COLUMN

第27回 泣いて笑ってケンカして 〜ど根性ガエル〜

 腹巻猫です。2月2日スタートの「プリキュア」シリーズ最新作『ハピネスチャージプリキュア!』。主題歌は初期シリーズ『ふたりはプリキュア』(2004)から『ふたりはプリキュアSplash☆Star』(2006)で主題歌を手がけていた作詞・青木久美子、作曲・小杉保夫のコンビが復活です! シリーズ10周年作品となる本作、どんな「プリキュア」になるか、今からドキドキですよ。


 正月気分はそろそろ抜けたけど、新年会、成人の日、すぐに節分、となにかと華やいだ気分の1月。こういう時期にふさわしい作品はなにかないかなあ……と考えていて、ふと思いついたのが『ど根性ガエル』だった。
 『ど根性ガエル』が格別1月らしい作品ということではない。けれど、正月というと羽織袴を着た梅さんの姿が目に浮かびませんか? 下町を舞台に四季折々の情趣を盛り込んだ『ど根性ガエル』の世界は、笑いとバイタリティに満ち満ちていて、「新春」という気分にぴったりな作品なのだ。

 『ど根性ガエル』は1972年に放送されたTVアニメ作品。吉沢やすみの原作を東京ムービー制作で映像化した。作品を見たことのない世代でも、Tシャツに貼りついた平面ガエルのぴょん吉の姿はなじみがあるのではないだろうか。頭にのっけたサングラスがトレードマークのひろし、ひろしを先輩と慕う五郎、セーラー服の美少女・京子ちゃん、ガキ大将のゴリライモ、寿司屋の梅さんに南先生、ヨシ子先生、「教師生活25年」の町田先生。個性的なキャラクターが活躍するギャグアニメだ。
 「ピョコン ペタン」の擬音で始まるオープニング主題歌が秀逸だ。イントロで使われたビョンビョンと鳴る楽器は口琴(ジューズ・ハープ)。「カエルといえばジューズ・ハープ」とすりこまれてしまうぐらい強烈な印象のイントロである。
 主題歌の作・編曲と劇中音楽を担当したのは広瀬健次郎。映像音楽の世界で活躍するベテラン作曲家だった。
 広瀬健次郎は1929年生まれ。慶応大学法学部に在学中から作編曲活動を開始。日劇のレビュー音楽やCM音楽、劇場作品・TV番組の音楽を多数手がけた。劇場作品では60年代の東宝の看板シリーズであった加山雄三主演の「若大将」シリーズ、森繁久弥主演の「駅前」シリーズ、クレージー・キャッツ映画などで腕をふるった。1968年には大映「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」の音楽を担当し、その後の「ガメラ」シリーズでも使われた名曲「ガメラマーチ」を生み出している。
 アニメでは『オバケのQ太郎』(1965)と『ど根性ガエル』が代表作。どちらも石川進が歌う主題歌が印象深い作品だ。
 広瀬の音楽はとにかく明るくて陽性。ちょっとペーソスがにじむこともあるが、カラリとしてべたつかない。これはアニメ音楽でも、一連の東宝作品でも、「ガメラマーチ」でも変わらない。そして、ひねったところや難しいところのない、ストレートでシンプルな音楽だ。これがいい。聴いているだけで前向きな気分になる。
 『ど根性ガエル』の音楽は「ど根性ガエル ミュージックファイル」のタイトルで1993年にバップからCD化されている。収録トラックは次のとおり。

  1. ど根性ガエル(TVサイズ)〜サブタイトル
  2. ゆかいな通学路
  3. ひろしピョン吉 迷コンビ
  4. 愛しの京子ちゃん
  5. ど根性でヤンス(インストゥルメンタル)
  6. ど根性ガエルマーチ(TVサイズ春ヴァージョン)
  7. ピョン吉の天気予報
  8. 対決!ゴリライモ
  9. 泣くな!ひろし
  10. 下町の夕焼け
  11. 次回予告(「ど根性ガエル」アレンジBGM)
  12. ど根性ガエル音頭(TVサイズ)
  13. 南先生愛車ブロラン号は故障中
  14. ピョン吉にまかせろ!
  15. ど根性ガエル(インストゥルメンタル)
  16. 母ちゃん!すしくいてえ!!
  17. ど根性ガエルマーチ(TVサイズ冬ヴァージョン)
  18. ブラボー!ヨシコ先生
  19. 男涙のやせがまん
  20. 佐川梅三郎は男でござる!〜梅さんのテーマ
  21. 五郎の初恋
  22. 意地と度胸の大作戦
  23. ピョン吉・ど根性!
  24. にぎやかな放課後
  25. ど根性でヤンス(TVサイズ)
  26. ど根性ガエル(TVサイズ別ヴァージョン)

 全26トラックだが、BGMは複数曲を1トラックに編集収録しているので、実質的な収録曲数はもっと多い。
 BGMはストリングスを含まないバンド編成。オープニングにも登場するジューズ・ハープをはじめ、エフェクトをかけたギターや弱音器を使ったトランペットなど、ユーモラスに聴こえる音色が効果的に使われている。広瀬は少ない楽器編成でも印象に残る曲を創り出すアレンジがうまかった。
 トラックリストを見るとわかるとおり、ひろし、ピョン吉、京子ちゃん、五郎、ゴリライモ、梅さん(梅三郎)、ヨシコ先生など、キャラクターの名を冠した楽曲が並んでいる。脇役にいたるまでキャラクターが印象深い作品だけに、本編の雰囲気をたくみに再現した構成になっているのがうれしい(構成・解説は早川優氏)。
 「ひろしピョン吉 名コンビ」は主人公のひろしとピョン吉をイメージしたトラック。コミカルだけどほんわかした印象の愉快な曲だ。ギャグアニメというとドタバタした曲がつけられるケースも多いが、本作の音楽は「ギャグ」というより「ユーモラス」。こういう音楽はなかなか難しいのだ。
 「愛しの京子ちゃん」は京子ちゃんのテーマ集。美少女なのに活発でおきゃん(死語?)、「下町の路地をこんな子が駆けているのでは……」と思わせるヒロイン・京子にふさわしい喜怒哀楽のくっきりした曲である。
 「対決!ゴリライモ」はひろしのライバル・ゴリライモのテーマ集。にくめないガキ大将ゴリライモのイメージをデフォルメした曲調で表現。ちょっと怖そうでしかもユーモラスという、相反する要素が混然となっていて、これもうまい。
 「ブラボー!ヨシコ先生」はひろしたちが通う中学校の美人教師ヨシコ先生とひろしたちのからみをイメージしたトラック。小粋な香りはバート・バカラック風? ここでもユーモラスな味つけは一貫していて、劇場作品にたとえれば「何かいいことないか子猫チャン」(1965年のハリウッド作品。音楽はバカラック)といった雰囲気なのだ。
 「佐川梅三郎は男でござる!〜梅さんのテーマ」、いいですねえ。これぞ日本の詩情。演歌調でありながら洋風にも聴こえる明るい仕上がりは、東宝の娯楽映画音楽にも通じる広瀬健次郎らしい名アレンジ。
 「五郎の初恋」はエンディング主題歌「ど根性でヤンス」のアレンジBGM。五郎のみならず、本編でのさまざまな恋のエピソードを彩った味わい深い曲だ。
 キャラクターの名が入ったトラックだけでも楽しめる「ど根性ガエル ミュージックファイル」。そのほかの日常曲、情景曲も飽きさせない。
 「ゆかいな通学路」は本作の雰囲気を代表する日常曲集。1曲目はメニューでずばり「登校」と指定された曲だが、明るい気分の曲調からちょっとセンチメンタルな曲調に変わるところが実に素敵。学校に行く気分ってこんな感じじゃないですか。
 「下町の夕焼け」「にぎやかな放課後」もいい曲だ。泣いて笑ってケンカして、夢中ですごして1日が終わる。そんな名残惜しい気持ちと幸せな気持ちが入り混じった子どものころの夕暮れどきの気分がよみがえってくる。
 ラスト前に置かれた「ど根性でヤンス」は、オープニング主題歌と対をなすエンディング主題歌。ほのかにペーソス(哀愁)がただよう歌詞と曲は本作のもうひとつの顔を表現してみごとだ。石川進の表情たっぷりの歌唱がすばらしい。

 緻密に作りこまれた現代のサントラを聴きなれた耳には、『ど根性ガエル』の音楽はシンプルすぎて、手抜きにすら聴こえるかもしれない。だけど、このシンプルさ、まっすぐで前向きで余計な飾りを省いた潔さが『ど根性ガエル』の世界だし、広瀬健次郎の持ち味だ。油絵もいいけど、水彩で描いたイラストにも、墨だけで描く墨絵にもそれぞれ味わいがある。音楽も同じ。『ど根性ガエル』の音楽は、色鉛筆で自由に描いた楽しいスケッチのような音楽である。どの曲にもキャラクターの生き生きとした表情が鮮やかな線でとらえられている。
 広瀬健次郎は1999年に惜しくも他界。主題歌を歌った石川進も2012年に亡くなった。残念だけど、『ど根性ガエル』の世界の中では、広瀬健次郎の音楽、石川進の歌に乗って、ひろしやピョン吉、京子ちゃん、ゴリライモたちが永遠にドタバタをくり広げている気がする。ぺったんこになったピョン吉だってシャツの中でドッコイ生きてるんだから。

ど根性ガエル ミュージックファイル

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※『オバケのQ太郎』『ど根性ガエル』をはじめ、石川進が歌唱したテーマソングを多数収録。
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