COLUMN

第50回 空白の谷間の今週

2013年9月2日(月)

 朝から比治山大学に行き、昨日一日限りの展示の解体に立ち会う。
 展示自体のバラしは学生さんたちが行うので、その前に展示物をパネルから外しつついちいち確認してゆくのが自分の仕事。
 今回は大学での教材としての展示ということで、ずいぶん色々なものを並べることができた。仕事をはじめてほとんど32年にも及んでしまうのだが、その一番最初のものから、絵コンテの練習をしていた時期のもの、監督という立場に就く前にひたすら絵を描いていればよかった頃のもの、そうした頃から今に至るまでの様々な時期を通り過ぎるように、ひたすらにパネルから外し、持ち帰るには及ばないコピーと持ち帰らなければならないオリジナルを選り分け、あらためて作品ごとの山を作ってゆく。
 すでに「同じような展示を別の場所でも」というお話をいただいてもいるのだけれど、こんなに広範にわたった展示はもうできず次があっても作品を絞ることになるだろうはずなので、遠慮なく展示パネルは解体してゆく。このまま丸ごと保管してあちこちで展示出来たらそれはそれで楽しかっただろうとは思うのだけれど。
 捨てるもの、大学に寄贈するもの、送り返してもらうもの、3つの山を作り、実はここへもってきてはあったのだけれど(主にスペースの関係で)展示しなかったものもあったので、これを「送り返してもらうもの」とひとつにして、作品ごとに遺漏がないかをチェックしてゆく。最初の時点で展示素材をいちいち写真に撮ったものを添えたリストが作ってあったので、これと照らし合わせればよいので、楽は楽だ。変に自分の記憶に照らして、思い違いだとかを根拠におかしなことをいいださなくてもすむ。
 大判のポスターだとか丸めて長い筒に入るものは今日自分が持ち帰ることにして、究極的に嵩張る段ボール製の立体工作物(『アリーテ姫』の姫君の塔の検討用模型)だけはどうしようもないので郵送してもらうしかなく、それ以外をひとまとめにしたら、驚くなかれ段ボール箱1箱分にまとまってしまった。32年分が段ボール1箱。これは後日、久保直子先生がご自身のハンドキャリーで東京まで持ってきてくださるとのこと。
 壁の方を見ると、立ち並んでいたパネルは全部剥がされ、それらを壁に固定していた強力両面テープも剥がされ、移動してあったベンチも戻されて、あんな展示など何もなかったかのように部屋も戻っている。
 「タクシー呼びましょうか?」
 「え? いや、バスでいいです」
 と、答えたのは、あまり慌ただしいよりも、ちょっとでも余韻に浸っていたかったのかもしれない。
 東京へ帰るとまだ一同ふつうに仕事している時刻だった。2ヶ所あるMAPPAのスタジオそれぞれに土産ものを落とし、夕方には家に向かった。
 この週の残りはなんだかぼーっと過ぎていったようで、ほとんど記憶がない。浦谷さんはレイアウトを進めていたし、自分自身は「まだこんな写真があったか」などとそれでもまだ入手できた戦前の呉市街地の写真を眺めたり、それをしかるべきホルダーに整理し直したりしていた。

2013年9月6日(金)

 昨夜は、比治山大学で公開するためのほんの4カットばかりの『この世界の片隅に』の映像のために奮闘してくれた制作の牧田を囲んで、こころばかりの打ち上げを行った。本来なら撮影スタジオに外出しするべきコンポジットを全部引き受けてくれ、徹夜続きで風邪までひいていたので、終わったら肉でも食べてもらおうと思っていたのだった。
 牧田はこの3月までは自分が非常勤講師を勤める大学の学生だったのだが、「次の仕事からは設定制作まかせてもらえそうです」と、この打上げで明るい顔をしていた。
 という翌朝、仕事場に着いたら丸山さんがいたので、話をした。南阿佐ヶ谷の駅前の方にきれいな第1スタジオができてからは丸山さんはそっちに机を置くようになっていたので、少しばかり顔を合わせる機会が減ってはいた。
 比治山大学では178人もお客が入って、という話をしようとしたのだが、丸さんは、それよりもと、
 「そろそろ人集めをしようか。そっちで欲しいと思う人の名前のリスト、ちょうだい」
 作業の手順として考証と基本的な設定をまず固めておかなくてはならないこの作品としては、ここまではごく限られた内輪だけで進めてきていたのだが、そろそろ次のステージを目指すべきときがきつつある。

2013年9月7日(土)

 広島から久保直子先生が、展示物を運んできてくださった。
 ついでに、10月に行う通称「このセカ探検隊」の相談をする。これは『マイマイ新子と千年の魔法』の公開以来、防府で繰り返し行ってきた「映画の舞台を実際に歩いて、今はなくなってしまった当時の風景を、それぞれの心の中で蘇らせよう」という「マイマイ新子探検隊」イベントの『この世界の片隅に』版なのである。ついでにいうなら、「マイマイ新子探検隊」も同じこの10月に行う。
 実はもう何回かコース選定のための実験試行はしていて、その都度「マイマイ新子探検隊」の参加者の方々につきあっていただいていたのだったが、今回募集をかけて「マイマイ新子探検隊」と同じ顔ぶれだったらほとんどの方はすでに一度コースを巡っているはずなので、ちょっと変則的なコース取りのBプランでいってみようか、と話していたのだった。けれど、募集をかけたら新規の方が半分以上とのことだったので、従前どおりのAプランでゆくことになった。今回はこの段階から呉と広島の公共団体の方々のご支援もたくさんいただいてゆく。
 なぜそんなことになってしまったのか、製作委員会まかせにしてあった配給宣伝が予想以上に貧弱で、映画が公開されるまで知る人もほとんどいなかった結果陥った『マイマイ新子と千年の魔法』の苦戦は繰り返さない。人まかせにせず、できるところからだけでも「こんな映画が作られている」ということを知らしめつつ、道をゆく。

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