COLUMN

第89回 シンセサイザーとの蜜月 〜The かぼちゃワイン〜

 腹巻猫です。「相棒コンサート —響—」で販売される池頼広ベストアルバム「Yoshihiro Ike Works 2006-2016」のお手伝いをしていました。このアルバム、既発のサントラに未収録のアニメ作品の曲も収録されているのです。コンサートに行かれる方は会場で購入することをお奨めします!

「相棒コンサート」についてはこちら
http://www.tv-asahi.co.jp/aibouconcert/

ベストアルバムについてはこちら
http://www.ike-yoshihiro.com/2016/09/08/


 今回紹介するのは1982年に放送されたTVアニメ『The かぼちゃワイン』の音楽集。三浦みつるの同名漫画を原作にしたアニメ作品だ(タイトルの正式表記は「The」と「かぼちゃワイン」の間にハートマークが入る)。アニメーション制作は東映動画(現・東映アニメーション)が担当。『長靴をはいた猫』(1969)の矢吹公郎がチーフディレクターを務めた。
 サンシャイン学園に転校してきた中学2年生の青葉春助と、春助と同級生になるエルこと朝丘夏美との出逢いから始まるラブコメディ。主役2人の声を担当した古川登志夫と横沢啓子の好演もあって、1982年7月から1984年8月まで、2年間全95話が放送される人気作となった。放送開始35周年を前にした今年、廉価版DVD-BOXが発売されている。
 本作の音楽を担当したのが、東海林修である。

 東海林修は1932年生まれ。少年時代からバンド活動を始める。音楽はほとんど独学で学んだ。大学在学中は米駐留軍の施設でジャズ・ピアニストとして演奏活動を行い、のちに平岡精二とクインテットに参加。平岡が所属していた渡辺プロダクションに招かれ、同プロダクションの若手歌手のレコードを手がけるようになる。中尾エミが歌った「可愛いベイビー」(1962)の編曲がレコードデビュー作品となった。宮川泰作曲、ザ・ピーナッツの歌でヒットした「ウナ・セラ・ディ東京」(1963)も東海林の編曲だ。60年代、東海林修は歌謡曲のアレンジャーとして活躍するいっぽう、「シャボン玉ホリデー」「世界の音楽」「ミュージックフェア」等の音楽番組の音楽も担当し、寝る時間もないほどの売れっ子作・編曲家として活動していた。
 あまりの多忙さに自らの才能が摩滅するのではないかと危機感を覚えた東海林は、1969年に渡米(1970年に渡米とするサイトもあるが、ライナーノーツの記載を採った)。ロサンゼルスのUCLAに2年間留学して最先端の音楽を学ぶ。
 帰国後は、独立したばかりの沢田研二の初ソロアルバムをロンドンで録音。1972年からNHK「ステージ101」の音楽監督を務めた。70年代は、沢田研二、野口五郎らのアルバム、ステージのための作・編曲を手がけ、トップ・サウンドメーカーとして活躍する。その洗練されたアレンジは「10年進んだ編曲」と呼ばれた。
 東海林修は1969年に渡米した折、いちはやくモーグシンセサイザーにも触れていた。1978年には自らのスタジオで生み出したシンセサイザー・レコード第1作「STAR WARS」を発表。以降、「Welcome to The S.F. World Vol.2」「シンセサイザーサウンド’78 ビー・ジーズ 幻想の世界」「闍多迦(じゃーたか)」「夜間飛行」など、シンセサイザーによるソロアルバムを次々と制作して音楽ファンの注目を集めた。
 東海林修とアニメ音楽との関わりは、1977年に放送されたTVアニメ『まんが偉人物語』からになる。この作品で東海林はかまやつひろしが歌った主題歌「つづけ青春たちよ」と「ありの大統領」の2曲を作・編曲。1978年に松本零士原作のラジオドラマ「ザ・コクピット」の音楽を担当したのち、1981年8月公開の劇場アニメ『さよなら銀河鉄道999』の音楽を手がける。翌1982年には劇場アニメ『コブラ』の音楽を担当。アニメファンにも一躍名を知られるようになった。ほかの映像音楽作品としては、映画「愛するあした」(1969)、TVドラマ「家族あわせ」(1974)、「いごこち満点」(1976)、OVA『幼獣都市』(1987)、『ブラック・ジャック』(1993)、オリジナルビデオ「ウルトラマンVS仮面ライダー」(1993)などがある。
 東海林修のアニメ作品といえば、『さよなら銀河鉄道999』と『コブラ』を第一に挙げる人が多いだろう。メジャータイトルのSF作品ということで、ネームバリューも抜群だ。
 だが、東海林修の持ち味が発揮された作品は、むしろ『The かぼちゃワイン』のほうだと思う。本作には、歌謡曲や「ステージ101」の仕事を通じて日本のポップス音楽に洗練されたサウンドを提供し続けてきた東海林修の音楽性が横溢している。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「The かぼちゃワイン 音楽集」のタイトルで1982年9月21日に日本コロムビアから発売された。オリジナルBGMを収録した純然たるサウンドトラック・アルバムではなく、アルバム用にアレンジ・再演奏した楽曲を収録したものである。だが、本アルバムの楽曲ものちに劇中で使用されているので、サウンドトラックと呼んでも差し支えはない。2007年に〈ANIMEX 1200シリーズ〉の1枚としてCD化された。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 男子寮
  2. 真夏
  3. 愛のテーマ
  4. 学園祭前夜
  5. 星空
  6. Lはラブリー
  7. 追跡
  8. 思い出
  9. 放課後
  10. 友情
  11. 青葉春助 ザ・根性

 LPレコードでは6曲目までがA面になる。
 TV用に録音された100曲あまりのBGMの中から東海林修が選曲した楽曲で構成。原曲は生楽器のみで演奏された曲とシンセサイザーのみで演奏された曲が混在しているが、このアルバムでは、シンセサイザーにエレキギターとドラムスを加えた編成で新たに録音された。このシンセ+少数の生楽器という編成が80年代ポップスのサウンドっぽくて、今聴くとなんともむずかゆいような切ないような気分になる。でもそれが、学園ラブコメ作品『The かぼちゃワイン』にはぴったりだ。
 録音は24chマルチトラックテープで行われた。東海林修がスタジオで作りこんだ16トラック分のシンセサイザーの音に、生演奏によるドラムス5トラックとエレキギター2トラックをダビング。トラックダウンの際にもさまざまな加工を行っている。ライブなどでは再現できない、録音芸術ならではのサウンドである。
 1曲目の「男子寮」はシンセベースで男子学生の「おしゃべり」を表現した楽しいナンバー。コミカルな中に、男子寮にたむろする学生たちの暑苦しさや哀愁なども感じさせる躍動感満点の曲。
 2曲目「真夏」はサーフミュージックを思わせる爽やかでスピード感にあふれた曲。中間部から入ってくるファズを効かせたギターが60〜70年代的雰囲気をただよわせる。シンプルなメロディの繰り返しだが、聴いているとクセになる1曲。
 3曲目「愛のテーマ」はミディアムテンポのポップチューン。メロディを奏でるオルガン風のシンセとバッキングのシンセベース、エレキギター、ドラムスの組み合わせが味わい深い。よく聴くと前半にはオープニングテーマ「Lはラブリー」のメロディを崩したフレーズが、後半にはエンディングテーマ「青葉春助 ザ・根性」のメロディを崩したフレーズが現れる。エルのテーマと春助のテーマを合わせて「愛のテーマ」というなかなかうまいタイトルだ。
 4曲目は複数のBGMをメドレー形式で編曲したストーリー性のあるナンバー。シンセベースの上でキラキラした音色が弾む明るい導入部からリズムを強調した軽快なパートに展開、中間部はユーモラスな音色のシンセが奏でる「とほほ」といったイメージのパート、最後はラストシーンによく使われた楽しいエンディング曲で締めくくられる。本編の雰囲気を巧みに再現した構成だ。
 ロマンティックな「星空」をはさんで、6曲目の「Lはラブリー」はオープニングテーマのストレート・アレンジ。いちひさしの原曲アレンジをふまえながら、アナログシンセの音を生かした独自の魅力を持った楽曲に仕上がった。シンセサイザーで作り込んだ音を縦横に紡いで、3分あまりの曲を飽きずに聴かせる。ポップスのアレンジャーとして第一線で活躍してきた東海林修の持ち味が生かされたナンバーだ。
 B面1曲目となる「追跡」は「TVの劇伴をレコーディングした折り、スタジオ内外ともに好評だった」と東海林が語る1曲をアレンジしたナンバー。追跡といっても緊迫したチェイス曲ではなく、シンセベースのユーモラスなリズムに乗って、愛の追跡、恋のかけひきが描かれる曲。独立した楽曲として取り出しても楽しめる、本アルバムの聴きどころのひとつだ。
 8曲目の「海」は深いエコーをかけたエレキギターとソリーナ(ストリング・アンサンブル・シンセサイザー)がからみあって海の情景を描き出すフュージョン風の曲。特殊なエコー処理で生ドラムをテクノ風に聴かせるアイデアが面白い。
 9曲目「思い出」はもともとチェレスタのために作曲された曲。ここではパイプオルガンのフルート系の音色を伴奏に、シンセならではの透明感のあるサウンドでロマンティックなテーマを奏でている。「追跡」とは好対照な、これも聴きごたえのあるナンバーだ。
 放課後の解放感を表現する10曲目「放課後」に続き、友情をテーマにした11曲目「友情」。悲しい友情のテーマと暖かい友情のテーマをメドレーにして「曇りのち晴れ」のイメージを表現した曲だ。前半の悲しみのテーマがとりわけ胸に迫る。金属的なシンセのバッキングにエレキギターのメロディが絡む哀感の表現は、東海林修のクールでキレのあるアレンジが堪能できる聴きどころのひとつ。明るい音色に転じて友情を歌う後半との対比もいい。
 終曲となる「青葉春助 ザ・根性」はエンディングテーマのストレート・アレンジ。ややテンポを落として演奏される。歌メロ部分は懐かしいロックンロール風、間奏部分はブルースコードを取り入れてアドリブ風に展開。生のエレキギターとドラムスが効いている。ユーモラスな中に春助の男臭さと青春のほろ苦さを感じさせる好アレンジだ。
 オリジナル盤のライナーノーツによれば、本アルバムは東海林修の通産13枚目のソロアルバムになるそうである。その言葉どおり、アニメ音楽集というよりソロアルバムとして聴ける1枚だ。

 東海林が本アルバムの前に手がけたのが『さよなら銀河鉄道999』と『コブラ』。76人編成のオーケストラで演奏された『さよなら銀河鉄道999』は代表作と呼ぶにふさわしいスケールだし、ジェーン、ドミニク、キャサリンの3人の美女に与えられた悲劇的なテーマが胸を打つ『コブラ』の音楽もロマンティックで美しい。
 しかし、「The かぼちゃワイン 音楽集」にはその2作品にはない楽しさがある。2大SFスペクタクル劇場作品のあとにリラックスして取り組んだ東海林修が、全編にわたって楽しみながら作ったようすが伝わってくるのだ。「これがやりたかったんだよ」と言わんばかりのアイデアに富んだ音作りに耳を奪われる。
 東海林修のアニメ音楽アルバムの中では、この「The かぼちゃワイン 音楽集」と「さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー」の2枚が筆者は特に気に入っている。後者は劇場作品のサウンドトラックをリアレンジしてシンセサイザーで演奏したセルフ・カバー作品。映像に合わせたサウンドトラックも魅力的だが、アルバムとしてのまとまり、聴きやすさ、作家の音楽性の発露という点では、ソロアルバムとして作られたこの2枚がベストワークだと思うのだ。
 その「さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー」がヒットしたことから、日本コロムビアはアニメ音楽をシンセサイザーでカバーする「デジタル・トリップ」シリーズを立ち上げる。東海林修は同シリーズを支えるクリエイターとして活躍し、『機動戦士ガンガム』『六神合体ゴッドマーズ』『超時空要塞マクロス』『ウルトラQ』『海のトリトン』『キャッツアイ』『ルパン三世』『銀河漂流バイファム』など、全20タイトルをリリースした。アニメ音楽史をひも解く上で、記憶にとどめておきたいシリーズである。
 「The かぼちゃワイン 音楽集」が気になったら、ぜひ、「さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー」もセットで聴いていただきたい。80年代アニメ音楽とシンセサイザーとの蜜月が、この2枚には刻まれている。

The かぼちゃワイン 音楽集

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DIGITAL TRIP さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー

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