COLUMN

第82回 遠い記憶の町の絵を見て

 毎週金曜日の午後にスタッフ内で「衣装」についての打ち合わせ会を開くことになった。描いているといろいろ出てくるのだが、こういうのはひとりひとり悩んでいても仕方ないので、ぶつけ合うことにする。
 初回は5月23日金曜で、すずさんの子供時代のエピソードに終始した。ついでに、松原秀典さんと僕とで最近画面を確認するようになった海軍もののドラマの、その画面上に登場する海軍の軍服の話になった。明治の軍服は服地からして豪奢みたいなのだが、昭和のものはどうなのか実物を見て確かめておいた方がよいかな、ということになったそのあたりまでは、前回書いたと思う。
 月曜日は僕が大学で先生をしなければならないので、火曜日に見に行くことにしよう。ちょっと遠出すると、昔の軍服のあれこれを展示してある場所がある。
 話がそこまで至ったところで、浦谷さんが突然、出先の目的地近くにあるレストランの紹介記事を持ってきた。せっかくのお出かけだから、ここでみんなで食事しようというのね。そういうのもたしかに大事だ。

 5月27日(火)、朝9時スタジオ集合、参加人数5人。車で出かける。
 着くといきなり昼食。バイキングスタイルのお店なのだが、それぞれ、これでもかと食べ物を取ってきて、満ち足りた感じになる。食後のコーヒーなんかもいじましく何杯もおかわりしてしまう。ちょっと心配にもなってくる。まだ何もしないうちにお腹が膨らむだけ膨らんで、頭の回転も鈍ってきそうだ。まあ、楽しいのでよいのだけれど。
 目的地に移動する。
 松原さんの興味は、布の厚さとかの服地の質感、軍服特有のものである階級章の留め方、軍帽の前章の質感や立体感、戦闘帽や水兵帽のうしろ側はどうなってるのか、など多岐に及ぶ。絵空事だと思えば適当に流して描いてしまえるものなのだが、松原さんは性分として実物を把握しないと描けない、という。今回の映画作りでいろいろやってきていることを思えば、スタッフとして実に得難い人材だ。
 一方で、この場所には軍隊関係でないふつうの蒐集物もあって、浦谷さんは盛んに「家庭で使うふつうの食器に描かれた模様」を気にしている。そうかと思えば、背負い籠もあって、松原さんはこれの負い紐のつき方を知りたいといっていたのでちょうどよかった。

 ゴールデンウィークに広島でレイアウト展を催していただいた際の展示物は、その後、被爆者温泉療養施設として建てられた神田山荘に引き続き展示してもらっていた。人目に触れるようにしておけば、ひょっとして当時のことを知る人が見て何かを教えてくれるかもしれない。そういっていたら、本当にそうした方が現れたらしい。神田山荘さんからメールをいただいた。中島本町の大正屋や大津屋のごく近所に住んでおられた方で、ここに並んでる絵を描いた人と話したい、とおっしゃる方が連絡先を書き残していかれた、という。
 電話してみたのだが、うまくつながらず、翌日再トライして、ようやくお話をうかがうことができた。この方は終戦時12歳というから、おそらく昭和8年生まれであるらしく、7つ上のお姉さんもおられたという。その他のご家族は原爆で亡くなったのだが、姉妹2人はそのときそこにおらず、命を永らえた。ただ、7つ上のお姉さんは最近亡くなられてしまって、お話をうかがえない。ご存命の妹さんにとって、旧中島本町のかつて家族の家があったあたりは、両親や弟を失った場所であるので、胸がふさがるので近づかないようにしていた。なので、その場所の記憶もほとんど残っていない、という。
 けれど、通っているデイサービスのお仲間から、今こんな展示がされていて、お宅のあったあたりも絵になってるらしいわよ、と教えてもらって、レイアウト展を見に出かけたのだという。
 「本当に何も記憶は残ってないし、思い出すことに自信はないし。でも、家のあたりをあんなに細かく詳しく描かれて、いったいどうやって描かれたのか、聞いてみたかったのです」
 そういわれた。
 映画の完成はまだこれくらい先、というと、
 「そうですか……」
 と、がっかりした声を漏らされた。80代の方にとって、残り時間は限られてしまっている。なんとか、映画完成を待たずとも、冒頭の中島本町の場面だけでも、こうした方々のために広島で上映するようなことはできないだろうか。大事なことなのだ。

 一方で、呉でもレイアウト展を催したいのだけれど、という提案をいただいてしまった。呉に関しても、昔の街並みを再現しつつ描かなければならないカットがいくつもある。浦谷さんのレイアウト作業を、その方向に向けることにした。昔の街並みを描いた絵を見て懐かしがってくださる人が、呉にもいてもらえるとありがたいのだが。

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