COLUMN

第91回 『この世界の片隅に』の話をアメリカで

●2014年8月7日(木)

 15時45分(JST)搭乗。機内映画3本。飛行機は予定よりも早く飛び、するとワシントンDCは車で行く呉より近くなる。離陸したのとほとんど同じ時刻の8月7日15時45分(EST)頃に着陸。自分はただ高いところへ上がって、下で地球が回ってただけみたい。
 ワシントン・ダレス空港は入国審査待ちの行列が長く、それを潜り抜けた先にあるボルチモアへの道も、リムジンの運転手氏にいわせても普通じゃなく混んでいて、ホテル到着は20時になってしまう。リムジンの運転手はなんとか巻き返そうと、時々変なところ走ってた。路線バスでさえ変なところを走ってた。
 OTAKONのビジネスレセプションで軽食くらいならあるといわれ、軽い食べ物を量食って腹膨らます。
 22時過ぎに寝る。

●2014年8月8日(金)

 朝午前4時より前に起きていたのだが、日本でも同じなので、時差ボケなのだかどうなのだか。ホテルの朝食は午前6時からなので、その時刻から身支度をはじめて下に降りる。夕食は思いっきり食わされそうなのだが、昼食が予定に入ってないし、ここは満腹に食っておくことにする。
 7時45分ホテルのロビー集合、ボルチモア・コンベンションセンターのOTAKON会場内にしつらえられた展示ブースに向かい、展示素材を額に入れ、パネルに吊るす作業。展示物は、今現在広島と呉で開催中のふたつの『この世界の片隅に』レイアウト展の中身を合わせたもの。
 まだ印刷中の英文キャプション以外はパネルにかけ終って、いったん解散。
 再度集合。
 11時15分〜12時15分、トークとQ&A 。これは会期3日のあいだ毎日行う予定なので、金曜日初日の今回は、まずは様子見をしてみる。いったい自分がこれまで作ってきたもののどの部分に一番興味が抱かれているのか。
 質問は一列に並んで、一問一答みたいに行うのがルールなのだが、こちらが答えるとまた列の後ろに並び直している人が何人もいる。
 『BLACK LAGOON』を観たことある人? というこちらからの問いへは挙手多数あったのにも関わらず、もっと多く『BLACK LAGOON』などへの質問が出るかと思ったがそれはほぼない。「『BLACK LAGOON』と『マイマイ新子』みたいな両極端な作り分けってどういう感じなの?」というものくらい。これには、「甘いものを食べたい時も辛い物を食べたい時もあるでしょう。料理なのには変わりない」と答えておく。
 「昔、『ストリートファイター』の絵コンテやってたと思うけど」と、自分もよく覚えてないことを尋ねられたりもする。こういうところは、日本のアニメファンよりマニアックだ。
 そのマニアックの先端として意外と多く尋ねられたのが、「フミヨ・コウノ原作の新作」についてのことだった。フミヨ・コウノ自身の人となりについても尋ねられたりする。
 すでに読んでいる人もそれなりにいるみたいではあるのだが、ここはひとつ原作の英語版が欲しい感じ。この感触ならばアメリカでも受け入れられるはず。
 「『花は咲く』はなぜWEB上で観られないの?」
 という質問もあり、これには「DVDを販売して、関わった人の著作権料から被災地への支援金を出すチャリティの目的があるので」と答える。ともあれ、『花は咲く』にすら注目してくれる人がある。
 明日のQ&Aでは新作の『In this Corner of the World』をどんなふうに作ってるか話します、と予告して終了。
 『この世界の片隅に』は、これまで英語圏では『To All Corners of the World』だとか『In the Corner of this World』だとか色々に表記されてきたのだが、実は原作の英語版はまだ出版されていなくて、公式な英語題名は定まっていなかった。『In this Corner of the World』は今回のために原作出版社である双葉社と協議して定めたもの。この先で原作マンガの英語版が出るときには同じタイトルになる。

 12時30分〜13時30分、開会式。
 終わる前に抜け出して、すごい人混みとコスプレイヤーの大群の前を通り抜けて、13時15分上映会場着。
 13時30分〜15時30分、『マイマイ新子と千年の魔法』上映。
 上映前の挨拶と、上映後にも出て喋る。
 高樹のぶ子さんにはほんとうに額につむじがあること。高樹さんは、この映画のおかげで貴伊子のモデルの子と再会できるのじゃないかと楽しみしておられたこと。あの家は今年までは本当にあの場所に建っていたのだということ。知人の金田伊功さんが新子と同じ小学校だったこと。その同級生の方が高樹さんの子供時代の家に住んでいたこと。金魚はほんとに生き返ったのを見たと高樹さんが話しておられたこと。そうやって思えば思うほど、このお話はどこまでがファンタジーでどこからがリアルなのか混然としてきてしまうことなど。
 要するに、これまで100回以上やってきた『マイマイ新子』の舞台挨拶の内容をそのままアメリカにも提供しようということなのだが、同じように反応してもらえるかどうか。
 喋り終わって残り時間を Q&Aにしようとマイクを用意してもらっている間に、60代と思しい女性が2人、こちらへやってきて、まず先頭に立った、人差し指をつーっと頬に這わせて、涙のつたった跡みたいに(私はこの映画で泣きました)。
 2番目の方は最初の方のお連れらしい同年輩の女性。「職務を果たす警官があんなふうに人生の谷間に落ち込んでしまう様をきちんと描いてくれてありがとう」
 この言葉はそのままだと意味が通じにくいのだが、人生のリアルを底に敷いた作品作りと感じてくださってのことであるようで、ありがたく承る。それにしても、なぜオタクのイベントにこうした年配の方々がおられるのか。アメリカにも中高年齢層向けアニメを期待する人たちがいるのではないだろうか。
 いつの間にか、この2人のご婦人のうしろにQ&Aの列ができている。11時15分のQ&Aのときに質問してくれた方の顔もある。
 「(こちらがもたもたしてここでのQ&Aをはじめないうちに帰ってしまった他のお客さんもいたのだが)そういう人になりかわって失礼をお詫びしたい。僕は帰ったら、ぜひこの映画を自分の家族に勧めたいと思う!」
 「貴伊子が諾子になったことの意味をもう少し知りたいです」
 「私の彼、私の後ろにいますけど、今も涙ぐんでます」
 などなど。
 こんな観客の方々に出会うために日本から来たのだ。

 いったんグリーンルーム(関係者控室)に引きあげ、遅い昼食。ハムサンドと果物。
 16時30分〜17時30分、サイン会。これは松原さんと机を並べて。
 サインを求めて差し出されるものとしては、やっぱり『BLACK LAGOON』DVDもあり、『ACE COMBAT 04』『ACE COMBAT 5』のジャケットがあり、『花は咲く』CD+DVDまであった。『マイマイ新子』の英語圏版はまだ発売されておらず、『この世界の片隅に』は形になっていないのだから仕方がない。
 そこで、『マイマイ新子』と『この世界の片隅に』が表裏リバーシブルのチラシを日本で作ってきた。これにサインを、という人が一番多かった。『マイマイ新子』の絵を指さして、
 「カワイイ!」
 という女子もいた。
 18時45分、ホテルのロビー集合、「モートンズ」でウエルカム・ディナー。丸山さんが日本から到着して合流。
 22時30分頃解散。

●2014年8月9日(土)

 朝午前8時45分にロビーに集合。レイアウト展示の様子を見にゆく。
 9時15分から取材対応4件。
 取材者たちの興味は、揃って『この世界の片隅に』に集中していて、こちらの話もよく聞いてくれる。
 「今回『To All Corners of the World』を題材にしようとしたのは……」と尋ねはじめた記者には、「今後は『In this Corner of the World』がタイトルなので」と断る。
 「そのふたつのタイトルは意味が違いますね。なるほど『In this Corner of the World』なんだ。片隅にいる、ということが大事なのね。あなたにとって、この場合の『片隅』の意味とは?」
 みたいな感じで、うまく話題的な引っ掛かりを得て、インタビューが進んでゆく。
 「戦争というセンシティブな題材を扱うことの意味とは?」
 実は、昨日のQ&Aでも、似たような質問は受けている。
 これは政治的だったり思想的だったりしてしまう「世界」を俯瞰するためのものではなく、ごくごく片隅からの視点で描いたささやかなドラマなのだ。その片隅とは生活者の場所であり、そんな小さな片隅で行われる「今日も明日もご飯を食べる」という人々のごく当たり前な日常的な営みこそ、「戦争」などというものの対極にあるものなのだ。
 そんなふうに話してみたら、
 「監督の話は何時間でも聴いていたい。取材時間に限りがあるのが残念」
 といってくれた。
 グリーンルームで軽くランチを食べたあと、14時からの丸山さんのトークを見にゆく。そのあと15時15分からが松原さんのトークの時間で、さらにそのあとが片渕の時間。

 16時30分〜17時30分。
 自分として今回2回目のトークとQ&A。最初から考えていたことなのだが、新宿や大阪でこれまでにやってきた「ここまで調べた『この世界の片隅に』」とまったく同じ内容にしてみた。スクリーンに自分のパソコンの中の画像データを映し出し、原作から出発して、アニメーション映画のレイアウトを模索してゆく様。原作の各コマに描かれていることには、実はこういう背景があるのだ、ということも。さらには、自分の仕事場の本棚を映し出して、呆れさせるなど。
 客席は、驚くほど真剣に聴いてくれている。中島本町のささやかな店々こそが世界の「片隅」の象徴なのだ、ということを理解してくれている。だからこそ、あの執拗なリサーチが馬鹿げたことではなく、必要なことなのだと理解してくれている。壇上から客席を見つめてそんなふうに感じた。
 日本の一地方のローカルな舞台で描いた『マイマイ新子と千年の魔法』が、実はどの国の人からも「自分たちの子供時代」と受け止めてもらえているように、『この世界の片隅に』が語るささやかな日々の営みの意味もまた、じゅうぶんな普遍性をもって、海外の人々にも共有してもらえるものになるはずだ。個人的に抱いてきたこうした思いが、今この場で確かめられたような気がする。
 話し終えたとき、拍手の音が今までよりも強いのを感じることができた。何人もが立ち上がってくれている。

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