COLUMN

第76回 メキシコでの『マイマイ新子』

 3月のアニメ・ジャパンと東京アニメアワードフェスティバルのときにメキシコから来日していた方がいて、自分たちの町でも国際映画祭を開くのだが第1回目は日本特集にしたので誰か日本のアニメ監督はいないか、みたいな話になったらしく、いや、その辺の経緯はさすがに直接には知らないのだけれど、アニメアワードの最終日に、
 「メキシコに行きませんか?」
 というお声がかりがあった。つまりそれが3月23日のことなのだが、メキシコ行きの時期は「4月中旬」なのだという。今この時期ならまだ行けないこともない。
 3月29日になって、あの話はどうなってるのだろうと思ったら、自分が行く話になって進行中とのこと。翌々日になって、「メキシコ第三の都市アグアスカリエンテスで」「会期は4月11〜18日」「作品のレトロスペクティブと、トークセッション」という話で進行中と教えられた。
 レ、レトロスペクティブ???
 ということは何本か集めなくちゃならないのだろうか? 今から間に合うのかな? たぶん『マイマイ新子と千年の魔法』は外せないんだろうけど、大丈夫かな? と、こちらでも上映素材を用意できるのかだとか、配給会社にさぐりを入れたりし始めてみる。
 で、実はオファーは自分1人にではなく、丸山正雄さんと2人でという話だったのだが、丸山さんが行く場合は「11日あたりは別件で忙しいので、会期終わりの方で」ということになった。ところが丸山さんにはさらにほかの用件がいくつか存在していたことがわかり、メキシコ行きは断念ということになった。
 「だったらやはり映画祭オープニングの4月11日に来てくれ」
 ということになって、自分のパスポートは去年くらいにもう切れちゃってるのじゃないかと気がついた。市役所に行って戸籍抄本と写真を撮って、都庁の旅券窓口に向かう。
 「いつまでに必要ですか?」と窓口で聴かれ、
 「えーと、10日には飛行機に乗らなくちゃ」
 「パスポートできるのはぎりぎり9日朝ですね」
 となる。
 ついでにいうと、去年切れたと思い込んでいたパスポートは3年前の2011年に切れていた。3年間、海外にも行かずコツコツ仕事してきたらしいのだが、そういう真面目な時間は記憶の中ではショートカットされてしまうらしい。
 しかし、旅券番号がないので9日までは航空券が買えない。座席はちゃんと確保できるのだろうか?
 9日朝9時半に受け取って、あいだに入ってくださっているアニメアワードの江口さん経由で旅券番号を知らせる。正午になる前には航空便のプランが送り返されてきた。と、でもこれエコノミーじゃん。もともとビジネスシートで、というオファーだったので、それなら機内で仕事できるし、という思いがあったので引き受けていたのだけど、なんとかならないかしら。
 そこから江口さんが率先して成田発アグアスカリエンテス行きのあらゆる便のチェックを始めてくださったらしく、
 「成田発ロス経由、さらにメキシコシティ経由でアグアスカリエンテス行きならビジネスに空きが。ただしロスで乗換便を12時間待ち……これはダメですね」
 みたいな情報が飛び交った挙句、「パソコンが使えるプレミアムエコノミーシートで、なおかつ最初の提案ほど成田発が早朝でありすぎない成田発ダラス経由アグアスカリエンテス行きの座席」を見つけていただくことに成功してしまった。
 9日は自分の仕事の打合せや取材が3件。

 10日朝はいったん仕事場に入って昼過ぎまで昨日の打ち合わせの結果をあれこれするだけの時間ができた。
 14時、南阿佐ヶ谷を出て、上野経由成田に向かう。第2ターミナルでチェックイン、しようとして、航空会社のカウンターで、
 「ダラス経由だとアメリカのビザが要りますね」
 「は? いつから?」
 「2009年からそうなってます」
 そうだったっけ?
 インターネットを使えばその場でビザ(ESTA)は取得可能ということであり、かつ「あそこのスタバに行けば有料で使えるインターネットがあります」とのことだったが、ネットにつなげるPCは持ってきてるので、横の空いているカウンターを使って、合衆国政府の許可を得る作業に取りかかった。
 ところが、自分のパソコンがやたらすぐに電波が途切れる。書式を全部埋めたところで、途切れてしまったりする。どこかへ出かけるとき人は新品のパソコンを持ちたがる、というのは昨年のアニメーション学会のときあまりにも各発表の場で新品パソコンのトラブルが続発したことから覚えた真実なのだが、かといってオンボロのもやはり厳しかったのだった。あまりにも時間がかかるので、対応してくれていたカウンターの人が、自分の仕事時間が終わってしまいました、と次の人に引き継いで引き上げてしまった。
 ようやくESTAも手に入れて、けれどもはや空港内をうろつく時間もなく、搭乗することになる。あ、通貨を替えていない。が、まあいいでしょ、到着したら映画祭の人が迎えに来てくれるんだし、当面ペソを持っていなくても。
 飛行機に乗り込んだら、ちょっと話が違った。座席はわずかに広くて余裕があったが、電源がなかった。電源つきのはボーイング777-300で、これは-200なのだ。
 運がよかったのは、となりがアメリカ人の小学生の女の子だったことだ。横幅も雲を突く大男とかだったら、せっかくプレミアムエコノミーにして稼いでもらった数センチが台なしになるところだったが、まるで圧迫感がなかった。となりの小学生の女の子は、英語のヤングアダルト向け小説本をずっと読みふけっていて、たいへんおとなしかった。それにしてもアメリカのその手の本も表紙がアニメ絵のイラストになってるのには、唸らざるを得なかった。
 その辺で電池が切れかけてきた。パソコンのではなく、自分自身の。あきらめて観ようとした機内映画(『清州会議』)を途中で寝てしまって、4、5度くらい繰り返すことになってしまった。

 テキサス州ダラスでの乗換え待ち時間は、しなければいけなかったはずの仕事をこなすのに使った。できあがったものをメールで送って、喉が渇いたので自販機にアイスティのペットボトルを買いに行って(ドルも持ってなかったのだが、さすが空港、クレジットカードが使える自販機があった)、と、そこでもう搭乗時間。
 2時間ちょっと飛んで、アグアスカリエンテス空港に着陸したときには夜になっていた。
 迎えの人かな、と思う人たちがいたので、映画祭のホームページをそのままプリントアウトしてきた紙切れをひらひらさせたら、目を避けられてしまった。まったく別の目的の日本人の女性の人を迎えにきていたらしい。彼らは日本語で会話しながら去ってゆく。あとにスペイン語の人たちしかいなくなり、それもいなくなる。
 あとは、空港タクシーの運転手たちが雑談しているだけ。
 曾祖母がキリスト教徒だった縁で、幼稚園はカソリックの教会付属の幼稚園に入れられ、スペイン人宣教師の神父である園長先生にご挨拶できるようにしましょう、ということでスペイン語の幼児教育を施されたことはあるにはある。
 「ブエノス ディアス」(おはようございます)
 「ブエノス タルディス」(こんにちは)
 「ブエノス ノーチェス」(こんばんは)
 「アディオス」(さようなら)
 それだけ。
 心細い。
 どうしよう? このまま空港で夜明かしするわけにもいかないし、せめてホテルにまで移動してみるか。まずはペソの入手だ。
 両替のカウンターに行ったら、眼鏡っ子のおねえさんがいたので、円を出してみたら、
 「ごめんなさい、ドルだけ」
 と、英語でいわれてしまった。
 タクシーの運転手たちに、「クレジットカードで乗せてもらえないか?」と聞いてみたら(もちろん、全面的に手真似で)、あっち行け、といわれた。いや、追い払われたのではなく、向うに何かあるらしい。
 あった。クレジットカードを使ってペソを払い出すATMみたいな機械だ。ただ、使い方がよくわからない。ここでまた成田で自分のパソコンに四苦八苦したみたいなことになって、ようやくペソ紙幣を一束手に入れることができた。
 その1枚をひらひらさせつつ、にこにこと運転手たちに近づいて行くと、こんどはこっちだ、と指さされた。教えられたそのカウンターで運賃前払いシステムとのことで、すごく安全な雰囲気でよかった。
 今回の連絡先としてはここしか把握していない東京の江口さんに「とりあえずホテルに向かいます」とメールを残して。
 ホテルに到着して、ひょっとして宿もなかったらどうしようと思ったのだが、そこまでの杞憂は必要なく、名前をいうだけでちょっと大きめの部屋に通してもらった。部屋には映画祭からのプレゼントが待っていた。
 晩飯は食いそびれたけど、しかたないか。
 と、思って荷解きを始めたところで、部屋の電話が鳴った。日本語だった。
 「わたくし、リーと申します」
 階下へ降りると、韓国系メキシコ人でしかし折り目正しい日本語を話す李さんと、映画祭のエグゼクティブのルイスさんが待っていた。どうも、彼らが別件に足をとられて空港に向かうのが遅れて、たどり着いたら「カタブチがいない!」と騒ぎになっていたらしいのだが、彼らも江口さんに連絡したらしく、ホテルにいるらしいとわかったようだった。
 「お詫びのしるしに、ご飯はどうですか?」
 ふだんならあまり遅くなると食欲もなくなってくるのだけれど、実はこの時もそうだった。体内の時差ではなく、見た目の空の暗さで自分の体は反応しているらしい。が、でもここはおつきあいだ。
 映画祭の本部で他の映画祭のメインスタッフ2人を拾い、イタリアンのレストランへ向かう。なんでもよかったのだが、そこがお勧めだということだったので。
 レストランでは日本語のメニューが出た。最近、この街には日本の自動車会社が工場を進出させてきているのだ。
 「ミツエ(江口さんのこと)に叱られないように、いっしょに仲よく食事している写真を撮って、メールで送ろう!」
 みたいな話になり、しかし、そこでルイスさんの携帯の電池が尽きた。充電できるまで、その件は据え置くことにして、とにかく食べることにした。自分でも驚くくらい食べてしまった。
 映画祭の人たちが、
 「ジブリのある小金井というのはあれは東京なのかな? 私は違うと思ったけど」
 とか、
 「カタブチさんといえば『アリーテ姫』だと思うのだが、今回はメキシコ字幕を用意できなかった」
 とか、結構濃い話をするのだが、映画祭に通訳として雇われてこの場にいる李さんが実は一番濃かった。
 「日本語は日本のマンガを読んで勉強しようと思いました」
 「『BLACK LAGOON』は双子編をアニメで観て、これは原作読まなくちゃ、と買いに走りました」
 と、日本語の「BLACK LAGOON」を取り出して、ほかのメキシコ人たちに勧めている。
 「彼らは『カタブチさんの次の仕事はどんなものでしょうか』と質問していますが、わたしは知ってます。戦争のやつですね!」
 李さんはマンガアニメオタクだった。知識もすごくある。こういうときにはまさにうってつけの人材だった。
 「ところで、わたしは明日は別の仕事で外せないスケジュールがありまして、来れないんです」
 「……」
 明日11日には映画祭のオープニングで『マイマイ新子』をやるので、挨拶してほしい、と食事中にいわれていたのだけれど、どうなるのだろうか?

 さて、その11日の夜が開ける。昨晩は結局1時過ぎまでレストランで過ごしたから、たいして寝てない。朝食はどうするんだっけ? 誰か来てくれるといってたけど。と、そこで結局二度寝してしまった。
 ホテルの部屋の電話が鳴って、出ると、英語で喋る女の人の声だった。何か食べたいのなら、ダウンステアに、ということみたいだったので、ロビーに降りた。
 ワンピースを着たアナという女性が待っていた。メキシコ料理のランチに案内してもらって、いっしょにを食べて(といいつつ、もう15時だった)、街中を案内してくれて、美術館にエスコートしてくれたのだが、その間、お互い片言の英語だけが頼り。
 でも、仲よくはなれたと思う。お互いの飼い犬の写真も見せ合ったりしたし。写真家の話だとか、けっこういろんなことが聞けたのは、アナが聞きやすくしゃべってくれたからだと思う。
 と、連れて行ってもらった「死者の日」の骸骨ばかりが展示された博物館では、男性が出てきて猛然と英語で喋るのだが、これはこれで意味が通じるところが多かった。彼もまた「ゴースト イン ザ シェル」「カーボーイビバップ」みたいなことにも興味があるようだった。
 「映画祭のオープニングは午後8時からなので、7時45分に迎えが行きます」
 とアナにいわれてホテルの部屋に戻ったのがもう19時くらい。
 ひと休みくらいしたところで、また部屋の電話が鳴った。
 「ハロー。This is Katabuchi speakinng」
 くらいはいえる。
 すると、今度もまた女性の声だったが、日本語だった。
 「畑中と申します。通訳を仰せつかりました」
 李さんがNGになったあと、通訳の人の手配が間に合ったのだった。
 映画祭オープニングの会場である劇場に連れて行ってもらった。
 開会のあいさつみたいなのがあって、自分も壇上に上げられて少し喋らされ、それから『マイマイ新子』の上映が始まった。
 間に合うかどうかわからない、といわれていたスペイン語の字幕が間に合っている、だけでない、画面の中の文字、たとえば駅舎の「三田尻」だとか、赤ん坊の貴伊子を描いた絵の「きいこ1か月」だとかが、画面上もスペイン語に直されていた。ピクサー作品の日本語版みたいなのを思い浮かべてみていただけるとよい。ビデオ編集はなんでもできる。メインタイトルの文字も、元々の日本語の下に、同じ色とりどりの色使いでスペイン語のタイトルが出ていた。
 さらにはエンディングの歌の歌詞に至っては、日本語の字幕まで出て2ヶ国語になっていた。
 それから、子どもたちが酔っぱらうところはかなり受けていた。
 終了後に取材をいくつか受け、それからレセプションパーティの場に。たびたび話しかけられて、その都度、畑中さんに翻訳していただいて、映画の感想をいくつか得ることができた。
 「アニメーションでありつつ、ドラマがある、というのが素晴らしい!」
 「文化がまるで違うのに、子ども時代の感じ方が自分たちと同じだった」
 「ああいった子どもの感性はいったいどこで取材してきたのですか?」
 日本の地方のローカルなものをモチーフにした映画でありつつ、その中にある「子どもの時代の感性」は確実に世界的な普遍性を持っている。そうなのだ、とはっきりいえればよいのだが、と思っていたところに、まさにそのように感じてもらえたみたいだった。
 だとしたら、「国際映画祭」のオープニングに使っていただけた役目をちょっとくらいは果たせたのじゃないかと思う。

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