SPECIAL

吉川俊夫 制作デスク インタビュー
第2回 ルールのない「線」へのこだわり

── 通常、劇場大作で「演出」としてクレジットされるような人は、今回の『かぐや姫』にはいなかったわけですよね。監督の下について、原画の上がりとか、撮影とか色彩をチェックしたりする人が、普通はいるじゃないですか。

吉川 そうですね。

── 今回は、役職としての「演出」のテリトリーも含めて、高畑さんが全部見ていたんですか。

吉川 いや、そういう意味での「演出」は田辺さんだと思いますよ。クレジットにそう書いていないだけで。もちろん、方々に確認をとる監督助手というスタッフもいましたけど。

── 線の濃淡が完成画面に出ているかどうか、みたいなチェックも田辺さんがやっていた?

吉川 最終的なコンポジット画面の確認は、監督である高畑さんに委ねていました。そこは田辺さんとは切り離させてもらいましたが、その前の着彩チェックという工程には田辺さんが必ず立ち会っているので、そのときに線の濃淡も含めて見てもらっています。

── それは、どういう状態で見るんですか。

吉川 着彩チェックで見るのは、作監修正まで終わった段階の原画を、色指定さんにスキャンしてもらって、上がっている美術ボードもしくは背景の上に載せて、色指定さんがPhotoshop上で無理やり色を塗ってくれて、こういう画面になりますという見本を作るんです。それを1カットずつ作って、高畑さん、田辺さん、美術監督の男鹿(和雄)さんに見てもらうという工程がありました。さすがに全カットぶんの見本を作るのは無理でしたけどね。そのときに、背景も含めた全体の色味、余白の付け方、線の濃さなどを、完成画面に近い最初のタタキ台として、皆さんにチェックしてもらっていました。

── まだ動画にする前なんですね。

吉川 動画にする前だったり、動画作業が進んでいる間だったり。順番はだんだんバラバラになっちゃいましたけど。

── その作業で、田辺さんがいちばんこだわっていたのは、線なんですか。

吉川 田辺さんが主に見ていたのは、線ですね。その時点で数値とかを少しいじって、濃淡を調整していく。いざ撮影さんのところに素材が行くときには、そのときに作成した色見本データを一緒に渡していました。「この着彩ボードを見本にして、合わせてください」と。

── その見本は、現場では「着彩ボード」と呼んでいたんですか。

吉川 データとして撮影さんに渡すときは、コンポジット・カラーチェンジを略して、CCファイルと呼んでいました。

── 動画作業に入るころ、合わせて色味をチェックできたということは、美術の上がりは早かったんですね。

吉川 早かったですね。男鹿さんが先回りしてボードをどんどん上げてくれてましたから。キャラクターの色も含めて。

── ボードは各シーンについて用意されてたんですか。

吉川 はい。基本的には全シーンの美術ボードがあります。高畑さんが具体的に指定する場合もあれば、男鹿さんが独自に先回りして描いてくれる場合もある。

── 美術は手塗りなんですか。

吉川 もちろん手塗りです。全部、透明水彩の薄塗りなので、直しが出たら最初から描き直しなんです。上から加筆して修正できませんから。

── 線の話に戻すと、今回の『かぐや姫』の画って、最近のアニメとは正反対の描き方ですよね。いわゆる線が細くて、ディテールが細かくて、できるだけ大きな紙に描いていくようなアニメとは、まったく逆方向を行っている。

吉川 ああ、そうですよね。普通のアニメって、実線の数値が決まっているじゃないですか。その上で仕上げ注意事項があって、どこのスタジオに撒いたとしても同じルールで画が上がってくるように管理されている。でも『かぐや姫』の場合は、実線の太さも濃さも全カットごとに変えているんです。線の黒の濃度も、全部均質にするとカットによっては違和感があることが分かった。だから、最終的に組み合わせたとき、また細かくチェックして数値を変えているんです。

── 薄墨みたいな淡い線は、最終工程で淡く加工しているところもあるんですね。

吉川 はい。普通のアニメなら、終盤ヤバくなったらスキャンも含めた仕上げを外にばらまくという選択肢もあったでしょうけど、今回はそういうこともできなかった。明確なルールもなかったので、ある程度の共通認識をもった人たちのなかでしか作業できなかったんです。

── 鉛筆のタッチを画面上に再現する技術については、具体的にはどうやってるんですか。

吉川 自分は初期のテスト段階には参加していないので、どんな試行錯誤があったのかは知らないんです。基本的には、動画をスキャンした人が1枚ずつ元の修正原画なりレイアウトなりと見比べて、線のタッチを調整していたらしいです。一枚一枚魂を込めたと聞いてます。その作業を全カットに渡ってやっていたら、とてもじゃないけど完成しない……という話ではありましたけど、結局はあまり変わっていないと思います。

── 別に、魔法のように便利なデジタルツールがあったわけではないんですね。

吉川 はい。「ここはおかしい」というところは肉眼でチェックして、人の手で調整していました。最終的なデータはデジタルだといっても、基本的には手作業の積み重ねです。

── 線画設定は、どのぐらい作ったんですか。

吉川 キャラ表ってことですよね。

── あと、小道具の設定とか。

吉川 小道具の設定は全然作ってませんよ。

── レイアウト段階で描き込んである?

吉川 そうです。田辺さんの方針で、最初から起こしたものはありませんでした。作業が進んでいくなかで「混乱するから、いいかげんにこれだけは設定を起こしてくれ」と現場から田辺さんに言われたものは、起こしたりはしています。

── キャラ表は大体ある?

吉川 これも田辺さんの意向で当初はなかったんですが、制作含めスタッフから「いいかげんにしろ!」というところでやっと作りました。でも、田辺さんとしてはあくまで参考という感じでしたね。基本的には、田辺さんのコンテに合わせて描くという方針でしたから。

── コンテなりレイアウトなりをベースにして描くべきで、キャラ表を見ながら描くような作品ではなかった?

吉川 結果的にそういうことですね。キャラ表で作画さんに制約をかけたくないと、田辺さんも考えられていたでしょうし。ただ、ここ最近のジブリ作品としては珍しくないんですよ。あんまり細かくキャラ表を作ったりしないので。

── 少なくとも、最近はそうですよね。

吉川 僕もジブリに初めて来たときは驚いたんです。キャラ表の情報が少なすぎて「これで描けるのかな?」と思ってたんですけど、基本的にはアニメーター全員が社内に入って作業するから、確かに必要ないなと思いましたね。何か変更があったり、注意事項が新たに出たりしたときには、コピーしてすぐ全員に通知できますから。ただ、この7スタはフリーの人が大半だったので、やっぱり初めは戸惑ってましたね。「もう少しキャラ表があるでしょう、普通」と思った人も多かったんじゃないでしょうか。全くゼロというのはありえないと思いますけど。

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