COLUMN

第72回 広島からの返信

 前回書いたとおり、ゴールデンウィークに広島で展示を行う。原爆の爆心から400メートルくらいに建っていながらも、今も健在で文化関係のイベント会場として使われている旧日本銀行広島支店で行われる。
 会場の場所柄、それと、まだ映画の画面として未完成の段階でもあり、これまでにできている素材である冒頭広島シークエンスのレイアウトを並べることになるのだと思う。
 このあたりは何ぶんにも、戦時中の建物疎開と原爆で消えてなくなってしまった風景の再現であるわけで、かなり考証には気を使っているのだが、まだまだ決着が見えていないところも結構多い。この際、今のうちに広島の現地で大勢の方の目で見ていただくのもよいことなのかもしれない。
 といいつつ、実際に当時のその場所の風景をその目で見て記憶にとどめておられる人はどれくらいおられるのだろうか、という心細さもある。
 それにしても、まだできていない映画のレイアウトだけ展示するというのも花がなさすぎるような気もする。はじめは、だったら『マイマイ新子と千年の魔法』の背景だとか色がついているものも並べてみようかとも思ったのだが、広島オンリーで固めてみるのもよいかもしれないという気もしてきた。
 だとしたら、レイアウトに着彩してみるのもよいかもしれない。形はわかっても、色がわからないものもかなりあったりもするのだし。

 という感じで少しずつ準備を進め始めていたところに、ヒロシマフィールドワークの中川幹朗先生から、
 「被爆前の中島本町に住んでおられたお二方の話をうかがう機会があるのだけれど、何か聞いておきたいことはありますか?」
 というメールが届いた。
 となれば、あれこれ細かいことを聞くよりも、今までにできているレイアウトと、それに一部着彩したものを丸ごと送って、古老の方々に見ていただいて、意見を得るのがよいのかもしれない。
 本当に丸ごと、中川先生のお手元に送りつけてしまった。
 実は、割とわからないのが、被爆後の今も平和記念公園レストハウスとして現存している中島本通りの大正屋呉服店の外壁の色だ。これについては、大正4年竣工当時の白黒写真があって、一階部分とそれより上の2・3階部分の色が明らかに違っている。1階はペンキ塗りで明るく、上の方の階はセメントの地肌そのままみたいに見える。けれど、それはわれわれの映画の中でこの建物が登場する場面の年代より18年も前の話だ。そういうスパンの中で町並みはどんどん近代化されていって、昭和10年代の写真では上の方の階にもペンキが塗られていたように写っている。
 とりあえず、中川先生には上下階で色を変えて塗ったものをお送りしてみた。
 やがて返事が来て、この中島本町で少年時代を過ごしたお2人の意見は共通していて、全館一色だったというご記憶であるとのことだった。
 以前、この同じ方に直接この建物の色をうかがったときには、「大正屋の外壁は明るいクリーム色みたいな」というふうに聞いている。今回は、文字どおりクリーム色に見える部分と、もっとベビーピンクっぽく見える部分を同じ絵の中に仕込んでおいた。すると、こっちの赤っぽい色の方が記憶の中にあるのと近い、というお話だった。
 そういうふうに塗り直すことにする。
 そのほか、中島本通りからちょっと北に入った慈仙寺鼻の鍇井理髪館の隣の山田歯科の建物の印象についても教えていただくことができた。もともとの絵コンテでは山田歯科がそのカットの背景の中心にするつもりで考えていたのだったが、しかしながら、山田歯科の建物の写真が入手できなくって、少し離れた元柳町の成田歯科の写真を基にしてごまかすしかなくなっていた。
 ところが、その隣の鍇井理髪館の息子さんがご健在で、疎開荷物に入れてあったアルバムに理髪館の写真があるということで、見せていただくことができ、そこからカットの背景を理髪館に変更することにしていた。なのだがそれでも、隣の山田歯科が画面内に入ってきていて、結局描かなければならなくなって、そこはちょっとデッチあげてしまっていた。
 当時の記憶を携えた方々から、そこを的確に「こんな建物ではなかった」と声をそろえるように指摘されてしまったのだった。
 自分自身が子どもの頃に住んでいた場所の風景をこんなふうに語ることができるのだろうか。自分の幼児記憶の豊富さについてはそれなりに得意に思っているところもあって、『マイマイ新子と千年の魔法』で描いた昭和30年の風景のディテールにそのあたりを反映させていたりもするのだけれど、それでも中島本町旧住民の方々のように、ここはこうだった、と具体的な何かについて明快に指摘できるだけのものは持ち合わせない。
 姿を消してしまった中島本町は、やはり特別なものなのだ。

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