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第15回 自由の旗の下に 〜宇宙海賊キャプテンハーロック〜

 腹巻猫です。7月31日にサントラ専門レーベル《SOUNDTRACK PUB》から『新・エースをねらえ!』(1978年放映)のオリジナル・アルバム復刻盤が発売されます。オープニング&エンディング主題歌以外は全曲初CD化という快挙! 劇場版『エースをねらえ!』に流用された挿入歌やBGMも収録されます。購入はAmazonで!


 全編CGによる劇場作品『キャプテンハーロック』が9月に公開されると聞いて、壮大なイントロから始まるTVアニメ版『宇宙海賊キャプテンハーロック』の主題歌が脳内で再生された人も多いだろう。
 1978年に放映された東映動画制作のTVアニメ『宇宙海賊キャプテンハーロック』は、70年代後半のアニメブームを代表する作品の1本だ。松本零士の原作マンガのタッチを巧みに再現した小松原一男によるキャラクターや椋尾篁による美術設定と並んで、音楽が深く印象に残る作品だった。
 主題歌と挿入歌を作曲したのは歌謡界のヒットメーカー・平尾昌晃。平尾は本作に続いて、TVアニメ『銀河鉄道999』(1978)、『サイボーグ009』(1979)の主題歌・挿入歌も手がけているが、トータルな完成度では本作が随一と思う。
 そして、主題歌・挿入歌すべてのアレンジと劇中音楽を手がけたのが横山菁児。大編成のオーケストラを駆使したスケールの大きな音楽で知られる作曲家だ。アニメの代表作は『宇宙海賊キャプテンハーロック』と『聖闘士星矢』。今回は、この横山菁児の音楽について語ってみたい。

 横山菁児は広島出身。国立音楽大学で作曲を学び、60年代からテレビやラジオ番組の音楽を手がけていた。70年代には日本コロムビアの学芸部門(主に子ども向けの作品を制作する部門)で各種レコードの作曲・編曲にも参加。オーケストレーションの腕前を生かした「鳥のシンフォニー」「小鳥のシンフォニー」といった企画アルバムも残している。
 しかし、1978年当時、アニメ音楽の分野では横山菁児はさほど名が知られた作曲家ではなかった。最初に名前がクレジットされたアニメ作品は1967年放映の『リボンの騎士』。これは音楽担当の冨田勲から「横山さんに指揮してほしい」と指名されて参加した作品だ。冨田勲との仕事はその後も続き、横山は冨田のスコアからそのユニークなサウンド作りの技を勉強させてもらったという。その後、1974年に『昆虫物語 新みなしごハッチ』、1977年に『超合体魔術ロボ ギンガイザー』の音楽を担当したが、いずれも大きな評判にはならなかった。

 『宇宙海賊キャプテンハーロック』は音楽制作を担当したコロムビアが大いに力を入れた作品だ。本作の放映開始は1978年3月。その3ヶ月前の1977年12月にアニメ音楽史上空前のヒット・アルバム「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」(本連載の第1回で紹介)が発売されている。このヒットのおかげで、『宇宙海賊キャプテンハーロック』の音楽は「BGMを大編成のオーケストラを使った組曲として作る」という、前例のない制作方式で作られることになった。本作の音楽は、最初から8楽章からなる組曲としてメニューが作られ、作曲・録音されているのである。「本格的なオーケストラを短期間に一定のクオリティで書ける作曲家」ということで白羽の矢が立ったのが横山菁児だった。
 それまでTVアニメの音楽を手がけてきた作曲家は、独学で音楽を学んだ作家や軽音楽出身の作家が多く、横山のように音楽大学で正式に作曲法を学んだ作家は稀だった。『宇宙海賊キャプテンハーロック』の音楽は横山菁児だからこそ書けた本格的なオーケストラ作品だったのである。この作品は横山にとっても、その後のキャリアを決定づける運命の作品になった。

 音楽集LP「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」の発売は1978年5月。アニメのサウンドトラック・アルバムなのに「歌」がまったく入ってないという、実に挑戦的な1枚だった。  収録曲は以下のとおり。

  1. 序曲—OVERTURE 〜果しなき宇宙の海
  2. 海賊船—THE ROVER 〜戦闘への船出
  3. 愛—FOR THE LOVE OF MANKIND 〜愛、そして平和への祈り
  4. 惑星—A PLANET 〜全能なるマゾーンと女王ラフレシア
  5. 楽園—PARADISE 〜41人の海賊と猫と鳥と
  6. 戦闘—THE BATTLE 〜戦うハーロックとアルカディア号
  7. 寂光流離(さすらい)—WANDERING 〜悲しみ、怒り、そして旅立ち
  8. 終曲—FINALE 〜歓びの讃歌

 現在発売中のCDでは割愛されているが、ブックレットには横山菁児と東映動画プロデューサー・田宮武のコメント、2人の対談形式による楽曲解説が掲載されている。
 オーケストラは総勢64人編成。ただしこれは指揮者(熊谷弘)やリズム隊(ドラムス、エレキベース、エレキギター)も含めた人数で、純粋なオケは60人ほどになる。
 リズム隊は、ドラムス・石川晶、エレキベース・寺川正興、エレキギター・木村好夫という、当時実力ナンバー1の最強メンバーだ。
 けれど、実はリズム隊の出番はそんなに多くない。組曲の多くの部分はリズム隊抜きの生オーケストラで演奏されている。リズム隊をたっぷり使った「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」はポップス・オーケストラの雰囲気が濃かったが、こちらはぐっとクラシックっぽい印象。緊張感のある硬質のサウンドがキャプテンハーロックのキャラクターと物語によく合っていた。

 第1楽章「序曲」の冒頭に登場するのは本作のメインテーマとなるメロディ。このフレーズを聴くと「あ、キャプテンハーロックだ!」と思う印象的なメロディである。メインテーマはほかの楽章の中にもたびたび現れ、組曲の随所にハーロックの面影が見えるような効果を出している。クラシック音楽で「ライトモチーフ」と呼ばれる手法だ。
 第3楽章「愛」はロマンティシズムに満ちた情感豊かな曲。ハネケンこと羽田健太郎のピアノが大活躍するパートである。実は、『宇宙海賊キャプテンハーロック』はハネケンと横山菁児の出会いの作品。それまで別のピアニストを使っていた横山が、コロムビアのディレクターの奨めで初めてハネケンを起用したのが本作だった。「愛」の演奏を聴いた横山はハネケンのピアノにすっかりホレ込み、以後、録音には必ずハネケンを使うようになったという(ただし、羽田健太郎の登板は『聖闘士星矢』の前まで。羽田が作曲家として多忙になったため、『聖闘士星矢』以降は作曲家でもあるピアニスト・美野春樹が録音に参加している)。
 第4楽章「惑星」と第6楽章「戦闘」は、横山サウンドの特徴がよく表れた、本アルバムの中でも特に聴きごたえのある楽章だ。「惑星」では得体のしれないマゾーンを描写する妖しいサウンドに引き込まれる。中盤からのジャズっぽい展開も横山菁児らしく、とろけるようなピアノと艶っぽいヴァイオリンのかけあいが官能的だ。マゾーン侵攻を表現する終盤のブラス・マリンバ・弦のアンサンブルでは音が奔流となって押し寄せてくるような迫力に圧倒される。「戦闘」はタイトル通り戦闘場面をイメージした楽章で、現代音楽的な不安な導入からじわじわと緊迫が盛り上がっていく展開にぞくぞくする。その緊迫がダイナミックな主題歌アレンジで一気に解放される構成もすばらしい。
 組曲の中で忘れがたい印象を残す踊り狂うようなマリンバの演奏は、日本を代表するマリンバ奏者・安倍圭子によるもの。安倍は本作以降も横山作品の常連として録音に参加している。特撮ファンに人気の高い「超人機メタルダー」のアクション曲でも安倍の壮絶にカッコいいマリンバを聴くことができる。
 「寂光流離(さすらい)」と題された第7楽章は横山ならではのロマンティシズムが発揮された楽章。抑制された表現で情感を伝えるオーケストレーションは、格調高い楽劇音楽を思わせる。のちの『聖闘士星矢』にも受け継がれる大河ドラマ的なうねりを持った曲である。

 BGMでありながら組曲という難しい課題に挑んだ本作。結果は大成功だった。アルバムはヒットし、オリコンチャート9位を記録。本作の音楽に感動したアニメファンの音大生女子2人がピアノ連弾曲に編曲して自分たちで演奏、レコードまで出すという、70年代アニメブームならではのエピソードも生まれた。本作以降、コロムビアは「組曲」「交響組曲」と冠したアルバムを次々と発売していく。「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」で芽生えたアニメ音楽の新しい可能性が本作で確立され、ひとつのムーブメントに育ったのである。
 本アルバムの唯一の不満は、本編で少女・まゆが吹くオカリナの曲が入ってないこと。それは、1978年8月に発売された主題歌・挿入歌集「宇宙海賊キャプテンハーロック」の中に「まゆのテーマ」として収録されている。この歌のアルバムは名曲ぞろいで、「わが友わが命」「むかしむかし」「銀河子守唄」など、保富康午による歌詞とともに心に残る歌が多い。『宇宙海賊キャプテンハーロック』の音楽世界を完成させるためには、交響組曲と歌のアルバム、両方が欠かせないのだ。

 「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」には横山菁児の音楽のエッセンスが詰まっている。本作のあと、横山菁児は数々のアニメ・特撮作品で活躍。特撮では「恐竜戦隊コセイドン」(1978)、「メガロマン」(1979)、「超人機メタルダー」(1987)、「特警ウインスペクター」(1990)、「超力戦隊オーレンジャー」(1995)、アニメでは『機甲艦隊ダイラガーXV』(1982)、『聖闘士星矢』(1986)、『剛Q超児イッキマン』(1986)、『まじかる☆タルるートくん』(1990)などを手がけた。ちょっとマイナーなところでは、TVアニメスペシャル『闇の帝王・吸血鬼ドラキュラ』(1980)、劇場アニメ『FUTURE WAR 198X年』(1982)、『浮浪雲』(1982)といった作品もある。そのほとんどが、『宇宙海賊キャプテンハーロック』で開花したシンフォニック・サウンドで書かれている。70〜80年代のアニメファンに本格的なオーケストラの響きを聴くよろこびを教えてくれたのが、横山菁児の音楽だった。

 実は筆者は、この7月に広島に住む横山先生のお宅を訪問した。横山先生は2000年から東京を離れ、故郷・広島に戻って暮らしているのだ。しかし仕事を辞めたわけではなく、2004年には劇場アニメ『聖闘士星矢 天界編 序奏〜overture〜』の音楽を担当。2008年には『劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!』の音楽を担当してファンを驚かせた。
 今回の原稿には横山先生の仕事場で聞かせてもらったお話も盛り込んでみた。今も創作意欲は衰えず、元気に作曲活動を続けていらっしゃるそうだ。ロマンティックでダイナミックで品格のある横山サウンドの新作をぜひ聴いてみたい。久しぶりに「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」を聴きながら、そう思った。

交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック

COCC-72003/1260円/日本コロムビア
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宇宙海賊キャプテンハーロック

※主題歌・挿入歌集。
COCX-33167/1365円/日本コロムビア
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テレビテレビオリジナルBGMコレクション 宇宙海賊キャプテンハーロック

※小編成で録音された追加楽曲を収録した補遺盤。
COCC-72017/1260円/日本コロムビア
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宇宙海賊キャプテンハーロック ETERNAL EDITION 1&2

※交響組曲を含む全楽曲を収録した2枚組完全版。
COCX-31697-8/1260円/日本コロムビア
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