆休みはありませんでした。で、唐突に

遮二無二描く!
画が巧くなりたいならこれしかない!

と。これは自分がテレコム・アニメーションフィルム在籍中、大塚康生さんよりしょっちゅう聞かされた言葉です。以前よく周りの人たちから「板垣さんて”アニメ(業界で)の育ち”がいい方ですよね〜」と言われたりしました。確かに、だいぶ前にも説明したとおり、学生時代は小田部羊一先生、テレコム時代は大塚さん始め、友永和秀さん、田中敦子さんらに教わることができたという幸運! これで「そんなことぁありませんよぉ」と謙遜してたら、師匠方に失礼にあたると思うので、自慢に聞こえるのを覚悟の上「まぁ、そうかもしれませんね」と肯定するようにしています(現在進行形)。
 ただ俺にとっては、その「アニメの育ちのよさ」云々はコンプレックスでもあるんです。なぜなら、広く一般のアニメーター修行時期をいわゆる「動画1枚200円」の出来高制ではなく、社員制の固定給でいただいていたので、同期の友人たちからも「それでもアニメーターか」とか「卑怯者」だの、ま、冗談まじりにですが言われたりしました。つまり、こんな温室育ちでは「1日何十枚描いてギリギリ食える」くらい過酷な状況で鍛えられたであろう同年代のアニメーターに太刀打ちできるハズがない! と。テレコムの時はそればっかり考えていたのです。贅沢な話、テレコムを辞めて、出来高制のフリーになって背水の陣を敷かないと、自分は巧くなれないのではないか? と思ったりもしました。そんな時、大塚さんの「遮二無二描く」という言葉は、その後の板垣の道標になってくれて

巧くならないことを環境のせいにするんじゃない!
四の五の言う前にとにかく描くべし!

と。これは現在ウチ(ミルパンセ)の新人によく話してます! で、他にも大塚さんから聞いた「巧くなるには」の話……てとこでスミマセン、つづきは次回!