COLUMN

第109回 ネットワークについての教え

 『この世界の片隅に』のような作品に携わっていると、
 「一般向けなんですね」
 といわれることが多い。主に業界インサイダーの方から。
 この場合の「一般」という言葉は、「普通の大人の観客たち」を指すこともあれば、「親が小学生くらいの子どもを連れて」というイメージであることもある。往々にして後者のほうに流れがち、という感じがする。
 けれど、後者いわゆるファミリー層は、いきなり新規な作品に向かわない総体的には保守的な志向性を持つものなのであり、なのでまずはきちんと大人に向けてアピールすべきと考えて作った『マイマイ新子と千年の魔法』で、公開初期に「夕方以降の時間帯の上映が設定されていない」「自分たちの手でレイトショーを実現」ということに至ってしまったのも、このあたりの「一般層」への解釈の食い違いがあったからだった。『この世界の片隅に』では、もう一度ここら辺に戻って確認していかなければならない。

 2015年1月31日は、母校である日本大学芸術学部の講師として長年にわたって教鞭を振るわれてきた池田宏、月岡貞夫両先生の「最終講義」が開かれた。月岡さんは僕が学生の頃には40歳くらいだったのだが、すごくきびきびした感じが若々しくって、学校に車に乗ってきては「学生は車で来ちゃダメ」と校門の守衛さんにとめられていたくらいだったのだが、満75歳で学部講師の定年に達せられた。池田さんは80歳で大学院講師の定年である。
 池田さんは、僕がアニメーションの仕事の現場にもぐりこむ契機を与えてくださった方であり、その後、学部に戻って非常勤講師になるよう仕向けてくださった存在でもあり、この日を迎えてしまったことについて自分として感慨が深すぎるところがあった。
 はじめは100名ちょっと入る教室を予定していたのだが、卒業生たちも大挙来ることがわかり、さらにアニメーション史上の人たちでもあるので研究者、関係者の聴講もあり、学会大会を開いた大ホールに会場が変更される一幕となった。卒業前に大学を飛び出して仕事の現場へ向かった安藤雅司や佐藤順一先輩も来た。
 月岡先生の講義は、今現在まさに月岡さん自身が携わっている作品企画で監督意図を通すためにどんなに粘っているか、というものであり、75歳の現役ぶりの披露であり、そのこと自体が後進たちへの激励となるものだった。
 池田先生の講義は、池田さんが学生時代に薫陶を受けた牛原虚彦監督/教授から授けられ、さらに後輩たちへ継承してゆくべきであると考えた知恵のありどころについてのものだった。「イマジナリーライン」みたいなごく基本的なものをきちんと教え込むことの意味から始まり、最後に大切なのは人とのコネクションであり、ネットワークなのだ、というところに極まった。牛原教授は卒業生たちを集めてなお「牛原ゼミ」を開き、その教えを受けた池田先生は「池田ゼミ」を展開された。
 「あなたも来なさい」
 と、そのゼミ(実質は卒業年度もまちまちなOBたちと現役学生をごちゃ混ぜにした飲み会なのだが、それ自体が「ネットワーク」であることを期待されたものだった)に呼ばれ、そこからのネットワーク的展開で学部の非常勤講師をしている自分の現在につながっている。
 両先生の最終講義であるこの講演会もまたそうした場であった。
 今回の冒頭に書いたアニメーションの「一般観客層」について、「これからは50歳代以上に拡大されて考えていかれるべきだ」という論を提唱しておられる研究者の津堅信之さんとそのことについて話す機会も得られた。『この世界の片隅に』をどう展開してゆくべきなのかというところでは、津堅さんのご著書に後押しされている部分が大きかった。
 講演後には、両先生を囲む会になった。やはり参加人数が多くて、学食のテーブルをどかして会場とした立席パーティとなった。
 あのプロダクションのプロデューサーは1学年先輩だったのか、と思っていたら「いつか一緒に仕事しようぜ」といってもらえた。
 別の方からは僕の映画への出資のご検討、という話さえいただいてしまった。
 「一般観客層」向けアニメーション映画はここ数年で何本もできている。いちいちタイトルは掲げないけれど、すでにひとつのジャンルといってよいものがそこに形成されているようにすら見える。ただ、それら作品群の存在を一般観客層に伝えるパイプが作り得ていないようにも見える。そんなことで各作品が苦戦に陥ってしまったりするくらいなら、それこそネットワークを作って連携してゆくやり方もあるのかもなあ、などということすら、この場で話していた。
 こうした場に居合わすことができたのも、恩師の教えの賜物である。

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