COLUMN

第41回 導火線とその先にあるもの

 ここのところの進行中の作業は、冒頭の広島・中島本町シーンのレイアウト。こういうところは、はい美術設定作りました、はい原画マンと打合せしました、はいレイアウト上がってきました、というわけにはいかない。1カット1カット「復元」みたいなことになりながら相談を繰り返し、資料をひっくり返ししつつレイアウトしていかなければならない。アニメーション制作の作業としてこんな「量」に換算できない仕事は、極力早いうちにすましておきたい。まずは突破しておきたい、導火線としての作業。
 やがて原爆の災禍で姿を消してしまうことになる中島本町の街並み、今は平和記念公園の芝生になってしまっているその場所のかつての姿については先行するいくつもの復元像が作られているのだけれど、その間に分け入ってひとつの画面として呈示することになるわけなので、それなりにちゃんとしておきたい、と思う。というか、かなりの度胸が必要なことをやっているという自覚がある。度胸を裏打ちできるのは「細心さ」だけしかない。
 映像に作って世に示すということは、観た人の中で「ああ、ああいうものだったんだ」という納得をもたらすことであるわけで、歴史的に一定の意味を持つものを登場させる以上「映像の作者が個人的に抱いたイメージです。アニメーションなんだから所詮ファンタジー、割り引いて観てね」とかじゃすまされないはず、と思う。

 といって、中島本通付近は原作ではわずか数コマ描かれているだけでしかない。そこに、「当時の中島本町らしさ」を盛り込んでゆく、という作業でもあってしまう。
 原作で、まだ幼いすずちゃんがヨーヨーをする子どもたちを振り返っているコマがある。これが実は、ヨーヨーが昭和8年夏から日本国内を席巻する大ブームとなり、それが翌年前半まで続いている、という時期を描写しているわけなのである。そもそも原作がそういったスタンスで描かれたものなので、こちらのポリシーはそれを引き継いだものであるともいえる。ならば、すずが足を停め振り返っているこの店先も、中島本通の何屋なのか決めてかかりたくなる。すずの気持ちは、「親から与えられた仕事の全う」と「もらったお駄賃の使い道」のあいだでグルグルしてるわけであるので、ここはやはりおもちゃ屋かお菓子屋がよいだろうな、と思う。お菓子屋ならば中島本町44番地のヒコーキ堂さんなのだろう。
 ただ、自分自身では、ヒコーキ堂が健在だったころの写真はまだ目にできていない。ヒコーキ堂のあたりは、原爆よりも以前にすでに、建物疎開で取り壊されて更地になっていた。
 ヒコーキ堂の店構えを地上から撮られた写真にはまだ接することができていないが、空から飛行機で撮った写真ならば、いくつか手元に複写がある。といっても、町全体を写したものなので、1軒だけ拡大しようとしてもピンボケになってしまうくらいのものでしかない。ただ、この店が通りのクランクの曲がり角にあって、斜めに向いていたことはわかる。2階建てだということもわかるのだけれど、店の中から表通りを向くカメラアングルなので、いずれにしてもそこまでは見えない。見えるのは店頭のガラスケースがもっぱらになってくる。
 浦谷さんがレイアウトのラフを描いてなんとか形にまとめようとするのだけど、ちょっと実物に触ってみたくなってきてしまう。駄菓子屋のガラスケースくらい、インターネット上ででもいくらでも見られるものではあるが、今この瞬間に見た目だけでないちょっとした感覚が欲しい。めんどくさい、本物でなくてもよいのなら、手っ取り早くは上野の下町風俗資料館に長屋の駄菓子屋の再現展示があったっけ。と、ブラブラ出かけてみる。というのが、2013年6月25日火曜日の行動。

 最近、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻というところでちょっとだけ授業を受け持たせてもらうことになったのだが、6月29日土曜日、その依頼主である岡本美津子教授がこちらのスタジオをのぞきに来られた。岡本さんとは、2011年11月に文化庁「アジアにおける日本映画特集上映事業」の一環として、ベトナム・ハノイで『マイマイ新子と千年の魔法』や『千年女優』を上映したときの同行者として以来仲よくさせていただいているのだが、同じくベトナム旅仲間の丸山正雄さんが出迎えて、われわれのスタッフルームに連れてこられた。
 丸山さんは、外来の人があると、だいたいはまず壁一面のわれわれの本棚の前に立たせてしまう。これの移動が物量的に困難だったために、MAPPAの本体がピカピカした新社屋に移動したときに、われわれだけ旧スタジオに残される羽目になってしまっている、というもの。
 「な、なんですか、これ?」
 と、そこで岡本さんも口にされた。
 芸大でどういう授業をするか、という打ち合わせのとき、
 「片渕監督のことだから、資料集めだとか資料の利用の仕方だとか、そういうお話もぜひ」
 と、いっていた岡本さんも、まさかこんなになっていたとは、という顔をされている。
 「これだけ資料を溜めこんで、熟読するのがまずたいへんで、でもそこで得たものを全部使わない。こっそりどこかに忍び込ませてくる、そこが片渕くんの『マイマイ新子』以来のやり方」
 と、丸山さんが説明するので、
 「たとえば、あそこに日本放送協会の資料が並んでますよね」
 と、具体的な話はこちらが引き取る。で、当時のラジオ放送の話をして、当時の放送における人の使い方の話になって、ラジオはこことここで出てくる、その時の使い方の綾としては、みたいな話を絵コンテを開きながらついついしてしまう。
 コンテ自体はだいぶ前に描き終えてあるもので、今はその冒頭部分を形にする作業を手がけているところなので、後半の展開だとかは自分の中でもちょっと抜け気味になっていた。
 こんなことまでするんですか、これたいへんじゃないですか、みたいな言葉を岡本さんからもらって、
 「ああ、自分たちはこんなことまでしようとしてたんだっけ、こりゃたいへんだ」
 と、導火線の遥か先にあるものを眺め直して、あらためて思ってしまうのだった。

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