COLUMN

第12回 青春の幻影 〜交響詩銀河鉄道999〜

 腹巻猫です。6月19日発売「探検ドリランド—1000年の真宝— オリジナル・サウンドトラック」で作曲家・平野義久さんのインタビューを担当しています。『鋼鉄神ジーグ』や『DEATH NOTE』(TVアニメ版)の現代音楽的アプローチが印象深い平野さん。音楽のルーツや映像音楽に対する想いなどをうかがいました。よろしくです!


 劇場版『銀河鉄道999』のサウンドトラック盤として発表された「交響詩銀河鉄道999」はとてもいいアルバムである。音楽は素晴らしいし、ジャケットやライナーノーツを含めたパッケージとしての魅力・完成度も高い。「日本のアニメ・サントラ オールタイム・ベスト」みたいな企画があったら、必ず上位に選ばれる1枚だと思う。それでいて、手放しで「大好きな1枚」と言うのはちょっと気恥ずかしい気分になるアルバムだ。

 劇場版『銀河鉄道999』は1979年8月4日に公開された、りんたろう監督、東映動画(現・東映アニメーション)制作の劇場アニメだ。原作は『宇宙戦艦ヤマト』『宇宙海賊キャプテンハーロック』等の成功で人気絶頂だった松本零士。この年に公開された劇場アニメの中には、のちに高い評価を得る劇場版『エースをねらえ!』と『ルパン三世 カリオストロの城』がある。しかし、『宇宙戦艦ヤマト』の熱狂によって「アニメ」に目覚めた当時の中学生・高校生の間で話題になっていたのは、なんといっても『銀河鉄道999』だった。TVアニメ版よりも美麗になった作画、原作マンガでもTVアニメでもまだ描かれていなかった鉄郎とメーテルの旅の結末が描かれ、キャプテンハーロックやクイーンエメラルダスまで登場するというお祭り感覚に全国のアニメ好き少年少女は盛り上がってた。

 音楽を担当したのはTVアニメ版と同じ青木望。「交響詩銀河鉄道999」は劇場公開に先駆けて1979年7月25日に発売されている。これは劇場用に録音された音源から見せ場の曲を抜粋して構成し、「交響詩」のタイトルをつけた純然たるサウンドトラック・アルバムで、別アレンジによる新録盤ではない。
 収録曲は以下のとおり。()内は映画ダビング用につけられたM-No.である。

  1. 序曲——メインテーマ(M-1)
  2. “鉄郎”勇気ある少年(M-5、M-6)
  3. 惜別そして未知への憧れ(M-7、M-8、M-10、M-12、M-13)
  4. ‘テイキング・オフ!’銀河の彼方へ(“テイキング・オフ!”、M-16)
  5. 氷の中のレクイエム(M-23、M-24、M-25)
  6. 可憐な少女ガラスのクレア(M-26、M-27)
  7. 時間城へ(M-39、M-40、M-41、M-42)
  8. 愛の目覚め(M-47)
  9. 心の詩とアルカディア号(M-52、M-54)
  10. 惑星メーテル(M-56、M-57)
  11. 銀河に散ったクレア…涙(M-59a、M-59b)
  12. 終曲——別離そして新たなる出発(たびだち)(M-60、“GALAXY EXPRESS 999”)

 音楽は実にぜいたくな作り方をしている。オーケストラは弦だけで34人。トランペット、トロンボーン、ホルンが各4人、フルート3人、オーボエ、クラリネット、ファゴットが2人ずつ、ほかにチューバ、ユーフォニウム、ハープ、ピアノ、クラシックパーカッション、ラテンパーカッションが加わって全部で60人以上の大編成である。さらに、ドラムス・石川晶、Eベース・江藤勲、Eギター・直居隆雄という当時最強のプレイヤーがリズムセクションとして参加している。なぜこんなに詳しく書けるかというと、本アルバムのライナーノーツにはオーケストラの全ミュージシャンの名前が書かれているのだ。アニメのサントラ・アルバムでミュージシャンの名前を明記するのは「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」で日本コロムビアが始めたよき慣習だった(しかし、アルバムによって書かれていたり書かれていなかったりするのが、ちょっと残念)。
 青木望はTVアニメ版のメロディを一切使わず、すべて新モチーフによって音楽を書き下ろしている。曲調はクラシカルでロマンティック。弦や木管を使った美しいオーケストレーションで知られる青木望の持ち味がフルに発揮された音楽だ。
 映像に合わせて作曲されているが、音楽設計はクラシック音楽風である。基本となるモチーフをいくつか設定し、その変奏(バリエーション)によって全体の音楽が構成されている。それゆえ音楽単独で聴いても統一感があり、「交響詩」の名にふさわしい作品になった。とりわけ印象深い曲は、映画の導入部、宇宙空間に現れる999の映像とともに流れる「序曲」。聴いていると頭の中に城達也のナレーションが響いてくる。そして、クライマックスの惑星メーテル崩壊シーンを盛り上げた切なくも美しい「惑星メーテル」。この曲はシングルカットされて挿入歌「やさしくしないで」(「交響詩」には未収録)とのカップリングで発売された。
 ほかにも短音階を用いた鉄郎のテーマが登場する「“鉄郎”勇気ある少年」、伊集加代子のスキャットとストリングスが奏でる哀愁の曲「惜別そして未知への憧れ」、フルートが歌う愛らしい「可憐な少女ガラスのクレア」など、「全編が聴きどころ」と言いいたくなるほどよい曲がこの1枚に凝縮されている。
 劇場版『銀河鉄道999』の音楽アルバムとしては、劇中音楽を全曲使用順に収録した「ETERNAL EDITION 劇場版銀河鉄道999」もある。「劇中で流れた曲がぜんぶほしい」というファンにはこちらがお奨めだが、音楽アルバムとしての完成度はやはり「交響詩」のほうだ。45分というコンパクトな時間に凝縮された劇場版の世界。収録されていない曲の場面を「余白」として思い描く楽しみも残されている。CD時代になって収録時間の限界まで曲を詰め込む作り方があたりまえになったが、映像自体が手軽に観られるようになった今、本アルバムのように「聴きどころだけを厳選する」というアルバムづくりももう一度見直されてよいのではないかと思う。

 そして、『銀河鉄道999』といえば、ゴダイゴの歌である。主題歌「THE GALAXY EXPRESS 999(銀河鉄道999)」と挿入歌「テイキング・オフ!」を収録したシングル盤が発売されたのは「交響詩」の発売よりもさらに早い1979年7月1日。映画公開の1ヶ月前だった。当時のアニメファンの少年少女は、1ヶ月間主題歌を聴きながら映画の公開を楽しみに待っていたわけだ。このゴダイゴの歌もすばらしい曲だった。ただ、青木望の音楽とはまったくなじんでいない。本アルバムの中ではあえてトラックを分けず、サウンドトラックの一部としてゴダイゴの歌が収録されているが、モーツァルトの曲の中にビートルズの歌が登場したような唐突な感じがある。けれど、そういうごった煮感もまた『銀河鉄道999』という作品にふさわしい。
 ゴダイゴの歌は大ヒットし、『銀河鉄道999』という作品を象徴するテーマ曲になった。余談だが、ゴダイゴのほかの多くの曲と同じように「THE GALAXY EXPRESS 999」と「テイキング・オフ!」には全編英語歌詞による別バージョンが存在する。「THE GALAXY EXPRESS 999」のほうはゴダイゴのベスト・アルバムなどに収録されたが、「テイキング・オフ!」の英語バージョンは長らく商品化されず、2011年になってようやく配信限定で聴けるようになった。

 「交響詩銀河鉄道999」は70年代アニメブームが生んだ名盤である。「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」がどちらかというとヤマトファンのための企画盤だったのに対し、純然たるサウンドトラック・アルバムとして誕生した本作は、より幅広い層のアニメファン、音楽ファンに「サウンドトラックを聴く楽しみ」を教えてくれた1枚だった。
 筆者(腹巻猫)はこのアルバムを聴いているといろんなことを思い出す。当時、四国の田舎に住む高校生だった筆者は、劇場版『銀河鉄道999』がターゲットにしていた「中高生のアニメファン」のどまん中世代だった。当時、授業が終わると(ときには授業中に)せっせとヤマト・ファンクラブの会誌や特撮同人誌に投稿するための原稿やイラストを書いていた。高校生活の3年間はひたすら「何か書いていた」という記憶しかない。夏休みに学校に行くとブラスバンド部が「THE GALAXY EXPRESS 999」を練習していた。アニメ雑誌では劇場版を観た女子高生が「駅のホームで友人と一緒に鉄郎とメーテルの別れの場面を再現していて鉄の柱に激突した」という手記を投稿していた。4月から始まった『機動戦士ガンダム』という作品がすごいらしいという噂が伝わってきたが、田舎では放送してなくて、「どんな作品なんだろう?」と想像するしかなかった。間もなく高校を卒業した筆者は鉄郎のように電車に乗って上京する。それから20年後、「松本零士音楽大全」というCD-BOXの制作に参加し、自分で劇場版『銀河鉄道999』のディスクを1枚構成することになるとは夢にも思っていなかった。
 70年代後半のアニメブームを筆者のように過ごしたファンは多いと思う。1977年からの数年間こそ、1963年に誕生した日本のTVアニメがはじめて経験した思春期だった。リアルタイムにこの時代を体験した少年少女にとって、「交響詩銀河鉄道999」は青春時代のひとときとともに刻まれた1枚なのである。だから、今も聴きかえすとなんだか身もだえしたくなるような気持ちになる。それが、同時代を体験したファンだけの気持ちなのか、劇場版『銀河鉄道999』という作品と音楽が持つ普遍的なテーマによるものなのか、筆者にはわからない。

交響詩銀河鉄道999(紙ジャケット仕様)

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