COLUMN

第102回 ちょっとわかったある片隅のこと

●2014年11月21日(金)

 呉の「この世界探検隊」から帰ってきて、三ツ蔵周りのレイアウトをようやく固めることにした。
 三ツ蔵というのは、三つの棟がつながった土蔵で、現存していて、国指定重要文化財にもなっている。こうのさんの「この世界の片隅に」の中では、第13回「19年8月」、第14回「19年8月」、第41回「20年10月」など、何回にもわたって登場している。すずさんが呉市街へ出かけたり帰ったりする道で必ずその前を通るランドマークになって描かれている。
 昭和20年7月2日の夜間焼夷弾空襲では、この蔵から海側の市街がほぼ焼け野原になった。といっても海までは2キロ以上もある。
 今も残る三ツ蔵は、本来蔵の正面に当たる長ノ木街道側が白漆喰塗り腰海鼠、裏側のすずさんが通る道の側の壁が漆喰のない土壁になっている。
 今までレイアウトに挑まず放ってあったのは、この漆喰のない側の壁が、実はかつては漆喰塗りだったのかも知れず、夜間空襲のときか、その後の時期かにそれが剥がれ落ちてしまったのかもしれない、という可能性が残っていたからだった。昔の状態を写した写真に出会えていないので、このへんがわからない。
 なぜ漆喰塗りの可能性を感じてしまったかというと、すずさんが通る小道を挟んだはす向かいに、三ツ蔵と同じ持ち主の邸宅があった。正確には「別邸」とされる。はじめは「隠居所」と記されるような存在の場所だったのだが、やがて大正年間にはたとえば呉工廠で新しい大型軍艦が進水すると、東京から皇族がやってきて臨席する。そうした宮様の宿泊所にこの別邸が指定されるような、そんな格式の場所になっていた。すずさんが通る道もその一部はエラい人を乗せた車が邸宅まで行き来できるくらいの幅に整えられていた。そんな別邸に面した面を、漆喰で化粧していなかったのかどうか悩んでしまったのだった。
 「この世界探検隊」では原作マンガと照らし合わせて解説するポイントとしてこの三ツ蔵も選んであったのだが、現地に立った参加者の方から、
 「あの土むき出しの壁は早めに修復しないとどんどん壁が崩れてしまいそうだなあ」
 という声が漏れた。
 そういうあたりから、前々から自分の中でも気になっていたことが再燃してきてしまって、ちょっと調べてみて同じような様式の土壁が広島県内の別の場所にもあるらしいことがわかってきた。どうも漆喰を塗らない仕上げもあるのだということらしい。
 この辺でこの件は見切り発車にしたい、と、レイアウトに手をつけることに踏み切った。
 ところで、ビスタビジョンの横長のフレームに縦に高さのあるこの三ツ蔵を収めようとすると、どうしても引いたサイズにせざるを得なくなる。とすると、手前側の左右も画面に入ってきてしまう。手前左は例の「別邸」だ。別邸の写真は、地上から撮ったものとしては、車回しの前で呉市のエラい人たちが並んで撮った1枚しか手に入れられていない。庭師が丹精しただろう庭木が写っているのだが、この門のあるはずの側には塀がない。とはいえ、この側はわれわれの映画には出ない。
 最近、昭和20年代前半のもので精度のよい航空写真、しかも角度を変えて撮影された数カットを手に入れることができたので、レイアウト上必要な方向には長い塀があって、その上から大きな庭木が道にまで枝を広げていることがよくわかるようになった。塀の様式がわからないのだが、長ノ木街道の「本邸」を参考にすることにした。
 いずれにしても、推測が大きく混ざった風景を描くことになってしまうのだが、あとで新事実がわかって修正することになるとしても、とりあえずはこれで進めることにしたい。
 ちなみに、別邸の土地は昭和30年代には分割されて同形の小さな家が立ち並ぶようになっており、今現在はスーパーマーケットになっている。2014年夏のロケハンのときには、ここで盆灯篭を買って東京へ持って帰った。
 12月6日(日)の「ここまで調べた『この世界の片隅に』5」では、こうしたことも含めて、戦前・戦中・戦後すぐの呉の地理だとか、それぞれの通りには何があったのかだとか、そういうトークをしようと思っている。自分のハードディスクの中に呉の各通りごと何丁目何番地ごとに並んでいるあのホルダー群を方端から開けるときがきたのかもしれない。
 全体としての位置関係を把握してもらうためには、もうひと組プロジェクターとスクリーンがあって、常に呉の全体像を投影しつつそうした「片隅」ごとの話ができればよいのだろうけれど、さすがにそうもいかないので、当日の参加者に地図を配るのがいいかもしれないとも思っている。

●2014年11月27日(木)

 当面作ろうとしているPVのカットを最終的に割り出した。表現の上で原作との距離感を詰めたいところがまだまだ残っており、PVという名目にかこつけて実際的な表現を見極めるための実験を行いたい。スタッフの中にもいろいろ試してみたい意欲がたまってきている。かつ、それはその他のスタッフまで含めて共有される表現的な目標になるはずだ。
 これらは本編から抜き出したカットで作るが、試行錯誤のための素材であるともわきまえることにする。
 さあ、どうなってゆくだろう。

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