COLUMN

第98回 空との距離感

 2014年10月に入ってからのリサーチ上の進展としては、戦時中に米軍が撮影した呉や広島の空中写真をさらに多く目にすることができたことがある。
 呉の辰川から長ノ木にかけてのあたりの空中写真は、戦後昭和22年5月のものしか手元になかったのだが、20年4月12日のものに目をとおすことができた。22年写真には枕崎台風か、あるいはさらにその後のものも含まれるかもしれないのだけれど、土石流の傷跡が辰川あたりの町中にたくさん残っていて痛々しかったのだが、こうした水害以前の家々の姿を見ることができた。戦時中の海軍住宅だと思うのだが、ひょっとしたら戦後に建てられた復興住宅である可能性も残っていた住宅群も、ちゃんと戦中から建っていたことがわかったので、これまでに描いてきたものに修正を加えることなく使える。こうのさんからは、そのあたりに海軍住宅があったらしい話は親戚から聞いていた、とうかがっていたのだが、それが確かめられたことにもなる。ただ、この海軍住宅の一部は台風で屋根が飛ぶかなにかしたらしく、20年の写真でちゃんと瓦葺きだったのが、22年にはルーフィング(防水の板紙)だけに逆戻りしているものがある。もちろん、反対に20年にはルーフィングだったのが、22年には瓦葺きになってるものもあるのだが、戦時、戦後すぐの瓦はセメント瓦だということもだいたいわかっている。普通の家々と、戦時急造の海軍住宅は、そんなところで描き分けられる。
 広島に関しては、これまで持っていたのは被爆直前の20年7月25日撮影の空中写真だったが、新しく20年2月16日、3月28日、4月13日、それから被爆後のものでも今まで知らなかった8月13日のものがあったことがわかった。
 このうち、2月16日の写真ではまだ市内の建物疎開が進んでいなくて、中島本町の大津屋モスリン堂やヒコーキ堂がこの時点ではまだ建っていたことがわかってうれしかった。これらの家並みは3月にはまだ存在していて、4月13日には取り壊されて更地の防火帯になってしまう。写真がない中で、当時を知るたくさんの方々に話をうかがっては、ああでもないこうでもないと描き直しを繰り返してきた大津屋さんは、原爆よりも4ヶ月前に強制疎開で取り壊されてしまうのだった。
 もちろん、こうしたことが映画の画面に反映されるわけではないのだけれど、理解した上で臨めるのはありがたい。
 ところで、こうした空中写真には、ミッションナンバーが書き入れられている。広島の20年2月16日は「3RP5M50」、3月28日は「3RP5M104」、4月13日「3RP5M141」。
 「3RP」は「第3フォト・リコナンサス・スコードロン」、その次の「5」は「1945年」、最後の「M○○」がミッション(飛行作戦)番号。第3写真偵察飛行隊は、B-29を改造した写真偵察機F-13を使っていて、戦略爆撃機B-29と同じくマリアナ諸島の飛行場から日本本土上空へ飛んでくる。
 以前から、「B-29が撮影した被爆直前の最後の広島の姿」というふうに解説の機会あるたびに自分が説明してきたのは20年7月25日の写真だったのだが、これのミッション番号は「28PRS5M335」だった。第28写真偵察飛行隊は占領された沖縄の飛行場を使う戦術部隊だ。それから被爆直後の広島を映した8月8日や8月11日の写真は「6PG25PS5M220」「6PG25PS5M223」だった。第6偵察飛行群第25写真偵察飛行隊も沖縄の部隊だった。
 どうも、原爆投下から数日間は、マリアナからB-29サイズの偵察機を飛ばさず、沖縄の偵察機(P-38偵察機型のF-5か、B-24偵察機型のF-7。おそらく前者)が盛んに飛んできていたことになる。このあたりの理由も、もう少し理解しておきたいように思う。
 とにかく、昭和20年8月の広島の空は、自分が思っていたのとはちょっと違う色合いだったのかもしれない。
 そうした空の上の世界は、かつて一緒に仕事をしていた宮崎駿さんが好んで描いていたものだ。学生の頃『名探偵ホームズ』のお話作りをする中で、「こんどは飛行機の上でどたばた走り回る話をやりましょう」と提案して、「それはやり飽きた」と宮崎さんにいわれ、けれど結局『ドーバーの白い崖』のようなものを作ることはできた。
 宮崎さんが「空を飛ぶもの」を登場させるとき、常に「地上の俗を離れた孤高の存在」としてのイメージを帯びていたように思う。
 そういう自分も、空を飛ぶものはよく画面に登場させた。絵コンテだけの仕事だった『私のあしながおじさん』なんかでも、仕事をもらい始めて最初のコンテにカーチス・ジェニー練習機なんかを登場させて、監督の横田和善さんから「そういうのはもっとやってください」とはっぱをかけてもらったりもした。調子に乗って別の回でも飛行船を描いたのだと思う。
 『名犬ラッシー』の1話でデ・ハビランドを出し、『アリーテ姫』ではレオナルド・ダ・ビンチのヘリコプター風のおかしな空飛ぶものを登場させたが、このあたりに来ると「空を飛ぶもの」=「孤立した孤高の存在」ということははっきり意識に置いてやっていた。
 『マイマイ新子と千年の魔法』を作ったとき、永瀬唯さんから、「こんどは飛行機はでないんだね」といわれてしまったのだが、これは「地上の俗」のお話だったからだ。
 『この世界の片隅に』で描かなければならないのも、空の高みとは正反対にある世界だ。それでいて飛行機が頭上を飛び交いまくる映画になってしまうのだが、途中まですずさんはそれを見上げることもしない。

 2014年11月15日(土)、呉で「この世界(セカ)探検4」という催しを開いてもらうことになっている。
 http://kokucheese.com/event/index/226286/
 われわれが『この世界の片隅に』のためにロケハンをした足取りを、参加者にたどってもらって、すずさんが見ていたかもしれない風景をその場所に立って味わってもらおう、というイベントなのだが、解説できるのは自分しかいないので、道案内を勤めさせていただくことになっている。できれば、たくさんのみなさんと歩きたいのだが、マイクロバスを使う手前、24名しか募集できない。
 しかし、さすがに映画作りに神経を集中させなくてはならない時期になってきてしまっている。こうしたことのために呉に赴けるのも、映画完成前ではこれが最後の機会になりそうな気がする。

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