SPECIAL

西村義明プロデューサー インタビュー
第5回 高畑勲の本懐、田辺修の才能

── 田辺さんの話に戻りますけど、作画については、どういう関わり方をされてたんですか。

西村 いや、もう全面的に。アニメーターさんにレイアウトを描いてもらうんですけど、大げさに言うと最初の頃は、誰が描いても全修でした。で、直されたレイアウトをもとに、アニメーターさんがラフ原(ラフ原画)を描く。レイアウト、ラフ原、原画チェックという、3段階のチェック体制にしたんですけど、ラフ原でもかなり手を入れましたし、原画でもまだ手を入れていた。これは終わらないな……と思いましたよ。それで、ある時期からラフ原チェックまでに留めたりしました。

── 田辺さんのチェックを?

西村 ええ。最後のほうでは、制作デスクの吉川(俊夫)の発案で、コンテから田辺さんがじかにレイアウトを描けばいいじゃないかと。どうせ全修するんだったら、最初から自分で描けばいいじゃないですかって。でも、田辺さんもなかなか言うことを聞いてくれないんだよね。「いやあ、人に1回描いてもらったほうが、客観的に見れていいんですよ」なんて。

── 飄々と(笑)。

西村 いや、理屈では分かりますけどね。確かに、レイアウト段階でガッチリ手を入れるから、そのレイアウトが全体の基準になっていくんですよ。だから、ラフ原では迷わないし、原画が上がってきて小西(賢一)さんが直すときも、田辺さんが全修したレイアウトに近づければいいんだ、という指標になる。そのかわり、1カットあたりのレイアウトチェックには、かなり時間がかかりました。そこでいろんなものが止まりましたね。レイアウトの戻しが止まるということは、美術も止まりますから。一時期は、同日公開が発表される直前でしたけど、アニメーターも背景も全員が手空きになりましたからね。

── ああ、みんな仕事がなくて?

西村 そうです。レイアウトが戻らないから。あのときは僕もさすがに田辺さんと口論しましたけどね。上がってくるものは、ホントに誰がどう見てもいいものが上がってくるんですよ。でも、歩留まりっていうのが必要ですからね。ここまでできてりゃいいじゃないか、というところもあるじゃないですか。長編ですから、ある期間までには仕上げなきゃいけない。この調子でやっていったら20年かかる、という計算が出ちゃうんですよ。それもこっちの腹のくくりようだから、不可能ではないんです。でも、アニメって1人で作ってるわけじゃないですからね。うまい人たちにやってもらおうと思ったら、その人たちにも配慮が必要じゃないですか。20年もつきあってはくれませんよ。うまい人たちを存分に活かすためにも、ある期間内で仕上げなきゃいけない。そこで田辺さんにも協力してほしいのに、なかなかそこに意識が向かない人なんですよね。
 ただ田辺修が持っているセンスを捨てる気はなかった。それが高畑さんの本懐だったから。田辺修を存分に活かすという主旨のもとに始めた企画なので、どんなに大変なことになってもそこだけは守りきる。普通は演出補とか、ほかの人を入れて分業してやっていくんでしょうけど、高畑さんが「田辺修でいく」と言っている以上、それもできない。最後の作品ですから、初志を貫徹させてあげたかった。……まあ、吉川には迷惑かけましたけどね。

── 途中で体制が変わったりはしなかったんですか。

西村 いや、変えようとしたことは何回もありますよ。その都度、高畑さんと話すんですけど、やっぱり田辺修でやりたいと言うし。ただ、高畑さんも終盤では妥協点を見出してくれて、コンテを部分的に百瀬さんがやることになったりはしました。

── 月からのお迎えは、どうして百瀬さんになったんですか。

西村 あそこは、スタイルが変わっても構わない、むしろ変わって然るべきシーンなんです。月の人は人間じゃないですからね。だからこそキャラクターが変わって構わない。

── なるほど。

西村 妥協の中から演出を見出す、というのが高畑さんのすごさですよね。

── 作画監督の小西賢一さんは、どの段階で入ったんですか。

西村 小西さんは準備段階で入っていたんですけど、あまりの進まなさに、途中で『鋼の錬金術師(嘆きの丘の聖なる星)』に行っちゃって……。

── ああ。さらに『謎の彼女X』をやって……。

西村 で、パイロットフィルムが終わった、2011年の5月ぐらいに戻ってきてくれたんです。小西さんには、本当に感謝してるんですよ。やっぱり『かぐや姫』って、絶世の美女じゃないですか。表情豊かであることも大事だし、なおかつ誰が見ても「美女」だと思える、一般性がないといけない。かぐや姫だけでなく、ほかの人物も含めて、感情を豊かに底上げをしてくれたのが大きいですね。いちばん負担がかかったところですから。

── それもやっぱり、田辺さんが描いたレイアウトをもとにしつつ?

西村 うん。もとにしつつ、もう少しこうしたら可愛くなるんじゃないか、とかね。だから、姫が魅力的なのは、もちろん田辺さんの描く芝居のうまさもありますけど、小西さんが表情にちょっと線を足したり、ニュアンスを足したりしたところが本当に活きてますよね。物量もすごかったし。

── そうなんですか。

西村 レイアウトもラフ原も、誰が何回出しても全修みたいな現場って、みんな疲弊していくんですよ。何やらされてるのかな? って。一体自分が役に立ってるのかどうかとか、果たして私はここにいていいのかどうか。普通はそう思いますよね。

── 疑心暗鬼?

西村 そう。疑心暗鬼になっていくんですよ。そこで、どうして原画さん全員が支え合って頑張れたかと言ったら、中でも小西さんがいちばん大変だというのがあったから。小西さんがあれだけ頑張ってるんだから、こっちも弱音なんか吐いてられないね、という雰囲気があったんですよ。小西さん、ずっと満身創痍でしたから。あの人の労力がなかったら、『かぐや姫』の現場はいい状況にはなってなかったでしょうね。

── 小西さんが大変だったのは、主に物量ですか。

西村 作業量も多いし、求められるものも……原画がそのまま画面に出てしまう作品なので、動画にトレスされるわけではないですから、小西さんのところが画としてキーになってくる。そこで崩れたら全部崩れちゃうわけです。普通にキャラクターを合わせるだけでも、しんどかったでしょうし。原画の数自体も多かったですしね。動画の中割りが少なかったりして。

── 小西さんも、鉛筆の線を活かしたアニメにたくさん関わってきたじゃないですか。『ドラえもん(のび太の恐竜2006)』とか。

西村 そうですね。

── その小西イズムが、今回の作品にも反映されていると思っているファンも多いみたいなんですが、その捉え方は違っていますか?

西村 基本は、田辺さんの線ですね。田辺さんの線をみんなが真似しなきゃいけなかった、という現場でしたから。『山田くん』のときに小西さんが培ったものを、今回の現場でご自身が活かしたところはあるでしょうけど。

── 小西さんのルーツも『山田くん』にあると。

西村 え、そうじゃないですか。

── そうだと思います。

西村 線の選び方に関しては、やっぱり田辺修という人は天才的なんですよ。線の強弱、太さ細さ、その選び方のセンスが抜群なんです。それはもう個人のセンスですから、レイアウトを描くアニメーターさんも絶対分からないですよ(笑)。ルールが見出せないんですもん。男鹿さんでさえ、ずっと困ってました。田辺さんの線の感じを活かそうとするんだけど、なかなか近づけなかったと。

── 男鹿さんも、田辺さんのレイアウトを基準として作業していたわけですか。

西村 もちろん、大部分そうですね。男鹿さん、高畑さん、田辺さん、この三つ巴で議論しながら、1枚1枚の画を作ってましたから。背景に線を加えようとか、塗り残しを入れようというのは、高畑さんの案だったし。それもセンスがないとできないことなので、男鹿さんだからできた部分はあるでしょうしね。ルールがないから、やっぱりどんな局面においても田辺さんのレイアウトが基準になるんです。

── レイアウトは、ほとんど田辺さんがフィニッシュしている?

西村 ほとんどというか、全部でしょう。

── 全部ですか!?

西村 レイアウト戻しは、すべて田辺さんが手を入れてますから。その戻し自体、もうラフ原みたいなレイアウトなんですよね。そこがちゃんとできていれば、あんまり崩れない。だから、そのやり方は変えられなかったですね。

── 作品全体の画として意識したのは、日本画の世界なんですか。

西村 いや、そんなことないですよ。日本のアニメーションが日本画の流れを汲んでいるということは高畑さんも意識してますけど、日本画っぽくしようとか、絵巻物風にしようとかいったことは考えてないです。結果として、これが水墨画にも見える人もいるし、日本画っぽく見える人もいるし。ただ、みんなで意識して目指した先がそれだったわけではないです。

── むしろ無意識にそうなった?

西村 うん。日本的かもしれないけど、日本画的じゃないかもしれない。

── あっ、なるほど。

西村 高畑さんって、日本人であることを絶えず意識している方ですから。音楽作業なんかも苦労してましたよ。平安時代の日本を描いているのに、西洋音楽の楽器を使っていいのか、西洋音階を使っていいのか、とか。久石(譲)さんが作曲家に決まる前から、それはずっと考えてましたね。結局は「使っていいんだ」ということになりましたけど。
 やっぱり自分は戦前生まれだから、今の若い人たちと違って、自分が日本人だということを絶えず意識せざるをえないんだ、と。高畑さん本人は西洋音楽が好きだし、ご自身で西洋かぶれだって言ってますけどね(笑)。

── なるほど(笑)。作画の話に戻りますけど、芝居については、実際に演技してみた動きを撮影して、その映像を参考にしたりしているんですか。

西村 そういうことをやってみた部分もありますけどね。普通のアニメーションの現場でもやってることの延長ですよ。瓜をパカッと割るシーンでは、実際に瓜を割って参考にしてみたり。着物の女の子がバーッと丘を駆け上がったらどんなふうになるのか、子役を呼んで撮影してみたり、その場にアニメーターさんを呼んで見てもらったり。高畑さんがその場で実演したりとかね。ただ、基本的には、コンテ段階で芝居の設計はほとんどできてます。高畑さんが身振り手振りを交えて説明して、そこに田辺さんがアレンジやニュアンスを加えて描いたコンテがあるので。もう、9割9分はコンテ段階で設計できてるんじゃないですか。

── 飛翔シーンも?

西村 そうです。コンテの段階で、こうやって飛ぼうとか具体的に描き込んである。だから、田辺さんにとっての基準は、絵コンテなんですよ。レイアウトチェックするときも、まず自分で描いたコンテの画に立ち戻るんです。

── なるほど。

西村 レイアウト戻しが滞ってしまったから、つながりでチェックすることができなくなったんですよね。バラバラに見ていくことになってしまった。そうなると、田辺さんも頭が混乱してきちゃうので、傍らにコンテを置いて流れを確認しながらチェックしていました。そういう意味でも、コンテに立ち戻らざるをえなかった。だから、コンテがしっかりできていれば、レイアウトチェックもしっかりできるし、レイアウトがしっかりできてれば、ラフ原や原画チェックの時間も、それほどかからなかった。

── レイアウトチェックが最終的に終わったのは、いつ頃なんですか。

西村 ギリギリです。8月末とかじゃないですかね。

── 現場がいちばん大変だったピークは?

西村 労力としての大変さがピークに達したのは、もちろん最後の2~3週間とかですよ。どのアニメーションも追い込みは大変ですから。でも、精神的な苦痛のピークは、去年(2012年)の11月じゃないですかねえ。このままでは作品が完成しないかもしれない、公開延期を検討せざるをえなかった時期。つまり、レイアウトチェックが滞って全員が手空きになって、田辺修を中心にやっていたら完成しないかもしれない、という岐路に立たされたときですね。1ヶ月半ぐらいコンテに集中する期間にしなきゃいけなかったから、1ヶ月間、現場が止まったんです。それで辞めていった人もいますしね。

── つらいですねえ。

西村 最後の追い込みで、ワーッと狂騒状態でやるのは、一方で精神的には楽なんですよ。やればいいんだから。集中して、それで終わるんだから。でも、やりたいんだけど、やれないという時期が続いたんですよね。
 スケジュールは全然間に合わない。一方で公開日が発表される。あとどれくらいかかるかと言ったら、20年かかる。そういう数字しか出てこない状況に、誰も明確に打つ手が見出だせなかった。そのときが、危機的状況という意味ではピークでしたかね。

── そこから事態が好転したのは、いつなんですか。

西村 まあ、劇的に好転したということはなかったですけどね。徐々に作り方とか方法論が決まって、なんとかいけるんじゃないかという空気になってきたのが、今年(2013年)の2月、3月、4月ぐらいですかね。

── それは、田辺さんのチェックの仕方を変えたから?

西村 いや、違います。結局、田辺さんの作業に関しては、順調にはならなかったですね。チェックの仕方は変わりませんでした。けど、田辺さんのチェックの仕方を変えずに何ができるかということで、田辺さんのチェック時間が短くてすむ人にレイアウト、ラフ原を描かせる。いわゆる1原、2原みたいなシステムを敷かざるをえなかった。田辺さんが直しやすい人、もしくはレイアウトチェックでほとんど手を入れなくてすむ人を絞っていった結果、約7~8人ぐらいが残った。大雑把に言うと、その人たちがレイアウト、ラフ原を切って、残りのアニメーターが清書にしていく、というやり方になりました。それによって、レイアウト戻し、ラフ原の戻しも含めて、ある時間内で終わっていく。最初からそうやれていればよかったという意見もありますが(笑)。

── もしも、次に田辺さんの作品をやるときは、最初からそのスタイルで?

西村 いや、田辺さんがやるんだとしたら、レイアウトを全部上げきってから作画インですね。5年かけてコンテを描いて、自分でレイアウトを全部切って。それから作画インすれば、あとはラフ原と原画で描いていけばいいだけですから。

── なるほど。本当におつかれさまでした。

西村 はい、おつかれさまでした。

西村義明プロデューサー インタビュー おわり

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