COLUMN

第25回 超常連の方々

●2013年3月6日水曜日(944日目)

 朝から、三大新聞のひとつの、しかし地方版である多摩版の記者さんであるMさんが仕事場にやって来られた。Mさんはアニメーション史を縦断して俯瞰する連載を企画しておられて、簡単にいうと虫プロダクションの系列を追っていこうというお話なのだけれど、その中で『マイマイ新子と千年の魔法』だとかこんどの『この世界の片隅に』にまで触れたいとおっしゃっている。
 実は、Mさんの取材は昨年からすでに始まっていて、2012年10月に防府で『マイマイ新子』のファンの方々とこの映画の舞台となった土地を巡る催しを開いたときにも、現地まで来て参加した方々に取材しておられたし、その2週間後くらいに『この世界の片隅に』のために呉にロケハンに赴いたときにも、わざわざやってきて同行されていた。
 M記者の目から見ると、『マイマイ新子と千年の魔法』から『この世界の片隅に』にかけての経緯は、アニメーションの映像作品と、観客との関係のしかたの新しいカタチを作っているのだと受け止めていただけているらしい。そういう意味で、「『鉄腕アトム』以来の虫プロ系アニメーション」の流れの中で書き留めて起きたいエポックなどで、といっていただいている。
 思えば、東映動画の系列の末端みたいな捉えられ方はよくされてきた自分だったのだけれど、虫プロの系列の中に置かれて眺められることはあんまりなかった。考えてみれば、僕が丸山さんに「発見」してもらったのは(新)虫プロの『うしろの正面だあれ』という映画にスタッフとして加わったときのことだったし、考えるまでもないのは、虫プロ出身の丸山さんが同じ虫プロの仲間を集めて作ったのが、『マイマイ新子と千年の魔法』を作ったマッドハウスの原型だったりする。何より「『この世界の片隅に』をやりたい」といったときすぐに反応してくれた丸山さんの姿勢は、虫プロの気風をなにがしか伝えた先にあるものなのかもしれない。

●2013年3月7日木曜日(945日目)

 今日も栩野幸知さんがみえた。前の週に初めてお目にかかって以来、「そういえばこんな資料が」とたびたびにわたってメールで紹介してくださっていたのだけれど、なんだかいてもたってもいられなくなったみたいで、またしても単身こちらの仕事場に乗り込んでこられた。ほとんど5時間以上にわたって話し込んでしまった。
 栩野さんは、絵コンテを眺めては、そこに描かれた海軍士官の長剣の吊り方がおかしい、と指摘してくださる。自分でも何かおかしいと思ってたのだが、参考にした写真に写っていた山本五十六大将自身がちゃんとした吊り方をしてなかったのだった。
 「短剣を吊る場合は、こう」
 と、ささっと図解を描いてくださる。
 こういうミリタリー系の軍装知識を持った人は意外といるのだが、うちの浦谷さんが、
 「りんさんの日本髪の結い方は?」
 と、尋ねても栩野さんは即座に手真似で教えることができるのがさすがだ。
 われわれの間でよくわからないでいたもんぺの紐の取りまわしについても、前回教えていただいたのだが、
 「衣装部さんにちゃんと聞いてきた」
 という改訂版をさらに教えていただいた。
 原作のすずさんがもんぺを自分で縫うエピソードを見ればわかると思うが、もんぺには前側の紐と、後ろ側の紐が二重についていて、それらをどう重ねればよいのか迷っていたのだった。うっかりすると、正面に結び目が二つ重なって存在してしまうことになってしまうのだった。なのだが、新しく栩野さんが聴き込んできた方法ならば、なるほど、戦時中の写真に写った当時の女の人と同じになった。

●2013年3月9日土曜日(947日目)

 こうの史代さんの新刊「ぼおるぺん古事記」の第3巻のサイン会が池袋で今日あるのだけどとスタッフの浦谷、白飯にいってみたところ、当日分の整理券も出るみたいだし、じゃあ行こうかなと浦谷さんがいう。なので、3人で出かけることになった。
 前々から、『マイマイ新子と千年の魔法』と「こうの史代」両方のファンであるOさんから、こうのさんのサイン会は、とにかく1人ひとりに手厚く時間をかけるので、という話を聞いていたので、どんな感じなのか、こっそりのぞいてみたくもあった。
 会場である池袋の書店に開始時刻である午後2時のさらに半時間前頃に着くと、コミック売り場にできているサイン待ちの行列のうしろの方に、当のOさんが並んでおられた。実のところ、まあ絶対におられるだろうなとは思っていた。
 浦谷さんがその場で「ぼおるぺん古事記」第3巻を1冊購入すると、「3時半からの回」の整理券を渡された。1時間くらい暇なので、あちこち売り場を散策して回ると、地下の売り場の乗り物関係の本が並んでいるあたりに、今回の映画で資料協力をお願いしている前野秀俊さんがいるのにばったり出会った。
 「サイン会ですか?」
 「3時から並ぶ回です」
 ということで、2時半からの回、3時からの回、3時半からの回にそれぞれ知人、関係者がいるという構図になったのだが、実際、3時半くらいになってもOさんはまだこうのさんの前に到達していなかった。
 こうのさんは、かならずサインに絵も描いて添えられるのだが、ふと、描いたご本人もよく憶えてないような八百万の神々の末端の人物の名前を挙げて、これを描いてほしい、ぜひ、と頼んだらどうなるのだろう、というイジワルな考えが頭をよぎってしまったのだが、そこはそれ、描く絵は5種が事前に指定してあって、サインされる人はその中から選ぶようなシステムが確立されていた。それでも、こうのさんは1人ひとりと丁寧に応対されているので、すごく時間がかかってしまうのだが、えらいなあと思った。
 自分自身は列から少し離れた場所でそうした様子を眺めてたのだが、サインをもらい終えたOさんが出てきて、場所柄もわきまえず、本屋の店内で話し込んでしまった。なぜかボーイズラブ系コミックス売り場の前だったのだが、下りエスカレーターの乗り場付近でもあった。最近のコミック売り場は一等地にBL本を並べているのだったか。さらに、前野さんが出てきて、BL本コーナー前で話し込む中年男が3人になってしまった。
 かつて『マイマイ新子と千年の魔法』がラピュタ阿佐ヶ谷でレイトショー上映を続けてもらっていた頃、Oさんも前野さんも上映の常連さんだった。この2人の姿は毎晩必ず映画館のロビーにあった。満員札止めでチケットが手に入らなかった晩ですら、上映のあいだじゅうロビーで煙草をくゆらしたりコーヒーをすすったりして楽しんでおられた。なんだか、得難い思い出がよみがえってきて、おまけにこちらへの応援の言葉までいただいて、自分はサインをもらわずとも、池袋まで出かけた甲斐があったというものだ。

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