腹巻猫です。6月24日にColumbia Sound Treasure Seriesの第2弾「ルパン対ホームズ オリジナル・サウンドトラック」が日本コロムビアより発売されます。玉木宏樹が音楽を手がけた知る人ぞ知るアニメ・サントラ名盤。1981年の発売以来復刻されたことがなく、長らくCD化が待ち望まれていた1枚です。充実解説つきのリリースということで筆者も楽しみにしてます。
玉木宏樹は1945年生まれ、兵庫県出身の作曲家。東京藝術大学音楽部器楽科(ヴァイオリン専攻)卒業後、作曲家・指揮者の山本直純に入門して作曲と指揮を学んだ。同時期に山本直純門下で学んだ作曲家に『母をたずねて三千里』の坂田晃一がいる(坂田のほうが1年先輩)。
山本直純のアシスタントを経て独立した玉木は日活制作の劇場用映画やTV番組、CM音楽などを数多く手がけた。TV番組ではアニメ『アニマル1』(1968)、ドラマ「怪奇大作戦」(1968)、「走れ!ケー100」(1973)、NHK朝の連続テレビ小説「おていちゃん」(1978)、時代劇「大江戸捜査網」(1970-1984)等の音楽を担当している。いっぽうで、自身のリーダーアルバムとして、プログレッシブ・ロックに挑んだ「TIME PARADOX(タイム・パラドックス)」(1975)やオーケストラとシンセサイザーを共演させた「雲井時鳥国(くもいのほととぎすのくに)」(1979)といった先鋭的な作品を発表し、音楽ファンから注目された。後年は純正律音楽の普及に力を入れ、純正律音楽研究会の代表を務めたり、純正律音楽のコンサート、セミナーを開催していたりしていたが、2012年1月、惜しくも68歳で逝去した。
10年以上も続いた『大江戸捜査網』は音楽の質・量の面からも知名度の面からも、玉木宏樹の代表作のひとつだろう。変拍子を使ったテーマ曲は時代劇の音楽とは思えないカッコよさで、時代劇ファンのみならず、広くサントラファン、音楽ファンにも愛されている。5月18日にはファンの悲願が実って、劇場作品「隠密同心 大江戸捜査網」(1979)のサウンドトラック盤がソニーミュージックのオーダーメイドファクトリーから初CD化された。6月には「ルパン対ホームズ オリジナル・サウンドトラック」も復刻されるし、玉木ファンにはうれしい再評価の年になりそうである。
今回取り上げるのは「大江戸捜査網」と並ぶ玉木宏樹の代表作「怪奇大作戦」。「ウルトラセブン」の後番組として1968年9月から半年間にわたって放送された円谷プロ制作の特撮TVドラマだ。ちょうどTOKYO-MXでは「怪奇大作戦」を放映中だし、筆者にとっても思い入れの深い作品である。
主役は科学捜査を専門とするチームS.R.I.(科学捜査研究所)のメンバー。なかでも科学者・牧史郎を演じた岸田森の存在感が際立っていた。怪奇な事件を科学の力で捜査し、解決に導くミリテリードラマだが、円谷プロ作品だけに理詰めの謎解きに終わらない、SFとホラーとミステリーが混然となった独特の雰囲気を持つドラマになっている。
『怪奇大作戦』は玉木宏樹が山本直純のもとから独立する直前に手がけた作品。いわば一本立ちデビュー最初期の作品だ。クレジットも「音楽監督・山本直純 音楽・玉木宏樹」の表記になっている。主題歌・副主題歌は山本直純の作曲。劇中音楽(BGM)を玉木が担当している。
本作のBGMは1986年にキングレコードから発売されたLP「SF特撮TV音楽全集3 怪奇大作戦/ウルトラセブン The Final Cut」で初めて商品化された。このときはBGMのマスターテープのほとんどが行方不明で、主にMEテープ(本編ダビング用にSEと音楽をミックスした素材)から収録されている。その後、テープの一部が発見され、1992年にコロムビアから発売された通称「円谷15枚組」のCDセット「TSUBURAYA PRODUCTION HISTORY OF MUSIC」にオリジナルBGMがまとめて収録された。
決定版と言えるのは1996年にバップからリリースされた「怪奇大作戦 ミュージックファイル」である。発見されたマスターテープから本編使用分の全曲と一部未使用曲、MEテープからの抜粋曲が収録された。このCD自体はすでに廃盤だが、2007年に『怪奇大作戦 セカンドファイル』が制作・放送された際に、『セカンドファイル』のサントラとの2枚組でまるごと復刻されている。また、2012年発売の「怪奇大作戦 DVD-BOX 下巻」の特典CDとしても同梱されているので、現在も入手することができる。
収録曲は以下のとおり。
- メインタイトル
- 闇からの挑戦
- S.R.I.
- 科学犯罪
- 科学捜査
- 恐怖の町(TVサイズ・ヴァージョン1)
- SRIの週末
- メインタイトル・別ヴァージョン(「恐怖の町」アレンジBGM)
- 人喰い蛾
- 傷心の街(「恐怖の町」アレンジBGM)
- 白い顔
- 青い血の女
- 大都会の雑踏
- 忍び寄る恐怖
- アイキャッチ・スペシャル1
- アイキャッチ・スペシャル2(「恐怖の町」アレンジBGM)
- 死神の子守唄
- 幻想の迷宮
- SRIの危機
- 錯綜の果てに
- 虚空に消える勝利(「恐怖の町」アレンジBGM)
- 恐怖の街(TVサイズ・ヴァージョン2)
- M.E.テープ抜粋
- 暗闇からの叫び
「円谷15枚組」の構成をベースに大幅に収録曲を増補した内容。1トラックに複数のBGMをまとめるスタイルで構成されている。
先述したように、「怪奇大作戦」の音楽マスターは一部が行方不明になっており、本アルバムも完全版ではない。が、限られた現存曲を聴くだけでも『怪奇大作戦』の独特の雰囲気を味わうことができる。
1トラック目の「メインタイトル」はオープニングタイトルやサブタイトルに使用された曲。「怪奇大作戦」を象徴する楽曲だ。ステレオ収録されており、本編では右チャンネルだけが使用された。後年のリメイク作品でも本曲のリアレンジ版がタイトルに使用されている。
トラック2の「闇からの挑戦」は「怪奇大作戦」の世界への導入部となるブロック。怪しいミステリーブリッジ、恐怖感をあおるサスペンス曲が続く。第1話「壁抜け男」の冒頭シーンを音で再現したトラックだ。最後にメインタイトル曲がふたたび、今度は放送と同じ右チャンネルのみのモノラルで登場する。番組のファンなら「おお、これこれ!」とひざを叩きたくなるところだ。
本作の音楽は5秒〜10秒程度の短いブリッジ曲が非常に多いのだが、それを「ブリッジ・コレクション」といった形でまとめるのではなく、ストーリー仕立てでうまく組み込んでいる。よく考えられた構成である。
トラック3の「S.R.I.」は主役であるSRIを紹介するブロック。1曲目はバイオリン、フルート、チェンバロなどが奏でる平和ムードの曲。玉木が後年手がけた純正律音楽の楽曲をほうふつさせる美しい曲である。続いて本編でおなじみの「研究のテーマ リズムの速い方」。ジャジーなリズムにアルトフルートのミステリアスな旋律が重なる。「怪奇大作戦」を代表するメロディのひとつだ。3曲目は犯人追跡シーンなどに多用された「追っかけ No.1」。ここでもフルート、ギター、ビブラフォンなどのジャジーなアンサンブルが聴ける。
トラック4の「科学犯罪」はタイトルどおり、怪事件発生シーンに使用されたミステリー曲を集めたブロック。本作の事件系楽曲は番組コンセプトに則ってホラー風味のサスペンス調に仕上げられている。『ゲゲゲの鬼太郎』(1968)の音楽にも使われた京琴や口琴、ミュージカル・ソーなどの特殊楽器が多用されているのが特徴だ。シンセサイザーが使えない時代ならではの工夫だが、玉木宏樹は効果音的な不気味描写の音楽ではなく、実験音楽のような緻密な構造を持ったサウンドに仕上げようとしている(ように聴こえる)。「ただのこけおどしの音楽には終わらせないぞ!」という作曲家魂を感じるのだ。
トラック5の「科学捜査」はトラック4と対をなすSRI側の活躍を描写するブロック。ファゴットとヴィブラフォン、ミュージカル・ソーなどによる「予感のテーマ」、ファゴットとフレンチホルン、ティンパニが絡む「回想」、そして不可解な謎に挑戦する岸田森の表情がよみがえる「研究のテーマ」。実験音楽風の怪事件の音楽とジャズ・テイストのSRI側の音楽が好対照をなしている。
主題歌「恐怖の町」のTVサイズはボーカルのテイクが異なる2バージョンを収録。本編ではエンディングに流れている。決まったタイトルバックはなく、本編のエピローグ映像に主題歌がかぶさり、クレジットが表示されるフォーマットだった。そのため、エピソードによって尺合わせのために微妙に回転数を変えてダビングされているようである。
筆者のお気に入りはハーモニカ(ブルースハープ)による主題歌アレンジ曲「傷心の街」。哀愁ただようスローバラードにアレンジされている。本編では犯罪の犠牲となった人の死を悼む場面などに使用された。独立した楽曲としてじっくり味わいたい名曲である。
ほかにも、トランペットのけだるいソロが印象深い「スリラーNo.1 トランペット スロー」(トラック12「青い血の女」に収録)や同曲のハードボイルド映画音楽風の変奏曲(トラック13「大都会の雑踏」に収録)、傑作エピソードを印象づけた挿入歌「死神の子守唄」のアレンジ曲(トラック17「死神の子守唄」に収録)など、使用頻度は少ないながらしっかり耳に残る曲がある。
アシスタント期間を経ていよいよ世に出ようとしていた青年・玉木宏樹が「すぐ忘れられるような音楽にはしないぞ!」と創作意欲を燃やしていた姿が目に浮かぶようだ。
玉木宏樹は反骨の人である。権威や常識に追従せず、人と同じことはしないで自分の道を貫こうという気概が音楽からもにじみ出ている。時代劇にモダンなリズムを持ち込んだ『大江戸捜査網』のテーマ曲にも、オリジナル作品「TIME PARADOX」や「雲井時鳥国」にも、自身が得意なバイオリンをフィーチャーしたヨーロピアン・ジャズの『ルパン対ホームズ』にも、また、玉木が遺した著書「音の後進国日本」(文化創作出版)などにも、その反骨精神が横溢している。もちろん「怪奇大作戦」の音楽にも。
円谷プロが「ウルトラセブン」の後に送り出した「怪奇大作戦」は、新たな特撮ドラマを生み出そうという挑戦と試行錯誤から生まれた革新的なドラマだった。玉木宏樹の実験精神に富んだスコアは、そのドラマの精神にぴったりだったのだ。「怪奇大作戦」の音楽が今でも人を惹きつけるのはそれゆえではないか……という気がする。
「怪奇大作戦」の音楽には、第8話から使用され始めた追加楽曲があるはずだが、そのテープは発見されていない。アルバムの末尾には、未発見の印象的な楽曲がMEテープから採録されている。
未発見曲の発掘が待望されるのはもちろんだが、発見ずみのテープの中にも、本編未使用曲やカラオケをはじめとする歌曲関連の音源がまだCD化されないで残っている。そして、2013年に放送された「怪奇大作戦 ミステリーファイル」では、劇場作品「電人ザボーガー」や「ウルトラゾーン」で昭和特撮音楽をみごとに再現した福田裕彦による「怪奇大作戦」BGMの新録音が試みられている。それらの音楽をまとめて商品化することもそろそろ考えてよいのではないだろうか。それほど、「怪奇大作戦」の音楽世界は尽きせぬ魅力を持っているのだ。
ところで筆者は玉木宏樹のTwitterアカウントをフォローしていたのだが、玉木氏が亡くなったあとに本人(!?)からTwitterに投稿があったのには驚いた。曰く、
「私は1月8日午後7時40分肝不全にて永眠いたしました。この世でのおつきあい、皆様ありがとうございました。あの世からつぶやいています。」(@tamakihiroki:2012年1月12日のつぶやき)
これこそ『怪奇大作戦』の世界! 玉木宏樹らしい、いたずら心にあふれた別れの挨拶だ。もちろん、ご家族かスタッフによるものだろうが……。いや無粋な推測はやめよう。玉木のTwitterアカウントからは今でも本人のメッセージがつぶやかれている。
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