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第91回 1000年は夢〜1000年女王〜

 腹巻猫です。『かみちゅ!』『TIGER&BUNNY』『神撃のバハムート GENESIS』などのBGMを手がけた作曲家・池頼広さんのトークライブ、いよいよ来週末になりました! 音楽制作の苦心、スタッフとの思い出などを話していただきます。追加ゲストも予定しています!

池頼広トークライブ〜ベストアルバム発売記念!〜
10月22日(土)12:00開場/13:00開演
会場:阿佐ヶ谷ロフトA
チケット:前売り¥2,100/当日¥2,400
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/50010
※最新ベストアルバム2タイトルを会場で販売します。


 今回取り上げるのは『1000年女王』。1982年3月に公開された松本零士原作の劇場アニメだ。
 原作はサンケイ新聞に連載された同名マンガ作品。1981年4月から『銀河鉄道999』の後番組としてTVアニメ版『新竹取物語 1000年女王』が放送された。劇場版はTVアニメ版の終了より2週間ほど早く公開されている。TVアニメの総集編ではなく、完全新作による劇場用長編作品である。
 舞台は1999年。1000年周期で太陽をめぐる惑星ラーメタルが地球に接近し、地球の危機が予見される。その混乱を背景に、ラーメタルから1000年ごとに地球に派遣される1000年女王と地球の少年・雨森始との交流を描く物語。TVアニメ版と劇場版では基本的な物語は同じだが、一部の設定や筋立てが異なっている。アニメーション制作は東映動画(現・東映アニメーション)が担当した。
 TVアニメ版が雨森始の視点から描かれているのに対し、劇場版は1000年女王こと雪野弥生の視点を中心に描かれる。母星ラーメタルと地球、ふたつの星の運命のはざまで苦悩する弥生の心情がドラマの中心になり、TVアニメ版と比べて大人向けの印象の作品になった。あらためて観直すと、劇場のスクリーンに映えるロングを多用した画作り、地球の天変地異を描くエフェクト作画満載のスペクタクルシーン、金田伊功がメカニック作画監督を担当した宇宙戦シーン、潘恵子、戸田恵子、 麻上洋子、杉山佳寿子、増山江威子、武藤礼子、松島みのり、来宮良子、池田昌子らが一堂に会する声の出演陣など、見どころ聴きどころが多い作品である。

 聴きどころといえば、本作のセールスポイントのひとつになったのが音楽だった。音楽を担当したのは喜多郎。70年代からシンセサイザー奏者・作曲家として活躍し、現在も世界を舞台に活動している音楽家である。
 喜多郎は1953年、愛知県豊橋市生まれ。1978年にシンセサイザーによる初のソロアルバム「天界」を発表。翌1979年にソロアルバム「大地」「OASIS」をリリース。1980年にNHK特集「シルクロード」の音楽を担当して注目され、アルバム「シルクロード・絲綢之路」も大ヒットした。
 1982年の劇場アニメ『1000年女王』を皮切りに劇場作品・アニメのサウンドトラックも担当するようになる。この分野の代表作には、映画「喜多郎の十五少女漂流記」(1992)、「天と地」(1993)、「宋家の三姉妹」(1997/ランディ・ミラーと共作)、TVアニメ『獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇』(2003)などがある。
 1986年に発表したアルバム「天空」がアメリカで絶賛され、グラミー賞に初ノミネート。アメリカ国内だけで200万枚のセールスを記録した。以来、「古事記」「MANDARA」「空海の旅」などのアルバムを発表。2006年よりアメリカ・カリフォルニア州に移住し、アメリカを拠点に音楽活動を展開している。
 『1000年女王』は喜多郎が初めて手がけた劇場用音楽である。松本零士がアルバム「OASIS」のライナーノーツに寄稿した縁もあり、松本零士の希望でオファーされた。喜多郎自身も『銀河鉄道999』以来の松本零士ファンであったことから快諾。本作の音楽は喜多郎自身も気に入っているという。
 『1000年女王』は全編シンセサイザー主体の音楽を採用した先駆的な作品でもある。細野晴臣の『銀河鉄道の夜』が登場するのは1985年だし、久石譲の『風の谷のナウシカ』と『BIRTH』の公開はともに1986年。『1000年女王』はそれらに先駆けた、シンセサイザーによるアニメ音楽だった。
 喜多郎の音楽担当が決まったのは1981年7月。作曲は絵コンテをもとに行われ、1982年1月には音楽は完成していた。アフレコでも音楽を聴きながら録音が行われたというエピソードが残っている。
 音楽商品としては、ニール・セダカの娘デラ・セダカが歌った主題歌「星空のエンジェル・クイーン」が、劇場公開に先駆けて1982年2月5日に発売されている。サウンドトラック・アルバムは2月21日に発売。3月にはロスアンジェルス・シンフォニック・オーケストラが演奏するスコア盤「1000年女王組曲 Symphonic Suite Queen Millennia」が発売された。発売元はいずれもキャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)。ほかに2枚組ドラマ編LPも発売されており、キャニオンレコードがいかに本作に力を入れていたかがうかがえる。
 サウンドトラック・アルバムの収録曲は以下の通り。

  1. プロローグ〜スペース・クイーン
  2. 星雲
  3. 光の園
  4. まぼろし
  5. コズミックラブ(宇宙の愛)
  6. 自由への架橋
  7. プロメシュームの想い
  8. 未来への賛歌〜エピローグ

 LPでは4曲目までがA面、5曲目からB面になる。
 音楽はストーリーに沿った音楽メニューをもとに作曲されているが、アルバムは単独の音楽作品として聴けるように構成されている。制作された音楽の中から楽曲として完成度が高いものを選び、劇中の使用順にはこだわらずにまとめられた。喜多郎のソロアルバムとしての側面が強いアルバムである。

 1曲目は短いプロローグに続いてメインテーマが演奏される開幕の曲。「星空のエンジェル・クイーン」のメロディだ。M-22のMナンバーで作曲されたが、映画ではM-1後半として、長い導入部に続いて始まるタイトルバックに使用されている。バックでアルペジオを刻む高音の弦の音はインドのサントゥールという楽器。本作の音楽はすべてがシンセサイザーの音ではなく、部分的に生楽器の音もミックスして作られている。
 このメロディは1000年女王のテーマとして、劇中でも幾度か登場する。作品を観ていなくても、音楽は覚えていなくても、このメロディだけは記憶に残っているという人も多いのではないだろうか。80年代アニメソングの中でもトップに数えられる美しいメロディである。
 曲はメロディが終わったあと、静かにフェードアウトしていき、切れ目なく次の曲に続く。2曲目「星雲」の始まりである。
 楽曲と楽曲をクロスフェードして切れ目なしに収録するのは、喜多郎のソロアルバム「大地」「天界」でも見られた手法だ。アルバム全体をひとつの楽曲のように聴いてもらいたいという作家の意図の表れだろう。同時に、本作では、いつ始まり、いつ終わるとも知れない1000年女王のさだめを表現しているようでもある。
 「星雲」は本編では使用されていないアルバムだけのオリジナル曲。ホルン系の音色がゆったりとメロディを奏で、シンセによる泡立つような音や風のような音、鐘の音などが挿入される。タイトル通り、無限の星雲の中を旅しているような気分になる曲である。
 続く3曲目は「光の園」。シンセによる低音のリズムから始まり、リコーダー風の木管系の音がさびしげなメロディを演奏する。時折、流星をイメージしたようなシュワーッという音が右から左、左から右によぎる。M-23のナンバーで作曲され、本編の終盤、ラーメタルの指導者ラーレラの最期を描く場面に使用された。ラーメタル人の悲しいさだめをイメージさせる曲である。
 4曲目は「まぼろし」。ピアノとシンセのキラキラした音がリズムを刻み、クリスタルを思わせる透明感のある音が甘美なメロディを奏で始める。本作の音楽の中でも際立ってロマンティックな曲だ。中盤は木管系とストリングスの音で盛り上げる。M-4のナンバーで作曲され、物語序盤で弥生がラーメタルの恋人ファラの写真を見る場面に流れた。恋人の目覚めを1000年待ち続けた弥生の想いを表現する曲。その後の展開を思うと、「まぼろし」というタイトルが切ない。
 B面の開幕となる5曲目「コズミックラブ(宇宙の愛)」は本作の愛のテーマとも呼ぶべき曲。風の効果音の中から木管系のシンセの音が奏でる美しくももの悲しいメロディが浮かび上がってくる。MナンバーはM-6。惑星ラーメタルに1000年に一度の春が訪れ、冬眠していたラーメタル人が目を覚まし始める場面に使用された。
 切れ目なしに続く6曲目は「自由への架橋」。金管系のシンセの音が歌い上げる雄大で悲壮なメロディは、1000年女王の決意と地球人の運命の急転を表現している。M-25として作曲され、劇中では、1000年女王が指揮をとるノアの方舟=大空洞船が関東平野から離陸するシーンにM-17として使用された。『宇宙戦艦ヤマト』でいうならヤマト発進の曲に相当する聴きどころ。クライマックスへの展開を大いに盛り上げた1曲だ。
 続けて演奏される7曲目「プロメシュームへの想い」は、メインテーマの変奏曲。プロメシュームは1000年女王の本名である。木管系の音色が奏でるメロディにシンセ・ストリングス、ピアノ、きらめくようなシンセの音が絡み合う美しいアレンジ。M-24のナンバーで作曲され、始たちがラーメタル軍を迎撃する終盤の戦闘シーンに使用された。
 アルバムのラストを飾る8曲目「未来への賛歌〜エピローグ」は、オカリナ風のシンセの美しい導入部に続いて、木管系のシンセがノスタルジックなメロディを奏でる曲。バックのピアノとアコースティックギターが故郷への想いをいや増すようだ。M-26のナンバーで作曲され、実際はM-20として、惑星ラーメタルから巨大な宮殿船が発進する場面に使用されている。永遠の春を求めるラーメタル人の憧憬、未来への希望を表す曲とも受け取れる。
 シンセサイザーでしか生み出せない独特の音色を駆使したスペーシィで神秘的で美しい音楽。喜多郎の音楽性が生かされた作品だ。いっぽうで、劇場用音楽らしくない印象が残る不思議な作品である。
 戦いの場面に勇ましい音楽、危機の場面に緊迫感を盛り上げる音楽、といった劇場作品の定番的表現は、本作の音楽には見られない。どの曲も3分を超える長尺で作られているが、シーンの変化に合わせて曲調を変える、いわゆるフィルムスコアリング的な手法も取られていない。
 とりわけ印象に残るのは、地球の大災害を描くスペクタクルシーンや、ラーメタル軍対地球人との戦闘シーン。ふつうなら音楽で大いに盛り上げる場面だが、本作では悲しげでゆったりした曲が、静かに、淡々と流れ続ける。勇ましさよりも悲しみを強調したような音楽演出が印象的だ。
 これは、始たち地球人の気持ちに寄り添った音楽ではない。
 悠久の時を生きる1000年女王とラーメタル人の側に立った音楽なのである。

 本作は、アニメ音楽としても、喜多郎のアルバムとしても、ファンの多い作品だ。しかし、音楽の復刻は難航した。
 サントラは、1984年12月に発売されたCD「喜多郎 BEST SELECTION」に「プロローグ〜スペース・クイーン」と「未来への賛歌〜エピローグ」の2曲が収録されただけで、長らくCD化の機会に恵まれなかった。初のCD化は、2000年に日本コロムビアから発売された10枚組CD-BOX「松本零士音楽大全」の1枚。TVアニメ版の朝川朋之の音楽とのカップリングの形で、サウンドトラック・アルバム全曲が収録された。2005年に東映ビデオから発売されたTVアニメ版DVD-BOXには、このCDのマスターを使用した特典CDが同梱されているので、そちらでも同じ音源を聴くことができる。単独盤としてのCD復刻は国内では実現していない。
 主題歌「星空のエンジェル・クイーン」も長くCD化されなかったが、コンピレーション・アルバム「オアシス2」(2002)とデラ・セダカのベストアルバム「ガール・フレンド」(2004)に収録されて手軽に聴くことができるようになった。
 「1000年女王組曲 Symphonic Suite Queen Millennia」は現在も未CD化のままである。
 東映ビデオから発売されたレーザーディスクには、サントラ・アルバム未収録曲も含めた劇場用音楽が副音声に収録されているので、再生機をお持ちの方は入手して聴いてみるのも興味深いだろう。

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