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第20回 1982年(昭和57年)アニメファン向け作品の増加と『マクロス』『ミンキーモモ』

1982年TVアニメリスト

 1982年は、SFアニメ第3の波『超時空要塞 マクロス』の放映が開始された年である。
 『宇宙戦艦 ヤマト』にも参加したSF作家集団・スタジオぬえが原作を担当。実制作はアートランド。超巨大母艦を舞台とする艦隊戦と青春群像劇は『ヤマト』を踏襲し、監督も同作の石黒昇が腕を奮った。ぬえの新星・河森正治がデザインした可変戦闘機バルキリーは、その秀逸な変形アイデアが玩具業界を瞠目させた。美樹本晴彦のキャラデザは、『ガンダム』の安彦良和のテイストに少女マンガの華やかさが加わって人気を獲得。作画の板野一郎は、複数のミサイルの航跡を主観カメラが追尾する独特の視点で描き、“板野サーカス”の異名をとった。『マクロス』は『ヤマト』『ガンダム』を内包しつつ、新機軸を加えたブーム期第3の輝きであった。
 80年には松田聖子が、82年には中森明菜、小泉今日子らがデビュー。本作は、当時のアイドルブームを明確に意識した作品であり、ヒロインのリン・ミンメイもアイドル歌手という役柄だった。演じる声優にも、劇中歌も歌える人材として新人歌手の飯島真理を起用。その人気はやがて虚実の境界を突破し、オリコンで7位を記録するまでになる(84年の劇場版主題歌)。ハードなSF戦争ものと、アイドル歌手という相反しそうな要素を融合させ、そこに「歌の力はあらゆる戦闘力に勝る」という強烈なメッセージをこめた点に、本作の新しさがあった。
 アニメファンを対象とした作品企画が目立ち始めたのが、この年の特徴である。葦プロの『魔法のプリンセス ミンキーモモ』は、折からのロリコンブームと共鳴しつつ、子どもだけでなく10代後半以上の男性をも取り込んだ。監督とシリーズ構成は『戦国魔神 ゴーショーグン』の湯山邦彦と首藤剛志。前作でロボットものという形式そのものを遊ぶ視点を導入した2人は、本作においても当初は魔女っ子ものを対象化してみせた。だが後半、魔法を持つ者の使命と限界、という重い命題へと至り、予想外の結末を描いて視聴者を驚かせるのである。
 サンライズの『戦闘メカ ザブングル』(富野由悠季監督)や竜の子プロの『タイムボカンシリーズ 逆転イッパツマン』(笹川ひろし監督)も、ファンにアピールするキャラクターや作劇の工夫が多数盛り込まれた。また、東映動画の『パタリロ!』(西沢信孝CD)も、ボーイズ・ラブを最初に扱った作品として勇気ある第一歩を記した。

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データ原口のサブコラム

●おたくの発祥

 『ミンキーモモ』で新感覚の魔女っ子像を作り上げた首藤剛志は、82年10月より開始された『さすがの猿飛』でもシリーズ構成を担当。細野不二彦の原作、土田プロの実制作によるこの作品は、ハチャメチャなギャグアクションとラブコメを基軸にしている点でも、また若手アニメーターたちに、やや暴走気味なほどに活躍の場を提供したという点でも、そして連載誌が小学館「週刊少年サンデー」だったという点でも、同じフジテレビの『うる星やつら』の姉妹編的な位置づけにあたる作品だった。
 アニメブーム期を支え続けたファン第1世代は、特有のマニアックな着眼点で作品を観賞し、作画や演出のディテールを分析し、作品の背後にいるクリエイターの実像に迫ろうとした。あるいは、たとえ2次元のキャラクターであろうと、それを実在の人間と同様の価値観で尊重し、全身全霊をもって愛そうとした。架空の世界のメカや兵器について、疑似科学の“らしさ”を真剣に楽しみ、現実の科学と同列に、真顔で激論を戦わせることも厭わなかった。
 そんな、端から見れば異様ともいえる情熱を持ってサブカルチャーに接するファン層に対して、「おたく」という呼称が生まれるのもこの時期である。「おたく」の定義や起源には諸説あるが、岡田斗司夫が著書「オタク学入門」でとり挙げている説によれば、70年代後半、高校時代から熱心なSFファンとして知られていた河森正治、美樹本晴彦ら慶應義塾高等学校の仲間、通称「慶応グループ」のメンバーが、互いを「お宅」と呼び合っていたのが語源となって広まったといわれている。それゆえか、彼らがメインスタッフとして参加した『超時空要塞 マクロス』の第3話では、登場人物に相手を「おたく」と呼ばせるシーンも登場。翌83年には、この呼び方を用いる人々について、雑誌「漫画ブリッコ」誌のエッセイにて中森明夫が指摘するに至り、「おたく」という語は定着し、今に至っている。
 そんな元祖「おたく」たちのライフスタイルは、78〜82年頃に急速に普及したビデオデッキによって激変していくことになる。それまで、放映時に一期一会であるのが当たり前だったアニメとの出会いは、過去のものとなっていった。録画して再生するという視聴法の登場により、繰り返し見たり、一時停止したりコマ送りしたりという、より分析的な観賞が可能になったのである。80年代前半期は、アニメファン第1世代に「おたく」という呼称が与えられただけでなく、そのライフスタイルにも劇的な変化が起こり、同時に作り手の側にも「おたく」的な感性や人材が流入していった——複数の変化が同時に進行した時期でもあった。

(12.11.20)サブコラム追加