COLUMN

第27回 ふつうの人々の感覚

 いわゆる「戦時中」には、男性市民には軍服によく似た国防服の着用を求める法令が作られたけれど、女性向けにはそうした法令がなかった、という話は前にした。ただ、「華美を慎む」だとか「布地を節約する」という目的のために、「こんな服装をすべきだ」という奨励デザインが作られて、宣伝されていた。
 それがいったいどんな服装だったのか、なのだけれど……。

 【写真1】は、昭和19年6月末発行の婦人向け推奨服装の宣伝資料みたいなもの。表紙には「標準服・決戦服・更生服 決定版」とある。19年6月というと戦争もだいぶ進んで、マリアナ諸島が米軍の手に落ちて、そこを基地にB‐29が日本本土上空まで入ってくる危険性が生まれた頃で、はっきりいえば、王手を差されて日本の負けがほぼ確実になった段階に当たる。

 【写真2】その中身。これは「婦人標準服甲型」。
 ざっと見てわかるように、もんぺではない。国粋主義のおかしな現れといおうか、洋服を着るにしても和服のデザインを取り入れたものにしろ、といっているに過ぎない。

 【写真3】こっちは「婦人標準服乙型」。
 和服の場合。従来の着物と何が違うのかというと、上下に分かれたツーピースになっている。ふつうの着物の場合、上下ひとつながりのものを真ん中で折り込んで丈を調節する「おはしょり」をするのだが、その分の布を節約しようとしている。それからたもとが短くてほとんど筒袖みたいになっている。これも布地節約のため。

 こうしたものが推奨されていた「婦人標準服」なのであって、これは普段着というよりも「よそいき」であることを想定されている。きちんとした場に出向くときにこんな格好をして行っても大丈夫ですよ、失礼に当たりませんよ、むしろみんながこれくらい質素で節約的であるべきなんですから、という感じ。
 けれど、一般市民は、わざわざ仕立ててまでこんな格好をほとんどしていない。この時期の結婚式の写真でおばあさんが婦人標準服乙型を着て写っているのを見て、すごく珍しいものを見てしまった思いをした。

 【写真4】こっちは「活動衣」。
 防空演習とか実際の空襲のときに着用することが推奨される服装。ここへ来てようやくもんぺみたいになるのだが、実はこの「活動衣甲型」は洋服の場合で、下はズボンになる。

 【写真5】こっちは「活動衣乙型」。
 ここへきて、ようやく「戦時中」を舞台にしたドラマだとか映画でよく見る、あの貧乏臭い格好になる。着物を上下に切り分けて、上は筒袖に、下はもんぺにしたもの。

 【写真6、7】ここ何回かにわたってこの連載に登場している栩野幸知さんがわれわれのために手縫いで作ってきてくださったもんぺ服上下。古着屋さんで買ってきた着物から作ったのだそうだ。栩野さんの和裁は、呉出身のお母さんの手業から直接見よう見まねで覚えたのだそうだ。栩野さんのお母さんは、すずさんの設定上の生まれ年より干支でひと回り早く生まれた、つまり12歳年長の方なので、すずさんもこういう縫い方をしていたのだろうなあ、という参考にもなる。

 【写真8】で、このもんぺ服だが、このように筒袖になっていなくて、たっぷりしたたもとがある。これは、当時の「よそいき用」を模したものなのだそうだ。
 戦時中の社会的な要求があんなに「よそいきでもたもとがないものを標準にしよう」と気ばっていたのにもかかわらず、ふつうの人のふつうの市民感覚を変えることにはまるで成功していなかったのだ。
 ふつうの人って、結構たくましい。

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