COLUMN

第92回 新大陸に蒔けた種

●2014年8月10日(日)

 OTAKONの3日目。
 朝、レイアウトの展示会場に行ってみると、オタコンの前大会代表で今回はゲスト招待のディレクターになっているジム・ウォーレス氏と出くわした。昨夜の夕食で隣りあわせだった彼は、今朝は1人でしげしげとレイアウトを眺めて回っていてくれていた。せっかくなので十分に解説などしてあげたかったのだけど、このあと3回目のトーク・パネルの時間が待っていたのだった。
 事前にはトークの時間は1日目と2日目の2回だけ、3日目はフリーといわれていたのだが、なんと3回目にもトーク・パネルを開くことができた。今回は、丸山・片渕・松原と3人が壇上に並ぶ。3人にそれぞれ通訳がついたので、
 「なんだか英語版の吹き替え声優がついたみたいだ」
 と、冗談をいってみた。
 丸山さんは、「片渕の短編」として、トヨタ自動車Ha:moのコンセプト映像 『約束への道』を紹介したくて、持ってきた映像データをスクリーンに出そうとするのだが、実は同じことを昨日の丸山さんのパネルでもやろうとして、結局出なかった。今日もやっぱり出ない。
 「残念」
 「じゃあ、youtubeにあるからそこで観てね」
 客席、笑い。
 結局、3日連続『この世界の片隅に』の話をしていた。思えば、この短い間にすっかり覚えてしまった顔がいくつも客席に並んでいる。トーク3回と『マイマイ新子と千年の魔法』の上映のすべてに来てくれた人もいる。日本で味わわせてもらっていたのと同じような感じがする。何か足を着地できる地面を得た感じ。
 そこで今日は、『マイマイ新子と千年の魔法』の上映が初期にいかに窮地だったかという話をしてみた。それがどのように挽回され、救われていったのか。
 丸山さんが引き取って、「『この世界の片隅に』が同じような窮地に陥らないように、この地でも応援してほしい」という意味のことを述べた。拍手を得た。一昨日『マイマイ新子』上映のあとに得た観客たちのリアクション、昨日のスタンディングに引き続いてのこれだ。
 3日間で10万近くが訪れるオタコン全体から見るとほんの一握りではあるのだけど、自分たちの作ってきたもの、作ろうとしているものに目を注いでくれる存在が確かにここにあることは、アメリカの大地に蒔いた一握りの種だ。
 トークの場に貼るために持ってきたポスター、ためしに持ってきたすずさんの柄の手ぬぐい、それから松原さんがすずさんを描いた団扇なんかがここにある。最後はジャンケン大会だ。
 「じゃあ、参加する人立って。丸山さんとジャンケンして勝った人だけ残って」

 夕方、レイアウト展の撤収を自分たちでする。壁からガラスのはまった額を降ろし、額から展示物を外してゆく。何人の人がこれを見てくれたのかはわからない。またこの地で同じことができる機会のあらんことを。
 夜、蟹を食べに行く。ボルチモアは蟹が名物なのだ。
 自分の誕生日、今回様々に骨を折ってもらった渡邊喜洋くんの誕生日でもある。アメリカのケーキの甘ったるさときたら。
 ナベくんには今日のトーク・パネルでは僕の「吹き替え」も担当してもらっていたし、レイアウト展のキャプションの翻訳もやってもらった。何より、「今年のオタコンで『この世界の片隅に』の紹介を」というアイデアを出し、実現に漕ぎ着けるところまでもっていったのはナベくんだ。この時期よい機会を与えてもらったと思う。ほんとうにありがとう。

●2014年8月11日(月)

 ホテルを出る。
 プレス・セッションで通訳をしてくれ、昨日は丸山さんの「吹き替え担当」だったジョージくんが、盛んに趣味の飛行機の話をしたがっている。じゃあ、そのうちにメールででもね。
 昨日自分のトークの時間がなかったら、きっとワシントンDCまで行ってスミソニアン博物館の飛行機なんかを眺めていたはずだったのだが、今はもうあまり惜しかったとも思わない。それ以上の充足感がある。松原さんも、今回は他所に観光に行くまでもない達成感があった、といっていた。
 アメリカのアニメ・コンベンションというと、コスプレイヤーがいっぱいいて(それは今回もいっぱいいいた)、お祭り騒ぎで、お祭りに見合うアニメがよろしくって、というイメージをいつの間にか抱いてしまってたのだが、今回はまるで違っていた。すごく真摯に『マイマイ新子』や『この世界の片隅に』のことをしゃべることができ、そうしたものに注いでくれる真面目で熱心な眼差しと出会うことができた。世界はまたひとつ小さくなった、というものだ。
 空港に着き、飛行機に乗る。

●2014年8月12日(火)

 成田着。
 南阿佐ヶ谷へ。

●2014年8月23日(土)

 日本で『この世界の片隅に』のイベントを何かするたびに、その会場にこうの史代さんからのお花が届く。いつも恐縮してしまうのだが、せっかくいただいたきれいなお花も日が経つと枯れてしまう。いただいたバラをうちの白飯さんが挿し木にしたりしていたのだが、これがなんと花をつけるところまで育ってしまった。
 さっそく写真に撮ってこうのさんにお送りしてみた。
 8月31日(日)、東京ビッグサイトで開催されるコミティアで、こうの史代さんが久しぶりに参加されて、ご自分の「小さな本」を販売されることになったのだけれど、うちで作った「この世界の片隅に日本手ぬぐい」も並べて打っていただけるとのことです。
 こうのさんのスペースY16b 「の乃野屋」までどうぞ。

親と子の「花は咲く」 (SINGLE+DVD)

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