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中村亮介監督インタビュー 第1回 溢れる思いがこぼれ落ちるほどに……

『ねらわれた学園』ビジュアル

取材日/2012年11月9日 | 取材場所/六本木・東京ミッドタウン
取材/小黒祐一郎 | 構成/小黒祐一郎、岡本敦史

 眉村卓のジュブナイルSFを、劇場長編アニメとして映像化した『ねらわれた学園』が現在公開中だ。制作はサンライズ、監督は『魍魎の匣』の中村亮介。これまでも大林宣彦監督版、TVドラマ版など、何度も映像化されてきたタイトルだが、今回は原作のストーリーを大胆にアレンジした全く新しい『ねらわれた学園』となっている。4人の少年少女たちが織りなす感情の機微をつぶさに描いた恋愛ドラマ、そして「青春のきらめき」をアニメーションで表現することに心血を注いだ映像美は、とてつもない見応えだ。公開直前のタイミングで、中村亮介監督にお話をうかがった。

PROFILE

中村亮介(Nakamura Ryosuke)

1976年5月27日生まれ。東京都出身。大学卒業後、マッドハウス入社。『はじめの一歩』『花田少年史』『MONSTER』などで演出を手がけ、『魍魎の匣』で監督デビュー。その後フリーとなり、現在に至る。その他の監督作に、『青い文学シリーズ「走れメロス」』、supercellのミュージッククリップ「Perfect Day」がある。なお、彼は大林宣彦監督による実写映画『ねらわれた学園』は観たことがなく、今回のアニメ化の過程でもあえて観ないようにしていたのだそうだ。

小黒 試写で拝見して、作り手のやりたいことがめいっぱい詰め込まれている作品だと思いました。

中村 (笑)。そう見えましたか。

小黒 思いが溢れすぎて、若干こぼれ落ちてるところもあるんだけど、その溢れっぷりが非常に心地いい。

中村 そう言っていただけると、ありがたいです。

小黒 中身の話の前に、企画経緯について少しだけうかがわせてください。元々は「ねらわれた学園」のアニメ化が先だったわけではなく、何か劇場作品を作ろうということになってから、原作として眉村卓の「ねらわれた学園」が選ばれた?

中村 そうです。マッドハウスを離れてフリーになったあとに、サンライズの平山(理志)君から提案された企画だったんです。僕にはTVよりも劇場が向いているのではないか、という話でした。

小黒 平山さんとは、前からお知り合いなんですか。

中村 実は同級生なんです。今はサンライズ第8スタジオのプロデューサーですが、そもそも僕をアニメ業界に誘ったのも彼なんです。

小黒 ああ、そうなんですか。

中村 誘われて一緒にマッドハウスに入って、彼は1年半くらいでサンライズに移ったんですけど、その後もたまに連絡は取り合っていたんですよ。初めて一緒に仕事したのは、『青い文学シリーズ』の「(走れ)メロス」で。2話目のスケジュールがすごくタイトで、作監の手がかからない優秀な第二原画がどうしても必要になりまして。それで最後の局面で「ごめん、助けて」とお願いして(笑)。その時、ちょうど8スタの手が空いていたこともあって、素晴らしい二原を上げてもらえて、すごく助かったんですよ。椛島(洋介)さんの二原とか、感動しましたね(笑)。今回の企画で初めて、監督とプロデューサーという関係で組みました。

小黒 アニメ化に関して、プロデューサーレベルで事前に決まっていたことはあったんですか。

中村 そうですね、細田(守)さんの『時をかける少女』という素晴らしいアニメ映画があって、その文脈で何か新しいものを作ろうと。誰もが知っている名作で、青春もので、恋愛要素も入れて。現代的なテーマを置き、舞台を現代に置き換えるかたちで、小規模公開の映画を作ろうという話でした。

小黒 プロデュース・サイドから?

中村 そうです。あとは携帯電話をキーアイテムとして扱うこととか。今回のアニメでは、「コミュニケーション」を現代のテーマとして設定することにしたんですけど、それならば超能力はテレパシーに限定して設定すれば、テーマを深く掘り下げることができるな、とか。そういう内容面の掘り下げは僕が担当しましたが、企画の成り立ちとしては平山君が根本のアイデアを出してくれて、通してくれた企画でした。僕もそれを面白いと思ったので参加したんです。

小黒 サンライズ社内で、企画の方向性は固まっていたんですね。

中村 そうですね。企画から参加するのは僕は初めてだったんで、固まっていたというほど厳密なものか分かりませんが。原作をチョイスする段階で、どうアニメ化するかという大枠の方針も含んでいた、という意味です。僕の役割はそれを受けて、なぜ今、なぜアニメで「ねらわれた学園」を映画化するのかを、意味ある形で掘り下げていくことだと思ってました。

小黒 話を整理しますが、「ねらわれた学園」を原作として選ぶ段階で、中村監督は参加しているんですね。

中村 はい。

小黒 で、そのセレクトに関しては肯定的だったわけですね。

中村 無論そうです。あとはターゲットといいますか、まず第一に中高生に楽しんでもらえる作品であること。コアなアニメファンにも楽しんでもらえる作品であること。その上で、ライト層、一般にも広がっていけるようなバランスを探っていこうというのが、大枠の方針でした。だから監督としても、それを常に念頭に置くようにしました。実際に作り始めてからは、内容面は僕に全部任せてもらえました。

小黒 今回、ご自身としてはどこに力を入れようと?

中村 僕自身は、2Dでアニメを作ることの魅力にこだわりたいなと思いました。

小黒 この場合は、手描きアニメの魅力ということですね。

中村 そうです。僕が業界に入った当時は、アニメの作り方といえば商業ベースではほぼ2Dの作り方しかなかった。それが今は3Dもあるし、Flashもあるし、多種多様な作り方がある。2Dでアニメを作ることだけが唯一の表現方法ではなくなったんですよね。
 僕が業界に入ったのは1999年なんですけど、その頃は「2Dで作ればいいのに、なんでわざわざ3Dで作ってるんですか?」みたいなふうに思っていた。でも、今は逆に3Dの人から「なんで2Dで作ってるんですか?」と聞かれるような状況になってきていると、僕は感じているんです。

小黒 なるほど。

中村 だから、僕らが思う「なぜ2Dなのか」「2Dでアニメーションを作ることの魅力は、僕らはこういうことだと思う」という思いが、ハッキリ伝わるような作品にしたいなと。それは内容面というよりも技術面の話ですけど、企画の最初から思っていたことでした。「なぜ2Dアニメなのか」という問いに、答えられる作品でありたいなと。

小黒 内容面に関しては、どのあたりにモチベーションを感じていたんですか。

中村 ひとつはジュブナイル感ですね。平山君と僕は児童文学のサークルにいたので、ジュブナイルSFというジャンル自体に思い入れがありました。僕にとっては、ジュブナイルを劇場アニメ化することは、業界に入った時からのひとつの夢であり、目標でした。だから、それを実現できるのがすごく嬉しくて。

小黒 劇中の恋愛要素については?

中村 コミュニケーションとディスコミニケーション、あるいは絆が、現代のテーマであり、この作品のテーマだとしても、そんな抽象的な話をいきなりされても誰も面白くないじゃないですか。抽象的なままじゃ伝わらない。テーマには入り口が必要だと思うんです。中高生でも大人でも、誰にとっても身近で切実な「コミュニケーションの問題」といったら、それはやっぱり恋愛かなと。自分の気持ちが伝えられない、あるいは相手の気持ちが分からない、そうしたディスコミュニケーションに悩んだことが、誰にも必ずあると思うんですよね。人を好きにならない人はいないから。そうしたテーマを、無理なくお客さんに感じてもらえる要素として、恋愛を描こうと思っていました。

小黒 劇中の恋愛ドラマ要素に関しては、監督自身がとても力を入れているように感じたんですが。

中村 (笑)。掘り下げるとなれば、思いっきり楽しんで全力で掘り下げるというのが、僕の流儀でして。ただ、企画の段階では、恋愛要素はあくまで物語の横糸ではありました。物語の縦糸は、原作がそうであるように「超能力」の話。ディスコミュニケーションの問題を解決する特効薬として、超能力、つまりテレパシーを設定したんですけど、プロット段階ではそちらの要素のほうがずっと大きかったんです。

小黒 ああ、恋愛よりも。

中村 はい。だけど自分でシナリオにしてみたら、この作品の中でコミュニケーションをテーマに描くということは、恋愛要素も含めた4人の人間関係を描くことなんだなと気がついて。作業していく中で、恋愛要素の比重がだんだん増えていったように感じます。

小黒 作品を観ていると、いつになったら超能力が発動するんだというぐらい、前半はたっぷりと「キラキラした青春」を描いていますよね。

中村 そうですね。青春って、今の時代には言葉にするだけで恥ずかしいというか、すぐ上滑りしちゃう、下手すれば白ける言葉だと思うんです。だからセリフでは説明できない。それならどうするかといったら、アニメーションなんだから映像に盛り込もうと。エモーショナルな思いを映像で表現しようというのが、僕の考える2Dアニメーションの魅力の、ひとつの答えなんです。映像作品には少なからずその要素があると思うので、あらためて言うほどのことか分かりませんが、ここまで徹底してやる作品もあまりないと思いますので。そんな『ねらわれた学園』が、世の中にどう受け取られるか、公開されてからのお客さんの反応に注目してます。

小黒 普通の作品だと、ポイントとして登場するようなキラキラした映像が、ほぼ全編に渡って続きますよね。これはもちろん狙いなんですね。

中村 視覚効果として使うのであれば、ポイントで使ったほうがいいと思うんです。今回はそうじゃなくて、音楽でいえば通奏低音というか。作品全体の空気感の基調として使っている感じですね。この作品の中ではこれが普通。この作品の世界観は、こうなんだよという。

小黒 あれは、彼らの生きている「キラキラした青春の時間」の表現として、作品世界が全てがキラキラしてるんだと。

中村 そうです(笑)。言うと恥ずかしいんですけど。そんな世界への憧れを、照れたり斜に構えたりせずに、素直にやりきることが目標でした。

小黒 新海(誠)さんの作品でも、ここまでじゃないですよね。

中村 手法としては確かに結構ちがうんです。でも、『ねらわれた学園』を観た人が新海さんとの共通項を感じるとしたら、画を作る上でのコンセプトが似ているからだと思うんですよ。それはアニメの表現として、リアルにそうであるということ+α、映像に思いや気持ちを乗せていこうとすること。それが似ているんだと思うんです。僕自身、その点で新海さんにはすごくシンパシーを感じますしね。
 今回、美術の人には「写真みたいな美術にだけはしたくない」と。絵画的に描いてほしいとお願いしたんです。その画を描いた人が、その画の何が良いと思って描いたのかがハッキリ伝わるような画面にして欲しいと。新海さんの作品も、どうでもいい捨てカットというのは1カットもない。たとえ床の絵1枚であろうとも、その床を綺麗だと思って描こうとしてる気持ちが伝わってくる。

小黒 新海さんの作品は、そうした部分について、新海さん1人のパーソナリティで全部作ってるわけですよね。監督自ら床を描き、監督自ら撮影するみたいな。

中村 そうですね。

小黒 で、こちらはチームの力で作っていると。

中村 そのとおりです。

小黒 画作りに関しては、どんなふうにイメージを達成していったんですか。例えばProduction I.Gの作品みたいに、美術や光の入れ方まで載ったショットボードみたいなものを先行して作ったりしたんですか。

中村 I.Gがそうしているとは知りませんでしたが、僕もそうです。僕の場合は、撮影ボードシステムと呼んでいます。昔から、美術でいえばボードにあたるものが、撮影にはないのが不思議で。それで、自分が『魍魎の匣』で初監督した時に、そのシステムを始めたんです。
このシーンはこういう画作りを目指すというターゲットになる画を、先行して作るんです。僕の場合、タイムシートに1つ1つの処理を全部書いていくと、シートの上の欄がそれだけでいっぱいになっちゃうんです。それを、撮影ボードとしてナンバリングすることで、作業の流れをスムーズにしてるんです。そうすれば、そのカットに固有の処理だけシートに記載すればいい。話数によるバラつきも少なくなる。
 僕は、自分なりに考えた独自システムが多いタイプの監督なんですが、撮影に関するこのやり方は、今後はだんだん業界の中でスタンダードになっていくものだと思っています。たとえば今回、荒木(哲郎)君にDパートの演出をお願いしましたが、さっそく彼も「自分の次の作品では必ずそうする」と言ってましたよ(笑)。

小黒 今、荒木さんの名前が出ましたが、全体にマッドハウス勢が多いですよね。

中村 メインスタッフは全員僕の希望で集めてもらったんです。原画マンも、Cパートまでの原画マンはひとり以外全員、僕が呼んでお願いした人たちです。だから制作現場としては、マッドハウス分室みたいな感じでした。僕がやりやすいようにという配慮で、老舗スタジオってそのへんも多少は面倒なことも多いと思うんですけど、サンライズさんはその点、非常にありがたかったです。

小黒 Cパートって、どこの部分ですか。

中村 それぞれのパート頭に、メイン4キャラのモノローグが入るんですけど、それが目安で。京極のモノローグが入るところからラストまでがDパートです。Cパートは、京極とカホリのキスシーンがあって、カホリがぽつんと音楽室に残ってるカットまで。そこまでが僕の演出で、最後のパートが荒木君の演出です。僕のタイムシートはよく変わってると言われるんですけど、たしかにタイミングにはお互いの味が出ていて。そういう視点で『ねらわれた学園』を見比べてみるのも、またちょっと面白いんじゃないかと思っています。

第2回へ続く

『ねらわれた学園』公式サイト
http://www.neragaku.com/