COLUMN

第101回 すずさんの道を歩く

 小黒祐一郎さんは、スマホに毎日歩いた歩数を記録するアプリを入れているらしく、たびたび1日に2万歩を達成した画面をツィッターに上げてくる。自分も同じアプリを入れてみたのだが、動画机にへばりついてほとんど離れない机の虫としては普通3千〜4千歩台、うっかりすると2千歩台の数字しか出なくってへこむ。
 前に『BLACK LAGOON』をやっていた時期にも万歩計をもっていたのだが、その頃は1日1万歩を越えていた。何かというと「色彩設計がチェックしてほしいといってるので来てください」「撮影が試しにセッティングしたけど見てほしいといってます」といわれて、別のフロアまで階段を上ったり下りたりする日々だった。
 今は、自分の机の左側にクィックチェッカー、右に色調整用のモニターがあって、10歩と動かないですんでしまう。

●2014年11月14日(金)

 朝から新幹線で広島経由呉へ向かう。行って着いて、夕方に波止場のほうまで散歩に出て宿に戻って、1万521歩。

●2014年11月15日(土)

 自分たちがロケハンした場所を案内してまわる「この世界探検隊4」の当日。ちょうど1年前くらいにやった1回目が呉。今年5月の2回目が江波、夏の3回目が中島本町。ほんとうは、最初の「呉編」が終わった直後にもう一度同じ催しをしたほうがよいのかも、と思ってはかっていた。このイベントには『マイマイ新子と千年の魔法』のロケ地巡りをする「マイマイ新子探検隊」という前身があって、これは10回くらいやったのだが、そこで定着して常連になってくださっているファンの方々があって、最初の「この世界探検隊」も募集開始当初にはかねてからアンテナを広げて待ち受けていた常連の方々がどうしても申し込みに有利な状況になってしまっていたのだった。そして、呉のツアーはどうしても徒歩だけでは完結できるルートではなくて、どうしてもマイクロバスを使わなくてはならない。マイクロの定員は30名未満だ。この制限さえなければもっと募集できるのだが。前回からすでにそう思っていたので、1号車のマイクロバスで僕が解説する様子を、Ustreamで2号車にライブ中継する実験もしていたのだが、事前の予想どおり電波がうまく飛ばないところもできてしまった。
 そういったことで、常連の方々には申し訳なくも、今回は「前回参加歴のない方から」という条件つきで受付をはじめてしまった。それでも、ほとんど埋まり、少し空いた枠を条件をつけずに広げた募集に切り替えて、無事に満席となった。
 ところが、なのだが、当日の朝になると、
 「マイクロバスの配車に問題があって、老人福祉用の車が来てしまう。これには車いす用スペースがあるのでそのぶん座席がない。今から代替車を用意できないので、ジャンボタクシーを1台つけてくれるとバス会社がいってくれている」
 という話になっていた。申し訳なくも、前回参加された方にはジャンボタクシー2号車のほうに乗っていただくことになってしまった。
 車を使いたいのは、呉の町全体を見おろす灰ヶ峰のてっぺんに立っていただきたいからだった。ほとんど平地の扇状地を歩く「マイマイ新子探検隊」ならば、徒歩だけで8キロメートルくらいの道のりなのだが、灰ヶ峰は標高737メートルあってしまう。
 すずさんの家のすぐ背後にそびえる灰ヶ峰の山頂には、海軍の高角砲が据えられていた。あんな真上で大砲を撃たれては、すずさんも身がすくむような気持ちを味わっていたに違いない。その高角砲座が現存していて、その上に展望台が作られている。そこからは遠く広島の町まで見渡せる。つまり、『この世界の片隅に』で描かれる「世界」のほとんどが一望できる場所なのだった。
 ただ、お天気がよくなければ下界も見おろせないので、灰ヶ峰にマイクロバスで登るのは当日が晴れだった時のAプランとし、曇りか雨の場合には別ルートのBプランも用意していた。灰ヶ峰のてっぺんからは一目で見渡せる空間であっても、そこを自分たちの足で歩くとなると果てしない。「この世界探検隊」自体が「呉編」「江波編」「中島本町編」とやってきたのだが、その「呉編」にしても、実のところすずさんや登場人物たちの足跡の半分くらいをカバーできているに過ぎない。ロケハン並みに全部の場所を回るとなると、呉だけでも3、4日は確実にかかってしまうだろう。
 灰ヶ峰を下りたバスは、こんどは辰川終点のバス停まで行く。すずさんのお嫁入りのとき、ここまでバスで来ようと思ったのだが、木炭バスのパワー不足のために手前から歩かされて坂道を登ってたどり着いたバス停だ。
 この周囲には戦前から店が何軒かあった。いつも石段の家をスタッフの宿泊基地として使わせていただいている呉街復活ビジョンの大年理事長が、たまたま想定していたすずさんの生活圏のちょっと上の方に生まれ育ったご実家があるとのことで、「ここは何屋さん、ここは何屋さん」という解説をしてくださった。戦時中、すずさんが配給のために訪れただろう店々。
 ここからは「探検隊」も歩きになる。つまり、すずさんの買い物ルートの帰り道をたどる感じ。
 そして、原作中では町内会の隣保館として登場している場所にもゆく。
 毎日すずさんが歩いていたに違いない道。
 その一角で立ち止まり、空を指さしてみる。
 「ここで、8月6日正午頃にはこの方向にこの仰角で広島のきのこ雲が見えていました」
 すぐとなりの市に原爆が落ちた日にも営まれていたに違いない日々の暮らし。
 りんさんの遊郭があったあたりにも赴いてみる。
 ぐるっとひと回りして、最後にとある街角に立ち止まってみる。
 「すずさんが遊郭に踏み入ってしまったのは、たぶんここで道を間違えたから」
 町の構造がわかってきたら、ね、ここで道を間違えた以外考えられないでしょ?
 「監督の話を聴いてると、だんだん実在の人としか思えなくなってきちゃった」
 という感想が聞こえてきた。
 そのほか周作さんとすずさんがデートしたあたりをたどって、この日は総計2万歩クリア。それにしても、坂道の多い2万歩だった。すずさんは、市内に通っているバスにも乗らず電車にも乗らず、ただただペタペタと歩き続けていた。それこそがすずさんの身上。
 参加者のみなさんにもおすそ分けできただろうか。

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